先に君を愛したなら
嗤う泡沫
セシルが目を覚ました理由は暑さだった。彼の全身から汗が滴る。身を捩ろうとして、縄が擦れ合う痛みを感じた。セシルが瞼を開くと、手足どころか胴体までしっかりと縛られている様子が見えた。
「おはよう。よく眠っていたね」
「ここは……」
「浴室だよ」
セシルが辺りを見渡すと、磨き上げられたタイルと広い浴槽が見える。セシルが男に監禁されてから、衛生など戯れに体を拭かれる程度で、浴室など半ば存在を忘れかけていた。男の趣味なのか、壁のタイルには花弁も模様が細かく彫り込まれていた。
「さあ、私が洗ってあげよう。すっかり汚れてしまっているから。……と、その前に」
男はシャツ一枚でセシルの側に近づくと、注射針を取り出した。何度も使われ、セシルの感覚を狂わせてきた薬だ。セシルは目を見開くと、必死に抵抗しようとしていたが、無様に体が揺れるだけだ。
「もう嫌です……! こんなことになんの意味があるのですか! 嫌っ、やめろ……っ!」
浴室に響く制止の声など、男にとっては心地よい音楽と変わりない。男は悠々とセシルの腕に針を刺し込み、薬液を注射した。途端に心臓の鼓動が早鐘のように打ち始める。感覚が変わっていくこの予兆を感じる度に、セシルは心から怯えていた。その顔を男は目を細めて眺めた後、鼻歌交じりにタオルで石鹸を泡立てた。
「セシルが前に紹介していた石鹸を使ってみたんだ。いい香りだ」
男はそう言いながらタオルを持ち、セシルの体を強く擦った。
「は、ぁあああっ……ん、く……ぅ……」
目の粗い布地が肌を撫でる度に、セシルは意図せず声を洩らす。その度にセシルの目には自己嫌悪が宿っていた。男はそんなセシルの様子など気にも留めずに話し続けている。
「恥ずかしながら、石鹸にこだわりなど無くてね。だが、君のおかげで色んな物を取り寄せる楽しみが出来たんだ」
「触らないでっ……く……あ、ああぁっ、はあっ」
「色々と試しはしたんだが、やはりこの石鹸は一際良かった。セシルには審美眼があるね」
「あっあっ、あああっぐ……う゛……っ、あ、あぁあああ!」
セシルは男の雑談に耳を傾ける余裕もなく、白む意識の中で絶頂を迎えていた。薄くなった精液が飛び散り、男の腕にもかかった。
「おや、折角洗っているのに汚したら駄目じゃないか」
「あああぁああっ! やだっ、触……なっ……あっ、ああ、あっ!」
絶頂を迎えたばかりの過敏な陰茎をタオルが包み込み、力強く扱かれる。狂わされた感覚は痛みと同時に狂おしいまでの快楽を拾っていく。亀頭が擦られるだけで、脳髄まで響くような感覚があった。セシルは理性を投げ捨て、吠えるように叫んだが、男は決して手を休めようとはしない。
「洗っているのにますます溢れてくるね。顔が映るまでピカピカにしてあげよう」
男はローション代わりに石鹸をタオルに擦り付けると、タオルの両端を持ち、セシルの固く立ち上がった陰茎を擦り始めた。途端にセシルは連続絶頂へと叩き上げられる。
「う゛わあぁああぁっ! ああ゛っ、やめ、痛……ぐ……あぁああ゛あっ、やめぇえ゛っ……いぎゃあああ゛ああぁあああぁっ!」
最早過敏になり過ぎて、布地が往復する度に灼けるような痛みを感じるのに、それがどうしようもない快楽を生む。一つ一つの絶頂が重く精神にのしかかり、視界が涙で歪む。必死に逃れようとしても縄が軋むだけで、無力さを思い知らされる。今のセシルは男の思うままに悲鳴を上げる玩具に過ぎなかった。あまりの衝撃に気を失うことさえ出来ず、チカチカと瞬く意識の中で快楽だけが電流のように駆け巡る。セシルが喉が枯れるほど叫んだ頃、絶え間なく精液を噴き出していた陰茎から、透明な液体が勢いよく迸った。それが顔にかかるのも気にせず、男は笑う。
「ははっ、女みたいに潮まで噴いて。そんなに気持ちよかった?」
「…………は……ぁ……」
ようやく手が止まったが、セシルはまともに返事をすることも出来ず、ゆるゆると首を振るだけだった。だが、その視線は男を正面から見返すことも出来ず下がったままだ。濡れた髪から覗く耳は赤く、セシルがどれほどの羞恥に苛まれているか伝えている。男はその姿だけで絶頂しそうな程の優越感に浸りながら、よりセシルを追い詰めるべく手を伸ばした。
「じゃあ次はここも洗わないとね」
男が触れた先はセシルの後孔だった。男が指で大きく広げた途端、内部から精液や血の混合液が垂れていく。その感触がセシルにとってどれほど屈辱的か、男はすでに理解していた。
「や……め……っ、あ……」
掠れた声で行われる制止など、男の耳に届いても何の意味もない。男が指を奥へと押し込み、汚液を掻き出す度にセシルは低い呻き声を洩らした。
「あ~あ、汚いね。これじゃきりが無いな」
そう言いながら男は、シャワーノズルを取り出すと、セシルの後孔にあてがった。
「……っ!?」
何をされるかを理解したのか、セシルはようやく顔を上げる。男の見下すような視線と目が合った。男は醜く笑いながら、一気に蛇口を捻った。熱湯が溢れ、内部に満ちていく。
「あ゛あっ!? やめてっ、熱っ、いから、……っう゛、あっ、ああっ」
熱湯が溢れる圧迫感やその温度自体もセシルを苦しめていたが、彼が何よりも疎んだのはその水流が流れる感触でさえ、狂った感覚は快楽を得るという事実だった。
「はははっ、シャワー浴びながら勃つなんてセシルはとんだ変態だね」
「う゛う……っ、あぁっ、いや、だ……やめ……あっあああっ!」
増していく内部の質量と熱さ、精神ごと呑まれていくような快感にセシルは叫ぶことしか出来なかった。その様を男は嘲笑し、シャワーが止められると同時に湯を溢れさせるセシルの惨めさをまた笑った。セシルを穢し、支配している背徳感と優越感で、男の心は晴れていく。数十年過ごした男の人生の中で、これほど笑顔に満ちた日々はなかった。
中身をあらかた噴き散らしたセシルは、虚ろな目をしながら壁に体を預けている。その姿は際限なく男の情欲を煽った。また汚れてしまったね、と呟きながら男は手を伸ばす。浴室に再び悲鳴が響いた。
次回更新も多分すぐです。
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