先に君を愛したなら
贖罪
混沌としたセシルの意識の中で、様々なイメージが浮かび上がっては消えていった。地平線まで続く白い花、豪奢な装飾品で飾り立てられた牢獄、弾むようなピアノの音色、皺が寄ったベッド――そんな中で浮かび上がるのは春歌の姿だった。セシルは彼女へと必死に手を伸ばす。だが、ほんの僅か届かなかった。春歌の姿が遠ざかっていく。
「待……って、いかないで……ハル、カ……」
「いつまで寝てるんだ? 起きなよ」
頬を激しく打たれ、セシルは完全に意識を取り戻した。
「……っ……う゛……」
「駄目だな、セシル。私以外のことについて考えていたね」
男は突き刺すような眼差しでセシルを睨む。それと同時にセシルは自身の置かれた危機的状況を理解した。
「そもそも、折角休む時間を取ってあげたのに、君のその態度は何だ? ずっとうなされて、苦しみ抜いて、挙げ句の果てには私以外の人間の名前を呼ぶ始末だ。私の心遣いはどうなる?」
「……すみません。っう゛!」
男は再びセシルの頬を打つ。
「謝罪をしたことは褒めてあげよう。でも……セシルは本当に分かりやすいな。謝罪の気持ちが全く感じられない。私の言っていることが分かるかい? 君の穏やかな寝顔を見ながら眠りにつくことを本当に楽しみにしていたんだよ。なのに私を裏切って。なぁ」
眠っている姿も余すところなく監視されていた事実にセシルは吐き気がした。男の持論も全く理解が出来ない。ただただ拘束感だけが強まっていった。
「罰として前戯抜きだよ。自分の愚かさをしっかりと反省するんだ」
男はセシルの腿を両手で掴むと、勢いよく押し広げた。昨日まで散々使われていた後孔が露わになる。裂傷が目立つ痛ましいそこは精液の残滓を垂らしていた。男は既に怒張している先端をあてがうとセシルの顔から血の気が引く。昨日快楽を得たのはあくまで媚薬を使われたせいなのだ。薬の効果が切れた今、どれほどの苦痛が伴うか想像に難くなかった。
「セシルは恋人に随分と丁寧に前戯をする方だったね」
「……何が言いたいのですか」
「前戯は優しさだということさ。体を慣らして、痛みが薄れるようにという願いだ。……今の君にはその価値がない。それをしっかりと噛み締めなさい」
そういうと男は強引に後孔へと陰茎を押し込んだ。
「う゛ぐっ……あっ、あ゛ああっ! あああ゛あぁ! やめ……っ入らな……!」
セシルは悲鳴を上げながら必死に抵抗するが、拘束された状態ではなんの障害にもならなかった。潤滑油すらほとんど使われず、男が内部に入るだけでも凄まじい苦痛が伴う。だが、それでも男は満足せず、奥を抉るように何度も腰を動かした。内側から裂けるような圧迫感がセシルを襲う。男が動く度にセシルは痛ましい悲鳴を洩らした。声を耐える余裕などどこにもなかった。それでも男性としての体は濡れはせず、痛みを和らげることは出来ない。
「ぎい゛っ痛っ、いだいっ……ぐ……ぁ、あぁあああ゛ああっ!」
「分かったか? 自分の愚かさが分かったかと聞いてるんだ」
セシルは肩で息をしながら、分かりましたと掠れた声で呟く。だが、男は即座にセシルの頬を打った。
「君はただ止めて欲しいだけだろう。心から言えと言っているのにまだ分からないのか?」
男の目にははっきりと相違点が見えていた。口先で何と言おうと、セシルの瞳の中には意志が強く力を宿している。その目は男を冷たく見据えていた。未だに手の内に収まろうとしない高潔さに男は感嘆し、同時に神経を逆なでされていた。どれほど体を嬲ろうと得られる満足は一時的な物に過ぎないことに男は気づき始めていた。真の意味でセシルを手に入れることは未だに出来ていないのだ。男はその苛立ちに駆り立てられるようにして、より激しく腰を動かす。ぎりぎりまで陰茎を引き抜き、そのまま最奥まで一気に押し込む。
それを繰り返されるだけでセシルの体には杭を打ち込まれるような衝撃が走った。骨まで響くような痛みは何度味わっても決して慣れることはない。休んだことで回復した体力など瞬く間に削り落とされてしまった。ぼたぼたと再び血が溢れる。どれだけ暴れても逃げることなど出来ない。そんな状況で心からの言葉などセシルから出るはずもなかった。何度も繰り返される衝撃に意識が白み、その度に強引に過去の満ち足りた記憶が踏みにじられていく。襲い来る激痛よりも、その方がセシルにとってはずっと恐ろしかった。過去の記憶を拾い集め、セシルは必死に耐え抜こうとしていたが、限界だった。圧倒的な苦しみが全てを塗り潰していく。走馬灯のように流れる記憶が霞み、セシルの意識は沈んでいく。
その様を見て男は僅かながら慰めを得た。あれほど幸福に満ちて穏やかだったセシルが自分との行為でここまで追い詰められているのだ。そんな矮小な優越感を男は後生大事に抱えていた。それから男はセシルに何度も謝罪を強制し、その度に殴りつけ、問い詰めて屈服させようとする。その間も陰茎は容赦なくセシルの体を刺していた。
数時間後、男がようやく陰茎を引き抜いた時、セシルは血の気の失せた顔で気を失っていた。だが、男はそれでも満足しなかった。これほどまでに痛めつけてもセシルは恐怖こそすれ、最後まで心から男に屈服することはなかったのだ。
「どうしてセシルは私を愛してくれないのだろうね。……君こそ、私の全てだというのに」
力なく呟きながら男は手を伸ばし、セシルの腿を撫でた。そこには射精された精液と血が混じり合い幾重にも垂れており、男の指を汚した。
「随分と汚れてしまったね」
男は使用人を呼び、セシルを運ばせた。
2章分同時更新です。
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