先に君を愛したなら

望まぬ被写体

 頭が割れるように痛み、セシルは目を開けた。高い天井が見える。手足を動かすと、股の間から生温かい液体が垂れる感触があった。その感触は昨日の惨劇は現実だと容赦なくセシルに教えている。セシルはこみ上げる吐き気を抑えながら身を起こした。キングサイズのベッドに広げられたシーツには幾重にも皺が寄り、所々血や体液で汚れている。あの男はいなかった。その事実に安堵しながらセシルがベッドから立ち上がろうとした時、左足に枷が付けられていることに気付いた。枷からは鎖が伸びており、ベッドの足とセシルを繋いでいた。 「気に入ってくれた?」  その言葉にセシルが顔を上げると、男が後ろ手にドアを閉めながら入ってくるところだった。手にはこれ見よがしに鍵を握っている。枷の鍵だろうとセシルは推察した。 「気に入るわけがない。外してください。今日も収録があるのです」 「ああ、知ってるよ。同期のみんなとバラエティだっけ」  そう言いながらも男は鍵を棚にしまってセシルへと手を伸ばした。それだけで昨日の行為を思い出し、セシルは目を見開く。その反応に男は笑みを洩らした。セシルの心には無力感が広がっていく。獣のように繋がれ、部屋に閉じ込められて、昨日までいた世界とは完全に切り離されるしかなかった。  未だに行為に慣れていないセシルの体を、男は容赦なく使った。その度にセシルには激痛に苛まれ、痛苦に満ちた悲鳴を上げる。その反応は男の興奮を煽り続けた。これほど苦しみ悶えるセシルの表情など、誰も見たことがないだろう。彼の愛おしい恋人でさえも。そんな箇所までも、自身との行為によって引き出し、独占しているという事実に男は酔いしれた。その喜びを刻み込むように、男はセシルの内部に幾度も射精した。その度に男はセシルの耳元で愛の言葉を絶叫した。 「愛してる……! 愛してるぞ! セシル……っ!」 「もうやめっ、あ゛ぁ……いやああ゛っ、う゛あぁああ゛!」  内部に精液が広がり、切り裂かれた傷に染みこんでいく。それは男をより深く体内に受け入れていくようで、拒絶感と激痛でセシルは喉を震わせて叫んだ。それを聞いた男は愉悦に浸りながら、さらに激しく腰を動かす。完全な悪循環にセシルは捕らえられていた。  それから数時間、男はセシルの体を弄んだ末、ようやく陰茎を引き抜いた。精液と血液が混じり合い、ぼたぼたとシーツに垂れていく。その感触にさえ苦痛を感じて、セシルは低く呻いた。セシルの乱れた髪を男は丁寧に指で梳く。 「つい夢中になってしまった、流石に少し疲れてきたよ」 「…………」  セシルは無言を貫いたまま、冷えた眼差しで男を見ていた。 「ああ……、ここまで追い詰められても、セシルはそんな目が出来るんだな」  追い詰められても完全には手中に収まらない高潔さに、男は更に支配欲を募らせた。ただ抱くだけでは、きっとセシルの心を手に入れることは出来ないだろう。 「少し趣向を変えようか」  男はベッドから降りると、備え付けのクローゼットの扉を開け、一着の服を取り出した。 「ほら、これを着なさい。何度か言っているけれど、君に拒否権はないからね」 「これは……っ」  手渡された服は男の興奮を煽るような卑猥な衣装だった。セシルは強く奥歯を噛み締めると、目を閉じて無心で衣装を身につける。露出度は非常に高く、胸元や下半身などは殆ど隠せていない。寧ろ、艶やかなフリルと白いリボンが引き締まった体に巻き付き、褐色の肌を彩っていた。 「おおっ、素晴らしいね。セシルの為に特別に作らせたんだが……よく似合っているよ」 「そう言われてワタシが喜ぶとでも?」 「事実を言っているだけさ。今の君はとても愛らしいよ」  セシルは眉間に皺を寄せながら、男の舐めるような視線を強く意識することしか出来なかった。あれほど射精を繰り返したというのに、男の陰茎は再び強く兆している。そうさせるほどに扇情的なのだという事実も、セシルにとっては不快だった。全てに心を閉ざすように、セシルは目をしっかりと閉じたが、そんな安易な逃げ道を男は許さなかった。 「セシル、こちらに来なさい」  渋々目を開けてセシルがベッドから降りると、近くに人の背ほどもある大きな鏡が用意されていた。これから行われることを察し、セシルの頬にさっと朱が混じる。 「せっかくよく似合ってるんだから、君もよく見なさい。目を閉じてはいけないよ」  そう言うと男はセシルの手を引いて鏡の前へと無理矢理引き出した。男はセシルを背後から抱きしめる。  鏡に映っているセシルの姿は淫猥そのものだった。細身ながらも鍛えられた体に、愛らしくしつらえた衣装が今の立場を伝えている。腕に巻き付くリボン、胸のタトゥーを飾り立てるフリル、割れた腹筋に重なるレース生地、痛みで未だ萎えている陰茎にもリボンが絡みついている。大部分が見えている腿には昨夜の体液が垂れており痛ましかった。  耐えきれず目を逸らしたセシルを、男は背後から顎を掴んで再び顔を鏡へと向けさせる。それがよりセシルの羞恥を煽った。その間に男の空いた片手はセシルの肌を嬲っていく。 「昨日思ったんだが、まだ全体的に感度が悪いね。セシルは優しいから人を気持ちよくすることは上手いんだが、自分も楽しまないといけない。これからじっくり教えてあげるよ」  そう言いながら男の手はセシルの胸元を這う。その感触はまだ気色悪さしか与えず、セシルは総毛立った。 「やめてくださいっ……気持ち悪い……!」 「乳首も肌も殆ど反応なし、か。ここは流石にどうかな」 「ひっ!」 「おや、可愛いね」  そう言いながら男はセシルの陰茎を優しく扱いた。強制的に与えられる快楽にセシルが身を固くした瞬間、男はセシルの耳に音を立てて口付けた。 「いやっ! やめ、てっ」 「やっぱり耳はちょっと弱いんだね。春歌ちゃんにもこうされて喜んでいたしなあ」 「うるさい……ん……言わないで、くださ……っ」 「そうだね。今は私とセシルだけの行為だ」 「そういう意味ではっ……あああぁあ!」  リボンごと激しく陰茎を扱かれ、セシルは背を反らせて快楽に悶えた。一番過敏な箇所に与えられた感覚は容赦なくセシルを襲う。男の肩にかかる頭の重みも、腕の中で悶える肢体も、セシル本人の意志とは関係なく男の情欲を煽る材料になった。それでも鏡から目を逸らすことをセシルは許されず、頬を染めて衣装を乱しながら男に嬲られる様を見せつけられた。溢れる先走りに濡れた布地の色が変わり、セシルの羞恥はますます高まる。鏡に映る姿はあまりにも惨めだった。それをいかに辛く思おうと、本能は理性を裏切り、快楽を拾い上げていく。 「やめてっ、い゛……やぁ、こんな、嫌だ……っあ、ああっ」  セシルの必死の懇願を聞いても、男は笑みを浮かべるだけだった。セシルの反応は寧ろ、自分の手でセシルを悶えさせているという喜びを男に与えるばかりだった。 「ん゛……いっ、あ、ああぁああ!」  鏡に白濁が飛び散る。セシルは余韻に荒い息を吐きながら、鏡に視線を向けさせられていた。面積の少ない布地は乱れ、リボンを巻き付けられた陰茎は滑稽にも未だ反応を見せている。髪は乱れ、頬も羞恥で染まり、瞳も潤んだ姿はどう見ても卑猥そのものだった。  咄嗟にセシルは首を振り、強引にその姿から目を逸らそうとする。誇り高さから反射的に行われる悪あがきを男は笑った。男はセシルを背後からより強く抱きしめる。 「すごく綺麗だったよ。……体が熱いね、興奮してくれたんだ」 「違う! ワタシはこんなことを望んでいない!」 「素直じゃないな、ベッドにおいで。私も我慢できそうにない」  そう言うと男はセシルをベッドへと無理矢理引きずっていった。鏡はそのまま置かれ、男に暴かれるセシルを映し出す。その光景はセシルの自尊心を容赦なく削り落としていった。

次回もすぐ更新します。

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