そして光は灯された

翳りゆく部屋

 単純に痛めつけるだけでは効果は薄い。それがこれまでの期間を経て俺が出した結論だった。  ベッドでセシルを抱き寄せ、口付けをすると息を呑む音が聞こえた。唇の隙間から舌を差し込むと、嫌だと呻かれたがそんなことに従う必要もない。逃げようとする舌を絡めて、まるで恋人に接するように優しく、俺はセシルを抱くようにした。セシルが今まで経験した愛を育む行為を模倣することで、心の支えを踏みにじることが出来ると思った。そして、それは実際上手くいった。  今まで殆ど触れてこなかった陰茎を扱いた瞬間、セシルの顔には困惑と恐怖が滲んだ。まだ挿入もしていなかったから、セシルが感じているのは俺の手の感触だけだ。 「やめて……! そんな風にワタシへ触らないでっ!」  既に体力が落ち始めているセシルを背後から抱き締め、動きを止めるのは案外簡単だった。そのまま両手であいつの陰茎を扱いていると、すぐに反応を見せている。 「萎えてる時からでけえと思ってたが、流石にこれは立派なもんだな」  そう揶揄ってやると、セシルは頬を赤らめて眉間に皺を寄せた。俺に膚を晒している羞恥を久しぶりに思い出したらしい。悪くない傾向だった。 「で、どの辺がいいんだよ」 「そんな、こと……っ」 「まあいい。反応見てりゃ分かるしな」  手を動かすペースを上げてやると、ギリギリと歯を食いしばる音がする。その間から熱い息が洩れて俺の腕にまで届いた。溢れてくる先走りを擦り込んでやると腰が暴れた。 「いやですっ、やだ、やめてくださっい゛……んっ、く……」  そうやってセシルは必死に俺を拒んでいたが、暫くすると身を固くして、俺の腕に爪を立てた。 「ぐっ……うう゛ぅ!」  シーツにボタボタと精液が飛び散る。セシルは目を瞬かせると、汚したシーツを見て呆然としていた。随分と大人びた顔だちをしているが、驚いた時のセシルは案外あどけない顔をする。その表情を見ながら俺は存分に笑った。 「溜まってただろうに結構長持ちすんじゃねえか。彼女ちゃんはさぞ喜んでたんじゃないのか」 「アナタには関係のないことです」 「おいおいそんな怖い顔すんなって」  そもそも俺に扱かれて射精した奴に睨まれたところで滑稽なだけだ。俺はまたセシルの陰茎へと手を伸ばして、雑談でもするような調子で続けた。 「もうお前の携帯の電源なんて入れてないが、彼女ちゃんからの着信は何件になったんだろうな。すっかりご無沙汰で寂しがってんだろうなぁ」 「今すぐ口を閉じて、くださ、いっ! アナタに……っそんなことを言う、資格はっ……!」 「はいはい。扱かれて感じるか怒りで凄むかのどっちかにした方がいいぞ」 「ふっ……ぐ、ぁ……あ゛ああぁっ!」  セシルは必死に背後にいる俺を睨もうとしていたが、どれだけ意志が強かろうが本能には逆らえない。イったばかりの敏感な場所を鷲掴みにされているなら尚更だ。セシルは俺の肩に後頭部を押しつけて、汗が滲む躰を悶えさせていた。こうやってセシルの反応を手中に収めるのも、やってみるとなかなか愉快だ。 「はあっ、はっ、あっああ゛ぁっ!」  再び精液を吐き出したセシルは胸を大きく上下させて、必死に息を繋いでいた。晒された胸板を、それこそ女にでもしてやるように優しく撫でながらキスをすると、セシルは強く首を振る。恋人との行為を思い出したんだろうか。俺はあいつの頭を片手で押さえ込むと、唾液を流し込む。吐き出そうとしたセシルが咳き込んでいるうちに、俺はローションをセシルの陰茎へと垂らした。唾液を吐き出しながらセシルが目を見開く。これから何をされるのか察したらしい。拒否の言葉を叫ぼうが、腕を押しのけようと暴れようが、俺は何の障害にもならない。 「うわあっ! あっ、ああぁあ゛あ! いいっぎ、いあ゛ぁああっ!」  滑りが良くなった陰茎を力強く扱く度に、セシルは悲鳴に近い喘ぎ声を洩らした。最早声を抑えようとする意識さえ飛んでいるんだろう。同じ男なのだからよく分かる。セシルは今、激痛に近い快楽を感じている。仕方がないことだ。今までのように痛みだけで絶叫させるのも悪くなかったが、こうやって快楽で声を歪ませるのも同じくらいに支配感を煽られる。どちらもやっていることに変わりはない。セシルを傷つけて、あいつが後生大事に抱えている想いを踏みにじる。快楽でも痛みと同じか、それ以上にセシルを追い詰めることが出来るらしい。セシルが必死に背を丸めて俺から逃れようと足掻いている。その努力を嘲笑いながら水音を立てると、ローションに混じって精液が垂れていった。  異常も続いてしまえば日常に変わっていく。延々と玩具にしていると、セシルの躰もそれに順応していくらしかった。今までセシルは抱いてもただ痛がっているだけだったが、次第に別の反応を返し始めるようになった。覆い被さった瞬間に震える肩、中で動いていると僅かに動く爪先、少しずつセシルの弱みが可視化されていった。気まぐれに優しく抱いていることも、それを助長しているらしかった。それは耐えがたい苦痛に直面した躰が自身を守ろうとする防衛反応に過ぎない。だが、それを利用しない手はなかった。  手足を繋がれて、無防備に晒されている躰の線を舌でなぞる。セシルはきつく目を閉じて逃れようと藻掻いていた。 「いやっ! いや、だっ……きもちわるい! 早くやめて……っ……」  拒絶の声を無視して項に噛みつくと、息を呑む音が聞こえた。耳に息を吹き込んで膚を擽るように撫でると、まるでそれが耐えがたい苦痛みたいにセシルは呻いた。噛みしめられた唇に口付けながら、ローションを下半身めがけて垂れ流すとセシルの全身は恐怖で硬直していく。その期待に応える為、もう半ば勃ちあがっている陰茎を力強く擦った。 「っうあぁあ゛! ……だ、からっやめ、て! こんな……っう、く!」  必死に拒絶するセシルを無視して、そのまま片手で扱きながら空いた手で全身を撫で回していく。そうやってセシルの感覚を変えていくのは、あいつの躰に俺という異物を混ぜ込んでいるみたいで愉快だ。セシルは必死に暴れていたが、拘束されている状態で動ける範囲なんて高が知れている。寧ろそうやって動くことで俺の手に膚を擦り付けることになっていた。褐色の膚がローションで滑り、明かりを反射して輝いている。セシルは気づいていないだろうが、随分と卑猥な光景だった。  そうして数日掛けてあいつの躰を弄くり回していると、薄々理解していたセシルの性感帯がはっきりと分かるようになってきた。それはセシルにとっては無理に犯されるのと同じくらい耐えがたい苦痛らしい。触られて声が洩れる度に、あいつは死にそうな顔をする。目を伏せて悶えているセシルの姿は、その反応を俺自身が引き出したという事実と一緒になって俺を煽った。  開発出来る場所は膚だけじゃない。執拗に口内を舌で舐め回したり、乳首を吸引したりするのも愉快だったが、これまで痛みを与えるだけだった後孔を性感帯に変えていくのが一番だった。  その日は縛られて閉じることが出来ないセシルの脚の間に座って、嘲笑いながら指を押し込んだ。 「……っう!」  セシルは圧迫感に呻いていたが、犯され続けて広がった後孔はもう指程度なら問題なく飲み込む。犯していた時にセシルが反応を返した場所を、指で探って執拗に撫でた。 「っは……はぁ……い゛…………ん……っ!」  荒い息を吐きながらセシルは苦しげに喘ぐ。まだ後ろだけでは純粋な快楽を感じるのは難しいだろう。だが、膚の開発と同じ要領で、空いた手で陰茎を扱いてやると話は違ってくる。 「っ、あ゛ぁ……っん゛、んん……はっ、ああ゛っ! い゛や……っ、や゛ぁ……!」  セシルは両手を強く握りしめて、未知の感覚に耐えようとしていた。内部を暴かれる感覚へ強引に快楽が紐付けられていく。恋人同士だったらそんな過程は喜びだろうが、俺とセシルの関係ではその行為は一方的な暴力とマウントでしかない。嫌がって暴れたせいでセシルの手首からは血が流れている。腰を動かせば粘膜に爪が立ってしまう。俺の開発を拒絶すれば、あいつに与えられるのは痛みだ。とはいえ、拒絶しなくても俺の玩具にされる事実に変わりはない。セシルにあいつ自身も知らない感覚を植え付けてやるのも俺の優越感を掻き立てた。 「そろそろいいよな」  手の枷だけ外してやって、セシルの躰を強引に引き起こす。セシルは自由になった手で俺を押しのけようとしていたが、寝不足と疲労からか上手く力が入っていない。大した障害ではなかった。そのまま背後に回って後ろから内部に陰茎を押し込んだ。ただ堅いだけだった内部は随分柔らかくなっている。ローションでべたついた粘膜を亀頭で押し潰すと、セシルは低い声で呻いていた。だが、それが痛みを逃す為ではないことに、俺もセシルも気づいている。セシルは寧ろ痛みに縋ろうとして声を出している。背後から抱きしめるようにして俺が陰茎を掴むと、セシルは露骨に身を固くした。 「あぁああっ! あ゛っ♡ はぁーっ、さわら、なっ……う゛うう……ん゛ぁああぁっ! とま、って。っう……う゛ぁあああぁっ!」  セシルは目を見開いたまま俺の腕を掴む。押しのけようとしていた癖に、俺に縋ることしか出来なくなっているのは無様だ。あいつが痛みで快楽をごまかさないように、ゆっくりと腰を動かし続けた。それと同時にローションを追加で垂らして裏筋を連続で擦りあげる。セシルは悲鳴をあげながら、腕の中で藻掻いていた。だが、内部には杭みたいに陰茎が入ったままだし、上半身は俺に抱きしめられているも同然だ。動ける範囲なんか高が知れている。この方が嬲りやすいかと思ってした体位だったが、セシルの顔が見られないのが残念だった。目の前の耳が赤くなっているのが見える。きっと羞恥と絶望で今にも崩れそうな表情をしているんだろう。カメラを回しておかなかったのを少し後悔した。 「なあ、おい」 「……っ」 「返事くらいしろよ」 「あ……! 分かりましたからっ、やだっ! いやっ!」  セシルが躰を前に倒して俺の手から逃げようとするのをなんとか抱き留めて抑え込む。体重をかけながら、尿道に爪を立てるとセシルは躰を震わせた。 「そういや前にこんなのは暴力だとかなんとか言ってたなぁ。今はどうなんだよ。こうやって先走りダラダラ垂らして今にもイキそうなのに浮気じゃないって言えんのか?」 「アナタが、していることはっ……ぁ……」 「言い訳か。言ってみろよ」  手を止めると、セシルは肩を上下させながら言葉を続けた。 「……アナタがしていることは暴力と何も変わらない。それは今も同じです」 「ハッ、随分都合が良いご高説だな」  目の前にある汗だくの項に噛みつくと、鼻にかかったような息が洩れていた。セシルは必死に自分の精神を保っているようだが、躰の変化だけはどうにも出来ない。セシルの躰は日ごとに過敏になっていた。  それから俺はセシルを優しく抱いてやることを〝ご褒美〟として扱った。俺の言うことに従った時、奉仕を上手く出来た時、一日を無事に終えられた時――早い話が単なる俺の気分だったが、きちんと理由付けはした。俺の下に収まっていれば、良いことがあるんだと本能に刻み込んでいく。その度にセシルは悲鳴をあげて嫌がっていたが、あいつの躰は気高い精神を無視して堕落していった。時にはほぼ一日中弄っていたこともあって、内部は蕩けるように柔らかく変わって都合が良い。何度も口付けを交わして、羞恥に塗れた表情を嗤う。この状況の全てがセシルを追い詰め、傷つけていた。溢れる悲鳴は言葉の形を失いつつある。やめてほしいとすら言われる回数が減った。何を言っても無駄だと漸く理解したんだろう。それでも時折洩れ出る拒絶の言葉は、あいつが周囲から尊重されていた時の名残に過ぎない。  抱かれている時に、セシルは俺の知らないの言葉で何かを呟くようになった。最初は俺への罵りでも吐いているのかと思ったが、それにしては遠くを見るような瞳に憎しみが籠もっていない。夢でも見ているかのような瞳は涙の膜が薄く張っていた。祈るように口を動かしながら、セシルはシーツを掴んでいる。その指先はここに来る前より明らかに細かった。
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