そして光は灯された

彼を彩るもの

 そうやってセシルを貶めることだけが俺の生きがいになった。膚を撫でられて身を竦めるのをあざ笑い、イラマチオを強制し、組み敷いて犯し続けることで、やっとセシルと肩を並べられると思った。だが、セシルが練習を始めるとそんな幻想はあっけなく崩れていく。セシルがアイドルとしての自分を取り戻す時間が何よりも怖かった。圧倒的なパフォーマンスも、こんな状況下で練習をやりきる精神力も、俺との差を見せつけられているようで目眩がした。  だから、練習以外の時間は全て俺の為に使わせた。練習着を剥ぎ取って、組み敷いて、こいつはただの人間だと思い込もうとした。俺が寝ている間でさえ、セシルに自由があることに耐えられなかった。騒ぎ立てないように猿轡を噛ませて、手足をベッドに繋いで、絶対に動けないように拘束する。だが、そこまでされてもセシルは泣き喚くこともしないで俺を見ていた。まただ。あいつの哀れみが混じった視線を向けられるだけで、全身の血が沸騰しそうだった。これならまだ憎悪された方が対等だと思えるのに。でも、セシルが俺に憎悪の眼差しを向けることなんて殆どなかった。だからこそよりセシルを追い込む為に出来ることは何でもやった。身動きが取れない細い腰に到底収まるはずもない大きさのバイブを押し込んでいく。滑りの良くない場所にそんなことをしても傷口が広がるだけだ。セシルは首を振って痛みに耐えていた。喉を晒して苦しむ姿を何枚も写真に収めた。バイブのスイッチを入れて、傷ついた粘膜から血が溢れて、猿轡に遮られた呻き声があがって、そこまで追い込んで漸く俺は安心出来た。振動音と悲痛な呻き声を聞きながら、安らかに眠る。  朝が来ると布団をはねのけ、セシルの顔を覗き込むのが習慣になった。疲労と恐怖が入り交じったその顔には隈がうかんでいる。今日も眠れなかったらしい。 「いい朝だな」 「……か、は……っ…………あ……」  猿轡を外してやると、唾液と一緒に微かな声が洩れる。顔を上げると、焦点の合わない濁った瞳が俺を映していた。その眼差しには何の感情もない。感情を抱く余力すら持てないのだろう。鏡のように俺を映すくすんだ光は、何故か綺麗だと思えた。そのままセシルの躰に覆い被さって、あいつを穢していく。そんなことを何日も続けて、セシルがまともな意識を保てなくなるまで俺はセシルを蹂躙し続けていた。あいつを休ませるのも、人形を痛めつける趣味がないだけだ。セシル自身がどう感じているのかが分からなければ意味がない。眠っている間も、躰に触れると弾かれたみたいに震えるのは愉快だった。そして、数時間後にまた叩き起こす。眠ったことさえ罪に仕立て上げて、俺はあいつを痛めつけた。  セシルに与えた拷問の数々は、絶大な効果があった。日が経つにつれてあいつは瞬く間に疲弊していく。俺の欲望を受け止めて傷つけられるだけの性行為も、鎖の感触や鬱血する指先も、眠れない夜も、セシルの精神を徹底的に叩き潰した。俺達に愛はない。睦言の代わりに罵声と嘲笑を浴びせ、快感の代わりに苦痛で満たした。俺が上位だと、延々とマウントを取る日々が続いた。  だが、セシルは練習を再開する度に、俺へ決して消えない劣等感を植え付けていく。日を追うごとにセシルは死に物狂いで練習に取り組んでいた。絞り出される歌声は部屋の隅にまで届き、ふらつく脚でリズムを刻む。その様子を見ているだけで、俺はもう取り戻せない過去への後悔と才能の欠如を思い知られる。――耐えられなかった。  練習着を剥ぎ取って組み伏せてもまだ足りない。一刻も早くセシルが俺と同じ場所に堕ちることを祈った。夢も、歌も、愛も、全てを諦めたセシルが濁った瞳で世界を見るようになったら、俺はどれほど救われるか分からない。練習の後は特に手酷くセシルを犯した。もうお前に価値はないと囁きながら、薄い腹を肉棒で押し潰す。咄嗟に俺を押しのけようとする腕を掴んで、喉に噛みつくように口付けた。それでも俺が満たされることはなかった。どれほど穢して傷つけても、折れようとしないセシルが何よりも憎かった。  そうして数日経ったある日のことだ。いつものようにセシルと性行為に耽った後、俺はベッドに横たわったまま無為に時間を過ごしていた。セシルは意識こそあったが、目を閉じたまま荒い息を吐いている。連日の疲労が抜け切れていないのだろう。時刻を確認すると、まだ昼にもなっていない時間だった。  ふと、思い立って俺は部屋のテレビを付けた。上品で穏やかなテーマ曲と司会者の挨拶が流れ始める。セシルは目を開けると、心底嫌そうな顔で俺を見た。  テレビから流れ始めたのは、セシルがメインで出演している語学番組だった。画面の左上は〝再放送〟と表示されている。画面の中のセシルはにこやかに手を振ると、自分の母語の解説を始めた。 『今日のテーマは、感謝の言葉です。家族や友達、愛する人へ感謝の言葉をワタシの国の言葉で伝えてみるのも素敵だと思います』 「再放送になるの早くないか。もう少し撮り溜めしておけよ」  セシルは俺の言葉を無視して、画面を見つめていた。強ばった表情からは不安が伝わってくる。いきなり外の世界を見せつけられて、セシルは今の状況を改めて実感したらしかった。閉じ込められてから過ぎた時間、業界に空いた穴、帰りを待っている連中、大方そんなことでも考えているんだろう。それが妙に愉快に思えて、画面を見ながら頭を出来る限り優しく撫でてやる。セシルはされるがままだった。愛玩動物にも似た扱いに文句を言う余裕もないんだろう。  俺はあいつの髪を指先で弄りながら、ぼんやりと画面を眺めていた。画面の中にいるセシルの溌剌とした面影は、今こうして目の前にいるセシルにはない。幾ら気丈に振る舞っていても、セシルの躰と心は明らかに衰弱している。隈がうかんで少し痩せた横顔を眺めながら、今更そんなことに気づいた。 『それでは最後に、この番組を見てくれているアナタにも……メエスト! ふふっ、またお会いしましょう』  画面のセシルがそう言うと番組は終わった。俺はそのままテレビを消す。セシルは背を丸めたまま何も言わなかった。俺にもありがとうって思ってんのかよ、と揶揄い半分で言ってみたが、セシルは僅かに肩を震わせただけだった。思わず顔を覗き込むと、血の気の引いた表情が見える。肉体的に痛めつけられた時以外で、セシルがこうなるのは珍しかった。 「辛いんだろ?」 「辛くない訳がないでしょう」  セシルは視線を落としたまま、低い声で呟いた。必死に感情を抑えているのだとすぐに分かった。俺の方はは今にも噴き出しそうになるのを抑え込むので必死だった。こんな生活を続けてセシルが傷ついていない訳がないんだ。あいつに圧倒されてそんな当たり前のことも俺は忘れかけていた。セシルは今恐ろしくて、怖くて、惨めで仕方ないんだろう。また陥れられるところだった。まだ俺は負けてない。 「そうやって普段から素直なら少しは優しくしてやったのによ」  セシルの前髪を払いのけると、狭い額にキスをする。汗の味がした。 「なぁ、そんなに辛いなら少し楽にしてやろうか? 今日から練習も止めちまえ。その分休ませてやるよ」  僅かに潤んでいるセシルの目を覗き込みながら、俺は甘く囁いた。セシルが弱っている今なら、この提案は堪えるはずだ。俺に屈しろ。全てを諦める一歩を踏み出せ。そう祈ったその時、セシルが口を開いた。 「いいえ。その必要はありません」 「は? 馬鹿かお前。もう分かってるだろ。これ以上努力したってお前はもう元に戻れねえよ」 「それでも、ワタシは諦めたくない……」  セシルはそれから俺がどれほど甘言を囁こうが罵ろうが意志を曲げなかった。業を煮やして俺が手を出そうと変わらない。俺とセシルが互いに傷つけ合うだけの、すっかり習慣になった一日が過ぎていった。  セシルが練習を止めないのは、あいつの自己犠牲じみた誇りの為だ。それはセシルの出自や培ってきた信念に密接に結びついている。大衆を喜ばせて、愛を伝えること、それがセシルの願いだった。そう考えるだけでペンライトに囲まれたセシルの姿が浮かんできそうで、吐き気が止まらなくなった。目の前の幻想を掻き消す為に俺はまた、あいつの腰を抱き寄せた。
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