そして光は灯された

星々の不可視光

 車を数時間走らせて辿り着いたのは寂れた町中にあるマンションだった。俺が貯金の大半を使い果たして買った二階の部屋は防音加工が施されている。事務所が関係者向けに格安で紹介しているミュージシャン向けの賃貸物件、その一つがここだった。  周辺の開発が頓挫し、ベッドタウンになり損ねたこの町は寂れきっていて、他人への関心も薄い。建物も、立地も今回の計画にうってつけの場所だった。完全に意識を失っているセシルを、二階にある俺の部屋まで運ぶのは本当に骨が折れた。だが、幸いにも誰も俺達の姿を見ることはなかった。  玄関のドアを閉めれば、俺達が何をしようが音が外へ漏れ聞こえることもない。小さく唸っているセシルの靴を脱がせ、あいつを必死に持ち上げた。セシルが幾ら細身とはいえ、抱え上げるだけでも精一杯だ。もう人目を憚る必要もないから、半ば引きずるようにしてその躰をベッドまで運び込んだ。あと少しだ。用意していた枷を取り出し、セシルの両手足をベッドの脚へと繋ぐ。かなり鎖を短くしているから、セシルが目を覚ましてもまともな抵抗は出来ないだろう。  そこまで準備を終えると俺は深く息を吐いた。目の前でセシルが眠っている。世界中が夢中になっている存在をこれからどうしようと俺の自由だ。  俺はセシルに手を伸ばすと、あいつが身に着けているものを剥ぎ取り始めた。  既にずれて落ちかけていた眼鏡、高価そうなストールを床へ放る。ベストやシャツは鋏で切り開いて脱がせた。ベルトを引き抜き、ズボンも下着ごと切り開いた。意識の無い人間は鉛よりも重く、俺は荒い息を吐きながらただのボロ布と化した服を全て捨てた。  セシルの躰だけがベッドの上に残されている。俺は息を整えながら、その姿を眺めた。  誰もが憧れる存在がその身一つだけで横たわっている。躰自体はピンナップやポスターで何度か見たことがあったが、実際に目にすると言葉に出来ない迫力があった。  新品のシーツの上で、褐色の膚がその輪郭を鮮明に誇示している。線こそ細く整えられているが、長時間ステージで動ける持久力や正確な息のコントロールを支える筋肉は鍛え抜かれていた。そっと指先で触れると強い弾力が俺の手を押し返す。本当に愛島セシルが目の前にいるんだと、この時改めて感じた。  静まりかえった部屋には煩いくらい俺の鼓動が響いている。家具と壁しかない殺風景なこの部屋が、あいつの存在ただ一つで見違えるように輝いて見えた。それだけの存在感がセシルにはあるのだ。  眠っているだけの相手に圧されている自分を叱咤しながら、俺は必死に携帯を握るとセシルへとカメラを向けた。視線を集める為に整えられた躰を写真に収める。それの何が悪いと言うのだろう。シャッター音が何度も辺りに響く。神聖さと僅かな幼さが入り交じった寝顔、厚い胸板、柔らかな腿、体格に見合った大きさの陰茎、全てが無抵抗に俺の目の前に晒されて、記録されている。この写真が流出するだけでもセシルの人生に大打撃を与えることが出来るだろう。勿論そんな簡単な破滅を与える気は毛頭ない。  用意していた撮影台の上に携帯を置くと動画撮影へと切り替えた。俺の顔は後で加工でも何でもして隠せばいい。俺はセシルの元へと戻り、目の前の躰へと手を伸ばした。  膚はどこまでも滑らかだ。表皮をそっと撫でながら力を込めると、筋肉の強い弾力が指先を押し返す。そのまま躰の線を伝って手を下半身まで下ろしながら、俺はローションを手に取った。  多少圧倒されたとはいえ、所詮は男の躰だ。愛撫したところで後孔が濡れはしないし、眠っていて反応がないなら尚更時間を費やす意味はない。片手で尻を割り開いて、晒された後孔も写真に収めた後、ローション塗れの人差し指を押し込んだ。 「う……ぐっ……」  指を動かす度にセシルが小さく呻き声を洩らす。堅く締まっている感触から考えて、異物挿入なんかしたこともないのだろう。せめて枕営業の痕跡でもあれば多少は溜飲が下がったのだが、セシルがそんなことをしているはずがなかった。  強引に指の本数を増やして、押し開くように解していく。その度にセシルは低く呻き続けていた。あと少しすれば完全に意識を取り戻すだろう。それなら、この辺りではっきりと今の立場を知らせてやるのが優しさだ。俺は服を脱ぐと自分の陰茎にローションを垂らし、セシルの後孔に先端をあてがうと、そのまま一気に押し込んだ。 「う……わあ゛あっ!?」  ぶつりと肉が裂ける音がして、辺りには血の臭いが広がる。  とうとうやってしまった。やってやった。ちっぽけな存在に過ぎなかったこの俺が、愛島セシルを傷つけた。誰もが憧れる美しいものを穢した。その事実への高揚と混乱が一度に襲い、俺は暫く動けなかった。  そうしている間にセシルは完全に目を覚ましたらしく、躰を暴れさせていた。だが、繋がれた手足が動くことはなく、鎖が煩く鳴るだけだ。ああ、所詮こいつもただの人間に過ぎないんだ。縛られて犯されれば為す術もなく傷つくしか出来ない人間だ。世間はこんなものを崇めて、人生を捧げ、光で照らしてきたんだ。  内部の抵抗は強く、亀頭を押し込むのがやっとだった。だがここさえ入れば、それほど苦労しないはずだ。混乱の最中にいるセシルの腰を両手で掴むと、杭を打ち込むように俺は腰を動かし始めた。 「ぐあ゛っ! あ゛あぁ! いだ……痛い、からっ!」  陰茎が肉を割り開く度に、セシルの口から悲鳴があがる。痛いとか、何故とか、やめてくださいとか、そんな意味の無い言葉が辺りに響いた。 「……こんなことを、すればっ」 「何だ。脅しか?」  聖人ぶったこいつが何を言うのか聞きたくなって腰を止めると、セシルは息を荒げながら続けた。 「こんなことをすれば、……アナタは、もうアイドルを続けられなくなります」  傑作だった。こいつは何も知らなかったのかとこの時初めて気づいた。 「お前は本当に俺の気に障ることしか言わないな」 「え……あ゛あぁっ!?」  セシルの内部へと俺はもう一度陰茎を突き込んだ。深く入り込まれる感触がよほど苦しいのか、セシルは強く目を閉じて身を縮めようと無意味に暴れた。 「俺はもうとっくに事務所から見放されてんだよ。もうアイドルとしての俺はこの世に存在しない。トップアイドル様々には分からないだろうがな、誰もがお前みたいに愛される訳じゃねえんだよ。舐めやがって、馬鹿にしやがって! 俺がアイドルを続けられないのは、そもそもお前のせいなんだよ!」 「痛いっ、い゛ぎぁあ゛あぁあ! やめて、ぐっ……くださ……! あっあああ゛あぁあっ!」  よほど苦しいのだろう。肉を引き裂く度にセシルの内部は強く収縮する。正直かなり気持ち良かった。それがセシルが苦しんだ結果であれば尚更だ。俺が快楽を得るほど、セシルは穢され、痛苦に喘ぐ。その対比が俺をより深く感じ入らせた。  セシルがふと視線をカメラの方へと向けた。途端にあいつは一気に青ざめた。撮影されていることに気づいたらしい。咄嗟にカメラとは逆方向に顔を向けたが、そんな往生際の悪さも気に食わなかった。 「おい、カメラならこっちだろ? レンズが向いてる方向なんて、基本中の基本だろうが」 「い゛っ、いたいからっ! はなし、てっ! 嫌ぁ!」  俺はセシルの髪を強引に掴むと、カメラへと顔を向かせた。瞳孔が限界まで縮み、はっきりとした恐怖が浮かび上がる。その顔を見た瞬間、俺は万能感に打ち震えた。セシルの誇りや人間性だけじゃない、あいつに付随する全ての価値そのものを俺は踏みにじっているのだ。そう自覚すると同時に下半身に灼けるような熱さを感じた。 「嫌です! やめて……!!」  圧迫感が増したことで、セシルも差し迫る事態を察したらしい。だがそれも俺の万能感を補強する材料に過ぎない。俺はセシルにのし掛かったまま、あいつの内部に精液を吐き出した。  セシルの喉が動いて、乾いた息が洩れる。言葉も出せないのだろう。俺が陰茎を引き抜くと、血と精液が混じり合ってベッドに広がった。後始末をしてやる気分にもなれなくて、俺はベッドに腰掛けると、煙草に火を付けた。セシルは小さく咳き込む。 「……どうして」 「…………」  セシルの問いに答えるつもりは無かった。話したところで理解されるとも思えなかった。 「暫くここで過ごしてもらう。半年もしたら解放してやるよ」 「半年……!? そんなっ、そんなことは!」 「嫌だよな。仕事も全部台無しだ。何よりお前は二ヶ月後にはライブがある。そうだろ」 「……はい」  セシルは訝しげな顔をしながらも、深く頷いた。 「そこで交渉だ。俺の言うことに全て従うなら、監禁期間を一ヶ月に縮めてやる。仕事は無理だが練習時間くらいなら確保してやるよ。調整期間含めてもライブにはギリギリ間に合うだろ」 「すぐにワタシを解放してください。……こんなことをしてもアナタは救われない」  セシルは案外はっきりと俺を拒絶した。視線を向けると、強い意志を持った緑の瞳が俺を映す。また気圧されてしまいそうで、俺はすぐに目を逸らした。 「最初から俺は救われねえよ。……嫌だって言うなら仕方ないな、あと半年のんびり暮らせよ。それから、さっきの映像も公開させてもらおうか」 「それを手がかりにしてでも助けが必ず来ます」 「だろうな。そうなったところでお前が今までの通りの日常を送れるのかは知らないが」 「……っ」 「レイプ映像が拡散されてるアイドルってのも斬新だ」  俺がこれ見よがしにスマホを手に取った瞬間、セシルは強く目を閉じた。 「分かりました。……一ヶ月アナタに従います」  必ずチャンスは来る、そうセシルが考えているのは明らかだった。それでも今は従うことしか出来ないのがあいつの弱みだ。セシルには抱えているものが無数にある。何一つ残されてない俺との何より大きな違いだった。 「交渉成立だな。これからよろしく、セシル」  挨拶代わりに頭を撫でてやっても、セシルは唇を引き結んだ
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