混沌に沈む

残された場所

 その日もセシルは常軌を逸する性暴行の数々を受けた末に、理性の残滓に縋るように祈りながら、ホテルのベッドへと倒れ込んだ。震える瞳が壁を見上げる。そこに掛けられたカレンダーは、男達が定めた期限が明日で終わることを告げていた。 「……漸く、ワタシは」  掠れきった声が静かな部屋に響く。投与され続けた数々の薬は効能が複雑に絡み合い、相乗効果でセシルの躰を未だに疼かせていた。今日受けた全身が爆ぜるような快楽を思い出す。  心の奥底で何かが蠢いているような気がした。思わず伸ばしそうになる手で強引にシーツを掴む。もう何も考えたくなかった。セシルは深く息を吐き、目蓋を閉じようとした。 「へぇ、中々いい部屋じゃねえか」 「お邪魔します。うわ本当に広いな。流石大手事務所が用意した所だね」  その瞬間、ドアが大きく開かれた。部屋を踏み荒らす粗雑な足音が部屋に響く。セシルは顔色を変えて身を起こした。入口から目を逸らしたいと思っても躰が言うことを聞かなかった。  何故、と問いたくても、今この場所に男達がいるという事実が脳を掻き回し、何も言葉が出てこない。ヒュウヒュウと乾いた息が喉から絞り出されるばかりだった。 「セシル君、そんなこの世の終わりみたいな顔しないでよ。別に病院でしか手を出さないなんて一言も言ってないよね?」 「来ないで……くださ……」 「大丈夫。部屋は汚さないように準備してきたんだ」  男達は手に持っていたビニール袋の中身を探り始めたが、セシルにとっては男達が何を準備しようがどうでもよかった。男達がこの場に存在し、こちらへ歩を進めてくる事実に比べれば、何もかも些細な問題だ。今日という日は終わったのだと、束の間の安堵と休息を得ようとした瞬間に与えられた絶望は男達が予想している以上にセシルの心を打ちのめした。男達との距離が縮まる度に躰が恐怖で固まっていく。彼等はわざと二手に分かれてベッドを挟むように近づいた。逃げ場は無いと改めて示す悪趣味な悪戯に、セシルは目を見開いて視線を左右に走らせることしか出来なかった。最早泣き喚いていないのが奇跡のようなものだ。医者はそんなセシルを愛おしげに眺めながら、ビニール袋から取り出したコンドームの箱を投げ付けた。セシルの側頭部にぶつかったそれは軽い音を立てて落ちる。 「これから何されるかは分かってるでしょ。ベッド汚さないようにセシル君もつけてね」 「…………」  セシルは澱んだ目で手の中にある箱を眺めた。使い方の知識ならある。だがこれを使うのは、心から愛することが出来る相手と想いを伝え合う為なのだと以前は無邪気に信じていた。  鉛を飲むような気持ちでセシルが箱の包装を剥がしている間に、男達は服を脱いでベッドに腰掛ける。 「男相手にゴム使うってのも面白い話だよね」 「こいつがお姫様だったらなぁ! さっさと孕ませて俺達もめでたくロイヤルファミリー入りだったろ。ちゃんと認知してやるからお前の国民の血税で養ってくれよ」 「あれだけ遊んでたらどっちの子供か分かりゃしないだろうけど。お腹の中で精子ゴチャゴチャになってるでしょ」 「それもそうか。万が一ガキが出来たら席は二人分空けといてくれよ」  何も聞くまいと思っていてもセシルの眉間には皺が寄る。これ以上何も耳に入れないようにセシルはわざと衣擦れをさせながら粗雑に服を脱いだ。品のない笑い声を響かせながら、男達はセシルに手を伸ばす。過敏に変わり果てた躰は軽く触れられるだけでも熱を持ち始めた。  下腹部に集まる血液の流れを感じながら、セシルは自身の躰に失望を募らせていく。  彼は気付いていなかったが、躾けられた躰は無意識下の抵抗すら行わず、ただ男達のされるがままだった。即座に明確な反応を見せた陰茎に、男達は黄緑のコンドームを付けさせる。 「やっぱり担当カラー身に着けてると映えるね。君の瞳と同じ色のやつ探すの大変だったんだよ」  下卑た笑いを隠しもしない医者の言葉は、心に激しい痛みを与えては擦り抜けていく。心に巣くった無力感は怒りや羞恥を持続させることを困難にしていた。  そのまま男はセシルの唇を奪った。その指は柔らかさと弾力を辿るように膚を蹂躙していく。  その度にセシルは浅く息を吐き、躰を震わせた。医者はセシルの腕を取り、さらに薬液を注射していく。即効性の薬は未だ抜けていない熱を助長し、より深く意識を混濁させていった。 「んんっ♡ あ……っあぁ……!」 「さっきまで散々遊んでたんだし、慣らす必要は無さそうだね」  医者から粗雑に指を差し込まれると、ローションに塗れていた孔はぐちゃりと水音を立てた。指先を柔らかく包む肉の弾力に医者は深く息を吐く。 「先に頂くよ」 「おう」  医者がコンドームを装着している間、セシルは甘い喘ぎ声を洩らしながら、男が口内に流し込む唾液を熱心に飲み込んでいた。瞳は濁り、完全に肉欲に支配されている。乳輪を焦らすように撫でられると、犯される前から倍以上に膨らんだ乳首を勃起させていた。男がそれを半ば抓るように強く摘まむのと同時に、医者は長大な陰茎を挿し込んだ。 「ふ……っゔううぅゔ! ん゛んっ♡ あっ、は……ぁあ゛ぁあ゛ああ゛っ!」 「痛い痛いってあんなに泣き喚いてたのが懐かしいな」 「とうとう挿れただけでイけるようになったねぇ」  医者は精液が零れないように注意を払いながら、セシルからコンドームを取り外した。口を縛りもしないままそれを眼前へと突き付けると、セシルは澱んだ目を逸らす。 「そんな顔しないでよ。セシル君が可愛い淫売になってくれた記念なんだよ。ほら」  そう言うと医者は事も無げにゴムを口に咥え、その中身を啜った。ずるずると水音が響く中で、セシルは制止する声も出せないまま医者を見ていた。美味しいね、と呟く分厚い唇からは青臭い空気が漏れている。目の前にいる存在が同じ人間だと信じられなかった。今更のようにセシルの心へと沸き上がる不快感は、医者が舌を絡ませて口付けをし始めるとより一層強まった。自らの老廃物と医者の唾液が舌の上で混ざり合う度に苦みを伴う吐き気がした。  セシルが嘔吐しなかったのは、罰と称してこれ以上責め苦を増やされたくなかったからだ。  医者のように本気でこの味と行為に好感を覚えている訳では決してない。だが、男達は敢えてそれを都合良く解釈し、セシルを酷く罵る。嘲笑いながら再びコンドームを装着させると、止めていた腰を強く打ち付け始めた。 「ん゛おおお゛っ! あ゛っ♡ んんっ、ぎ、い゛いいぃい゛いっ! い゛ぁあっ♡ ああぁあ゛!」 「っ、いいねぇ! だいぶ柔らかくなったのに、まだ締まりがよくってさ、ぁ……こういう発展途上も厭らしくていいよ!」  医者はセシルの腰を強く掴んだまま吐精した。内部から陰茎を引き抜くと精液を溜め込んで、コンドームがでっぷりと膨らんでいる。 「ほら、セシル君も飲みなよ」 「んぶっ⁉」  そう言うと医者は外したゴムをセシルの口へ押し込んだ。途端に表面に付着した腸液の苦みと生暖かさ、ローション代わりに塗り込まれた軟膏の滑りが一度に舌先を蹂躙する。咄嗟にセシルが吐き出そうとしても、背後に控えていた男がセシルの口元を押さえ込んだ。 「おっ、ありがとう」 「どういたしましてっと。ほら、歯で破って中身啜るんだよ。そんなことも出来ねえのか」 「うゔうっ! え゛っんんん゛……っむ! ぐ、うっ!」  男達の言うことを聞かなければますます事態は悪化すると頭では分かっていても、本能的な拒否感が吐き気と目眩を助長する。男は待ちきれなくなったのか、セシルの口を押さえたまま孔へ陰茎を挿入した。 「ん゛んんっ♡ ぶ、くっぐぅゔううぅゔっ!」  唐突に与えられた衝撃に耐えようと食いしばった歯はゴムを破り、内側に溜め込まれた汚濁を溢れさせていく。慣れることなど到底出来そうもない腐臭と苦みが満ちていく感覚。  命令されたとおりに啜るようにして飲み込むと、空気にまで粘度を感じるほどの濃厚さが胃まで満ちていくような気がした。セシルの喉が動いたのを見た男は漸く手を離す。 「オゲェッ! ゔえっええぇええ゛ええぇ! げほっ、ゴホッ……っあ、え……」 「飲めたじゃねえか。さすが歌って踊れるアイドル様だ。多少の学習能力はあるらしいな」  中身のないコンドームの残骸を吐き出して、セシルは何度も咳き込む。決して自主的に飲み込んだわけではないのだが、男の罵りを否定出来る余裕は無かった。背を丸めたまま荒い息を吐いて俯くセシルの髪を男は乱雑に掴みあげる。 「い゛っ……!」 「何終わったと思ってんだ? これから使ったゴムの中身は全部お前に処分してもらうんだからな」 「そんな……こと…………」  男達はもうセシルの反論など聞いてはいなかった。立ち位置を代わり、再び躰にのしかかる。  過敏に変わり果てた躰を弄ばれて、数度腰を動かされただけで再び絶頂に至る。射精した精液の重みでコンドームが表皮をずり落ちる感覚でも甘い声が洩れた。耐え難い苦しみに、脳髄ごと掻き回されるような快楽、尊厳を踏み躙られる屈辱、これから再び味わうことになる青臭さに満ちた汚濁、そんなものが一度に思考を満たし最早発狂しない方が不思議なくらいだった。  だが混乱する内心のままに躰を暴れさせようとしても、弱りきり快楽を得る為だけに変貌した肉は目の前で不規則な呼吸音を放つ不快な顔を退かすことも出来ない。セシルがそのことを自覚すると同時に、医者から奥を強く打ち付けられた彼は絶叫しながら吐精した。 「もう二回分も出してるね。足りなくなったらどうしようか」  嘲笑を隠そうともしないまま、医者はセシルの陰茎からコンドームを取り外すと、そのままセシルの口へと放り込んだ。吐き出そうとしても無駄なのはセシル自身も理解していた。  仮に一度吐き出せたとしても、また飲み込まされるかそれ以上の酷い罰が待っているだけだ。  ゴムごと飲み込まないように注意を払いながら中身を啜ると、何度も吐き出したせいで薄まっているのか、男達のそれと比べてぼんやりとした苦みが広がる。ただ、それが自分の味なのだと思うだけで不快感がセシルの胸に込み上げた。惨めだった。その惨めさは更に行為を重ねる内にセシルの心を強く支配していく。男達はセシルが絶頂に至る度にわざわざ愛撫の手や蹂躙する腰の動きを止めて、精液をセシルに飲み込ませてコンドームを交換した。図らずもその時間は疲れ果てた肉体へと僅かな休息を与える結果になった。肉体的な絶頂に至ったまま男達が満足するまで犯されることも辛かったが、こうして細かいペースで続けられるのも同じくらい辛かった。休息を取ることで長く保たれる正気は、どれだけ自分が堕落したのかをぼやけた苦みと共に知覚していく。それはより深くセシルの心を傷付け、限界まで彼を追い詰めることに他ならない。男達の使用したコンドームも口内へゴミ箱宛らに投げ入れられ、どろりとした感触と濃厚な味はその鮮明な不快さでセシルに汚濁を啜る行為に慣れてしまうことを許さない。 「あっ、あ゛、あぁあ゛っ♡ んっ……はぁあ゛あ、あ゛! 」 「うるせえよ。いい加減……あ、もうゴム無いぞ」 「仕方ないよ、そもそもそんなに数買ってないし。セシル君があんなにイキまくって使うから悪いんだ。今日あんなに遊んでるのにまだ出してさぁ」 「もう、嫌、やだっ、やめて…………やめて……ぇ……」  医者がわざとらしくセシルの陰茎を扱くと、彼の口からは腐臭と共に弱々しい懇願が洩れる。  だがそれを男達が尊重したことは過去も今も一度もなかった。流れた先走りがシーツにまで垂れ、染み込んでいく。 「ふっ……ゔ、ううぅゔうっ!」  医者が少し手を動かすスピードを速めると、セシルは呆気なく絶頂に至る。覆う物がなくなった陰茎からは精液が飛び散り、あらゆる箇所に付着した。既に深い皺が刻まれているシーツは三人分の汗で湿り、その中に精液が入り混じって青臭さを垂れ流している。吐き気が込み上げた。まるで自分自身が汚濁の一部となったかのようにセシルは考えていた。だが、そんな高尚な不快感もすぐに混濁した意識の中に沈んでいく。  男達が再びセシルの上にのしかかったのだ。彼等は今度は敢えて背後からセシルを抱き、セシル自身がよりベッドを穢していくように仕向けた。陰茎を引き抜かれる度に、内部に出された精液がぼたぼたと垂れ落ちる。 「そもそもベッドの方にマットか何か敷けば良かったね」 「悪いなぁセシル君。俺らの代わりにフロントに電話しておいてくれよ」  数十分の内に見る影も無いほど穢れきったベッドを見ながら、男は横たわるセシルの腰を催促するように叩いた。これは命令だとセシルは朦朧とする意識で悟る。疲労と苦痛に身を任せて目を背ければ何が起こるのか考えたくなかった。彼の弱りきった精神は、これ以上酷いことをされるのを回避することを優先させていた。躰を引き摺るようにして起き上がると、セシルは受話器を掴んだ。数度のコールでスタッフが電話を取る。セシルは重い口を開き、やっとのことで声を絞り出した。 「……もしもし、フロントですか。ええ、××号室です。……っぁ……すみません。ベッドを、汚してしまってっ。んんっ♡ はい? ツレ、ですか。いえ彼等は………………っワタシが全てやりました。回収ですか? あっ、ん、申し訳ありませんが、今はまだ……はい。……申し訳ありません。はい」  通話が続くにつれて、セシルの声がますます小さくなっていく。男達はその躰を弄ぶ手を止めようとはしなかった。耐えきれずに声が洩れる度に、セシルは自らの心が折れる音を聞いたような気がした。叩きつけるように受話器を置いた瞬間、男達は醜悪な笑い声を響かせた。  ああ面白かった、最高の娯楽だ、普段のステージより余程良い、そんなことを呟きながら男達は部屋を出て行った。去り際に「また明日」と次の地獄の存在を示唆して、ドアが閉められる。静寂に戻った部屋の中で、セシルは深く息を吐いた。その息には耐え難い腐臭が染みついている。  もうこのまま目を閉じて永遠に眠りたいと子供じみた祈りを抱いたところで、現状は何も解決しなかった。スタッフはあと十五分ほどで来ると電話口で言っていた。セシルは床に落ちていた服に無理矢理袖を通し、ベッドからシーツを剥がしてスタッフを待った。腕の中にあるシーツの汚れは今までセシル自身が押し付けられてきた汚濁そのものに見えた。  部屋の片隅にある姿見には見る影も無いほど弱り果てたセシルが映っている。髪は乱れて全身は酷く痩せていた。充血した目は潤み、睡眠不足で隈が出来ている。セシルにも、そして部屋にも悪臭が染み込み、今までここで何が行われていたのか子供でも理解出来るだろう。セシルはドアの前で蹲ると、僅かに喉を詰まらせた。  最早この世に自分が安心出来る場所など、どこにもないように思えた。
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