混沌に沈む

与えられた罰

 携帯電話の激しい振動でセシルの眠りは遮られた。窓の外からは朝の日差しが部屋へ差し込んでいる。今日の撮影は午後からだ。この振動は目覚ましではない筈だった。  画面を覗き込むと、見覚えのない発信先の番号が表示されている。僅かに躊躇った後、セシルは通話ボタンを押した。 『遅い。いつまで寝てんだ馬鹿』  電話の相手はやはり男だった。彼の不満げな声から察するに何度もセシルに電話を掛けていたらしかった。殆ど気絶するように眠っていたせいでセシルは気付くことが出来なかった。 『今日はお前撮影は午後から。それもワンシーンだけだろ』 「……はい」 『くだらねぇ、その撮影は別日に回させた。なんならカットでも良いって言っておいたから負担になることもないだろ』 「…………そうですか」 『それよりホテルの前で待ってんだから早く出てこい。女じゃねえんだから準備とか抜かさずに五分以内で来いよ』  そう吐き捨てると同時に男は電話を切った。セシルの全身から力が抜けていく。  今日撮影する筈だったシーンが何か思い返そうとして、激しい頭痛に襲われた。台本を見返す余裕も最近は殆ど無かったことに今更のように気付いた。封筒に入った資料類もそのまま放置されている。このままでは提出など出来る筈もなかった。多くのものを失って得た睡眠時間で回復した体力は、男達の玩具として過ごす時間で再び磨り潰されてしまう。絶望的な無力感と共に、セシルはふらつきながら部屋を出た。  セシルが一階に降りた時、男はロビーで煙草を吹かしていた。セシルの姿が視界に入った瞬間、まるで長年の友人に相対してるような笑みを浮かべる。おはよう、と朗らかに呟きながら、男はセシルの肩に腕を回した。セシルにとってはただグロテスクな行為だった。  もう他人に躰を触れられるということ自体に激しい恐怖が付きまとう。  腕の中に収まる肢体は酷く痩せていた。セシルは口を閉ざしたまま、視線を床に落として男に付き従っていた。  病院の診察室では医者が待っていた。大量に並べられた性具と薬瓶、注射針を見た瞬間セシルは足を止めたが、男は構わず腕を掴んでベッドへとセシルを座らせた。セシルは出来る限り平静を保とうとしていたが、既に肩は激しく震え呼吸は大きく乱れている。昨日の記憶がまるで目の前で再生されているかのような実感があるのだと容易に見て取れた。 「可愛いねぇ。怯えちゃった?」  医者は更に器具を並べると、机の上に広げていた書類を手に取った。男はセシルの隣に音を立てて腰掛ける。密着する肉の感触に、セシルはますます躰を強ばらせた。 「まずセシル君に聞きたいんだが、昨日の昼間は何してたんだ?」  僅かにセシルは息を呑む。男達は既にセシルが何をしようとしているのかに気付いているに違いなかった。 「……………………」 「おい?」  男がセシルの顔を覗き込む。何か言わなければ、という意識はあるのに、頭に何も浮かばなかった。圧倒的な恐怖がセシルの心を瞬く間に喰い潰していく。ただでさえここまでセシルを追い詰めた存在なのだ。罰を与えるという大義名分を与えてしまえば、どれほど行為が過激化するのか考えるだけでも、セシルは手足の感覚が無くなっていくような気がした。  男は薄ら笑いを浮かべたまま拳を固め、セシルの頬を殴りつけた。 「ぶっ……⁉ げほっ、あ゛あ! 痛っい゛! ぐっ、あ゛、やめてぇえ゛っ!」  セシルの制止など存在しないかのように、男は鼻歌交じりに拳を振るい続けた。  咄嗟に庇おうと突き出された手も容易に撥ねのけ、固く握り締められた拳が何度も柔らかな膚に落ちる。顔だけでなく、肩や胸、腕にも容赦なく振り下ろされた。その度に鈍い音が響き、恐怖と痛みをセシルに刻む。 「素人がコソコソ嗅ぎ回って、俺達にバレねえとでも思ったか」  既に腫れ始めている頬に男は唾を吐き捨てる。だが、その行為に怒りすら感じないほどセシルは弱らされていた。彼は振るわれた横暴の傷跡を押さえて、小さく呻くことしか出来なかった。そんなセシルに追い打ちを掛けるようと、医者は書類を手にしたまま近づく。 「セシル君、起きてる? この写真に何が写っているか見えるかい?」 「これは……っ⁉」  医者から写真を受け取ったセシルの表情からは瞬く間に血の気が失せていく。写っていたのは何の変哲もないやや大きめの封筒だった。既に封をされたそれに書き込まれてる宛先は、アグナパレス大使館だった。 「中身が何かは分かってるみたいだね。折角沢山ムービー撮ったんだし、DVDに焼いてみたんだ。僕達だけのセシル君にしておくのは勿体ないから」  誇らしげに語る医者を見ながら、セシルは必死に意識を保っていた。  気を張って今にも崩れ落ちそうな躰を支える。彼が今、心から恐怖しているのは、その中身が入った封筒が写真で示されたという事実だった。 「……現物、は」 「そんなものとっくに宅急便で送ってるよ。…………ははっ、いい顔してくれるねぇ! 大丈夫大丈夫、日付指定便にしてるからまだ届いてないよ」  医者の言葉にセシルは僅かに息を吐いた。だが、僅かな安堵を塗りつぶすように不安が心を満たしていく。今は誰からも触れられていないのに、全身が幾重にも縛り上げられているように感じた。その認識は概ね間違っていないだろう。数え切れないほど嵌められた重い枷がまた一つ増えたのだ。 「セシル君が約束の日まで良い子にしてたらキャンセル連絡入れてあげるよ。わざわざここまで戻らされる宅急便の人は気の毒だけど」  これ以上の抵抗は無意味だという認識がセシルに刷り込まれていく。幾ら迅速に警察が動いたところでもう手遅れだ。男達の身柄が拘束される頃には、大使館の人々だけではなく両親や側近達にまでセシルが受けた行為の数々が知られているだろう。日本にいる人々や大衆に知られることはなくても、これでは何も変わらない。  もし叔父や従兄弟達が嗅ぎつければ、それ以上の地獄が繰り広げられることは想像に難くなかった。セシルは自らの肩を両腕で抱くようにしたまま項垂れた。過度のストレスで呼吸さえ満足に出来ない。男達に従うしか道はないと頭では理解していても、心はもう限界だった。だからこそ抵抗する術をセシルは探していたのだ。だが、セシルが幾ら身も心も摩耗しようと男達にとっては他人事に過ぎず、所有している玩具の抵抗はただ癇にさわる事実でしかなかった。 「ところで、セシル君はこれで終わったと思ってない? どうして謝罪の一つもないのかな」 「さっきから何被害者面してんだ? お前の自業自得だろうが」 「嫌、ぁ!」  男がセシルをベッドに押し倒すと同時に、医者は事も無げに写真を放ると代わりに錠剤を手に取った。男はセシルの衣服を強引に剥ぎ取っていく。ベルトを引き抜かれ、上着のボタンを半ば千切るように取られる間も、その行為の荒々しさに振るわれた拳を思い出し、セシルは躰を硬直させることしか出来なかった。既にその痕は痣となって痛々しく浮かび始めている。 「あ~あ、痛そうだなぁ。明日の撮影どうするんだ? そんな怯えた顔するなよ。元はと言えばセシル君がこんな真似したからだろ? まだ理解出来ねぇのか?」  下着ごとスラックスを粗雑に引き下ろされ、衣服が埃を被った床に放られる。  最早セシルが身に着けているのはよれたシャツくらいのものだった。その瞳は不規則に揺れて、頬は所々腫れている。傷付けられ、希望を潰され、恐怖が隠しきれていないその様は、普段の穏やかで優美な様子からはかけ離れていた。そしてだからこそ男達の加虐心を痛烈に煽る。  医者は男と位置を変わると、セシルの脚の間に自らの腕を滑り込ませた。反射的に閉じようとする脚を、腿に手を当てて強引に広げさせる。未だに強く枷で戒められている陰茎と、裂傷が酷い孔は蛍光灯の下に晒された。 「これからセシル君に罰を与えるね」  医者は手にしていた錠剤をまだ慣らしてもいない孔に押し込んだ。薬は粘膜に触れた瞬間から体温で融解し始める。 「う…………っあ゛、あ…………っ!」  薬効が全身を巡り始めると、セシルの危機意識は最大級の警告を発した。効能が明らかに違うという確信が実感と共に飛来する。安い照明が視界で乱反射し、心臓の鼓動や衣擦れの音さえ煩く響く。染みついた腐臭が改めて鼻腔を突き、口内に流れた鉄の味を感じる。そして僅かな空気の流れまで理解出来るほど全身の感覚は冴え渡っていた。軽く撫でられるだけでも何が起こるのか想像に難くない。  そして感覚が鋭くなったことで、刻まれた暴行の痕は脈打つように痛みを増していく。増していく痛みと襲い来る快楽の予感で既にセシルの心は引き裂かれそうになっていた。 「おねが……っいで、すから……ぁもうっ触らな…………で……え゛っ! ゔあ゛ぁあ゛あぁああ!」 「ちゃんと効き始めたみたいだね。乳首摘まんだだけなのにそんなに感じてくれて嬉しいよ」  随分敏感になったね、と感慨深げに呟きながら、医者は半ば抓るような手つきで乳首を弄っていた。強く引かれる度にセシルの口からは悲鳴が溢れる。幾度も軟膏を塗り込まれ弄ばれ続けたそこは、見違えるように肥大し性感帯の一つと成り果てていた。鋭くなった感覚はその快楽を何倍にも増幅させ、瞬く間に絶頂へとセシルを運んでいく。 「が、ぁっ⁉ い゛……っあ゛ああ゛あぁあああ゛ああっあ゛!」  だが登り詰めようとした時、陰茎に嵌められた枷が再び強く締め付け始めた。なんとか勃起こそ出来るものの、堰き止められた尿道は白濁を吐き出すことも出来ず、代わりに激痛を訴える。その感覚さえも増幅され、昨日の痛みが遊びに思えるほどの苦しみがセシルを苛んだ。  激痛が恐怖に打ち勝ったことで咄嗟に暴れ始めた手を、男はしっかりと掴みあげる。 「ありがとう。セシル君って以外と力強いから助かったよ」 「いいさ。それより胸弄るならそこ退け。もっと泣き喚かせてやろうや」  暴れる脚を抱えるようにして位置を代わると、男はローションを腫れ上がっているセシルの陰茎に垂れ流した。表面を液体が伝う感覚だけで喉を見せて震えるセシルの様を笑いながら、男は強く陰茎を擦り上げた。一番の性感帯に与えられた激感は絶頂まで再びセシルを押し上げ、その代償に耐えがたい痛みを与える。 「痛い゛っ! い゛たいからぁあ゛っ! やめえ゛えぇええ゛えぇっ!」 「そんなに痛いならとっとと収めれば良いだろう。そんなガチガチに勃たせてるからそうなるんだよ」 「むりですっ! できな゛ぁ、っ⁉ あっあ゛あ゛あぁおかしくっな゛、ぅ」  セシルを襲っているのがただの激痛であればまだ救いはあったかもしれない。だが彼を襲っているのは神経を直接締め上げるような激痛と、押し寄せたまま引くことを知らない濁流のような快楽だった。柔らかくなった胸の肉を揉まれるだけで痛苦を感じ、枷がより深く陰茎へと食い込む感覚で喘ぐ。昨夜も嫌というほど味わった、快楽と痛みという相反する二つが入り混じる感覚。本来ありえない筈の激感に打ちのめされ、正気を保てる筈もなかった。既に崩壊の一途を辿る精神は、少しでもストレスを防ごうと本能的に痛みと快楽を結びつけ始める。それは元来存在しなかった筈の性癖が強引に植え付けられることと同義だった。 「あえ゛ぇえっ♡ お゛あっ! ああ゛、あぁ……はっ……ぐうぅゔうっああぁあああ゛ぁ!」  最初の日よりもずっと肥大した乳首を薬で滑った指先が幾度もこねる。既に粘膜が剥き出しになっているようなものであるのに、与えられる強い快楽はより増幅されて脳裏を満たす。  だがそこに必ず混ぜ込まれる苦痛が、セシルを決して快楽に慣れさせない。元々ほとんど感じなかった箇所でもこれほど辛いのだから、陰茎への刺激など言うまでもなかった。僅かな隙間から絞り出すように先走りを流している鈴口へと、男は何度も長い爪を突き立てる。その度にセシルの絶叫が響いた。僅かに残った理性が快楽で根刮ぎ吹き飛ばされ、罰のように与えられる激痛で再び理性が揺り戻される。セシルは男達に感覚を全て支配され、彼等の意図通りに悲鳴と体液を垂れ流した。 「救いようのない変態だな。セシル君はこんなにされても気持ちいいのかよ」 「今まで大変だったでしょ。僕達に見つけてもらえて良かったねぇ」 「ち、が……ぁあ゛ああぁああ゛あっ♡♡♡」  セシルの孔に男は陰茎を深く差し込んだ。一段と狂った性感は本来感じる筈だった激痛をそのまま快楽へと塗り替えていく。まだ固い肉を抉るように、男は腰を激しく動かし始めた。 「何が違うんだよ、チンコ縛られて乳首とケツ穴で喘ぎ散らす淫乱野郎が。俺達裏切ってどこに何言おうとしてたんだよ」 「いや゛だっ……やだっあ゛あぁあ゛っ! もうや゛めてっえ♡ いだいいぃやだ……っ!」  半狂乱になる意識の中で、セシルは反射的に首を振る。それは状況への本能的な拒否と彼に残された僅かな抵抗の意識が極限状態で露呈した結果だった。だが、当然そんな回答が男達を満足させる筈はない。セシルが逃れるように身を捩る度に、長大な陰茎はより深く全身を貫き、太い指は全身を這い回った。 「今セシル君が言うべきなのはそれじゃないよね。一体今まで何を学んで生きてきたの?」 「痛い、やめて、苦しいって馬鹿の一つ覚えみたいに喚きやがって、犯される程度の奴は大体同じことしか言えねえな」  血と腸液が入り混じり、腰が打ち付けられる度に流れる。何度体験させられても慣れることのない圧迫感と苦痛。弾け飛ぶ意識。それを越えた先にある全身が沈み込むような快楽。  極限まで引き下げられた閾値で感じる、本来なら得られない筈の感覚は歓喜にも似た感情と共に躰に覚え込まされる。そしてそれが頂点に登り詰めようとした途端に、依然として緩められることのない枷が全てを奪う。  瞳は誘うように潤み、獣の呻りに近い喘ぎ声が何度も男達の鼓膜を震わせる。どうしても味わえない純粋な快楽への渇望が、無意識のうちに表面化していた。 「セシル君、つらいよね。くるしいよね。こんなにつらい思いばかりしたくないよね」 「……ゔっ……うゔう…………!」  医者が猫撫で声で呼び掛けながら指でセシルの髪を梳くと、あらゆる体液がその表面を穢す。  明らかな上下関係がその行為には込められていた。愛情表現でも何でもない、どちらが上かを示すマウントだった。摩耗しきった意識でもセシルはそれを理解したが、抗うことが出来るかはまた別問題だ。 「ああ……ぁああ゛、あぁ♡ んっ……く……はぁ、はぁっ! あ゛あぁ……♡」  髪から耳、首筋と伝って医者の指がセシルの表皮を撫でていく。ただそれだけの行為で、セシルは未だに内部に突き刺さる陰茎を締め付けながら喘いでいた。その様を見ながら、男も満足げに唸る。お礼と言わんばかりに腰を男の両手が掴むと、より深く腰を打ち付けた。 「ぎい゛……っ! あ゛っあぁあ゛あぁあ゛あ♡」 「警察に行こうとしてたんだろ? 一刻も早く俺達の身柄を拘束して欲しかったってところか? どうなんだよ」 「んっ! やだっそこばかり……ぃ…………ひっい゛ぁああ゛ああぁああ゛ああ゛!」 「セシル君が本当に心から謝って全部喋るまでやめてあげないよ、その程度のことも分からなくなったの?」 「お゛あっ♡ っあ゛あ゛っあ゛あぁっ! がっあ゛あぁい゛だっ……やめ、でぇえ……♡♡ ゔあ゛あぁあ゛ああぁあ゛あ゛!」  尋問の手は本当に一切緩められることはなかった。快楽と激痛が休む間もなく与えられ、その隙間に嘲笑と質問が繰り返される。何故このような目に合わされているのか、それを認識する為の理性さえギリギリまで取り払われて、屈服するまで打ちのめされる。セシルの意識が途切れる僅かな隙を男達は巧みに刺激していた。警察に行こうとしていたこと、撮影所の行方不明者達、男達への恐怖、性行為への苦痛、日常を守ろうとする足掻き、快楽の歓喜、全てを取り上げられる絶望、悲しみ、狂気、渇望、今にも砕け散りそうな精神の全て。何時間も繰り返された行為の末に気がつけば洗いざらい吐かされていた。セシルの瞳は何も映すことなく濁っている。強引に覚醒状態を維持する薬の効力がなければ、最低限の意識もとうに失われていただろう。その様を男達は指をさして笑った。 「行方不明のリストはともかく、セシル君自身がレイプされたって証拠はどうする気だったんだ? おい」 「というかそんなリスト出来るくらい僕達こんなことしてたんだねぇ」 「良い記念だ、部屋に飾るから明日持って来いよ。それにしても、他人の痴態だけで俺達を出し抜こうって魂胆が気に入らねえなぁ。ダメだろうが、レイプされて弱み握られて全身開発されましたって言わなくちゃ」 「せっかくだから動かぬ証拠でもあげようか。ほら、これに出されたザーメンでも掻き出してみなよ」  医者はゴミ箱からカップ酒の瓶を取り出すと、セシルに投げ付ける。肩にぶつかったそれをセシルは震える手で掴んだ。男は漸くセシルから陰茎を引き抜きベッドから降りる。促されるままにセシルはゆっくりと身を起こした。 「ほら、早くやりなよ。もういいの? 僕達を警察に捕まえてもらうんでしょ?」  醜悪な本性を隠しきれない嘲笑を浮かべながら医者はセシルに迫る。男はセシルを見下しながら満足げに煙草へ火を付けていた。 「言い方が悪かったかな? 〝やれ〟って言ってるんだよ。ここまでされてもまだ自分に拒否権があると思ってるの?」  そう吐き捨てた医者はセシルの肩を促すように叩いた。セシルは僅かに息を詰まらせると、静かに瓶へ視線を落とす。悔しい、嫌だ、やりたくない。男達の前で脚を開き、自分が穢された証を排泄する真似などしたくない。痛烈なまでの拒否感が心を満たしていく。  だがそれと同時に浮き上がるのは圧倒的な恐怖だった。男達に逆らうとどうなるのか、躰全てが完全に記憶している。脳が全て蕩け落ちるような快楽と幾ら泣き喚いても終わらない痛苦。  それらを際限なく振り下ろされ、身も心もずたずたに傷付けられる。それが再開されると考えただけで、勇気も誇りも努力も、全てが音を立てて崩れていくような気がした。 「まだ反省が足りないかな? モザイク処理はしてあげるけど映像をエロサイトに流してみようか。セシル君って顔だけじゃなくてタトゥーも隠さなきゃだから面倒くさいけど仕方ないよね。それとも今度はもう少し小さい貞操帯を試してみる? もっと締まるから今度こそオチンチンちぎれちゃうかもしれないね……」 「…………っゔう、やります。やりますから、何もしないで……ください……」 「最初からそれを言いなよ。馬鹿だね」  医者の突き放すような物言いを聞きながら、セシルは震える手で瓶を掴み直した。ベッドの端まで腰を動かし開ききった孔を晒すと、そこに瓶の口を押し当てる。少し力んだだけで自然と流れ出た白濁は汚らしい音を立てて底を叩いた。半ば固まった血や、腸液なども入り混じった混合液はすぐにある程度まで瓶を満たす。羞恥と惨めさに頬を染め、セシルは視線を床に落とした。先ほどから何度もシャッターが切られる音が響いている。酷いことをされないように、自分の首を絞めていく矛盾にセシルは挽き潰される寸前だった。 「どうしたの? 手が止まってるよ、指で奥まで掻き出せるでしょ」 「……んっ、あ、ぐっ……ふ……ぅゔ……!」  温かな内部の粘膜に触れるだけで声が洩れる。長い指を伝って白濁が零れる度に水音が煩く響いた。無力感と悲しみが痛烈に胸を抉る。漸く全ての体液を掻き出した後、セシルは瓶を握り締めたまま無言で肩を震わせていた。 「よく出来たね。じゃあ次は……」 「ごめんなさい……」 「何? もっとはっきり言いなよ」 「すみませんでしたっ……もう、逆らいませんから……ワタシが悪かったのです。愚かだった。ですからっ、……お願いです。もう許してください。これ以上、何も…………!」  それだけ言うとセシルは喉を詰まらせた。俯いた表情は覗えなかったが、瓶には何滴も透明な滴が落ちている。様々な感情に押し潰されて彼はもう限界だった。誇りを傷付けることが分かっていながら、そう懇願せざるを得ないほどにセシルは追い詰められていた。 「謝れて偉いね、セシル君。怖かったね。嫌だったね」  医者はセシルの瞳を覗き込みながら優しく呼び掛け続けた。セシルはただ誘導されるままに何度も頷いている。最早彼にとっては医者が何を語っているのかは大した問題ではなく、怯えた心に寄り添うその響きだけに縋っていた。 「大丈夫だよ。あと少しだよ。……その瓶の中身全部飲もうね」 「…………はい?」 「もう逆らわないし、良い子になるんだもんね。証拠なんかいらないでしょ? 自分でやれるよね?」 「それ、は……」 「嘘吐くの? 今の言葉も嘘だったの? もう少し教えた方が良かったかな? 僕も君と一緒でダメなんだ。すぐつけ上がらせてしまうんだよ。ごめんね。僕がちゃんと教えてあげなかったからセシル君も馬鹿なままなんだね」 「違うっ! 違いますから! やります……お願いします……! お願いします……!」 「口よりも先にやることがあるよね?」  医者は腕に縋るセシルを引き剥がすと、腐った液が入ったままの瓶を突き付けた。鼻が曲がるような悪臭が周囲に満ちる。一瞬の躊躇の後、セシルはそれを一気に口に含んだ。舌先で形を感じ取れるほどの濃厚さと、味覚の全てを塗り潰すような苦みが満ちる。喉の奥を伝い胃の中に落ちるまで明確に感じられる苦しみ。より強さを増した激臭。思わず吐き戻しそうになるのを、セシルは半狂乱で耐えていた。もし吐き出せば今度は何を要求されるのか分からない。  舌の表面に体液は纏わり付き、鉄の味もそれに混ざる。何度呑み込んでもぐちぐちと糸を引く。胸を叩きながらセシルは必死に喉を動かした。漸く吐いた息には信じがたいほどの腐臭が入り混じっていた。 「おいおい、本当に飲みやがったぞ」 「健気じゃないか。余程怖かったんだね」  背を撫でる手を振り払うことなど出来る筈もなく、セシルは空になった瓶を握り締めて低く唸っていた。自尊心など微塵も残されていない。快楽も、痛みも、恐怖も、全てが深刻な心的外傷として彼の心に刻まれていた。 「それだけ頑張ったなら少しご褒美をあげないとな」 「ヒイッ! なぜ……もう何もしない、はず」 「それはお前が勝手に言ってただけだろう。それにこれからは罰じゃなくてご褒美だよ」  セシルをベッドに押し倒した瞬間、彼の口からは絶叫が響いた。虹彩は限界まで締まり、過呼吸に近いほど息も乱れている。そんな様子に男は気を留めることもなく、小さな鍵を手に取った。 「いいよな?」 「いいんじゃない? 流石にそろそろ外してあげないと可哀想でしょ」 「よし。いま楽にしてやるからな」  男は腫れ上がったセシルの陰茎に手を這わせ、根本に嵌められた枷を外す。それと同時に、猛った己の陰茎をセシルへと再び突き立てた。 「はが、ぁ……っあ゛…………!」  その瞬間、セシルは大きく仰け反ったまま動けなかった。絶頂を迎える寸前で嬲られ続けていた躰はもう限界だったのだ。二日ぶりに味わう純粋な快楽に脳内の処理が追いつかず、一瞬、全ての感覚を失う。だがそれは押し寄せてくる圧倒的な感覚への前触れに過ぎなかった。本能的に暴れる両腕を男はしっかりと掴む。そして、既に把握した性感帯へと何度も腰を打ち付けた。 「あっあ゛ぁああ! あぁあ゛あ゛あぁああ゛あぁあああ゛♡」  理性ごと吐き出すような絶叫と同時に、溜め込まれた白濁が溢れ出す。そのたった一回の絶頂はセシルの精神に深い打撃を与えた。白む意識の中で、これは本来知る筈がなかった快楽だと改めて認識させられる。だからといって何か抵抗が出来る訳でもなかった。与えられる衝撃に悶え、その地獄にも似た絶頂を悲鳴で表現することだけがセシルに許された行為だった。  高ぶった躰はそのまま何度も絶頂を迎えていく。欲を解放するという人間の本能的な悦びに抗えるわけもなかった。 「…………あ゛っ♡ あああ゛っ……は………………」 「そういや中イキも久しぶりだな。お気に召したようで良かったよ」  男はセシルの顎に軽く手を当てると自らの方を向かせる。  促されるままにセシルが口を開くと、男はそこへ痰を吐き捨てた。汚らしい体液は気道に絡みながら胃まで流れ落ちていき、セシルは息苦しさに咳き込んだ。 「オエッ、こいつ精液飲んでたの忘れてたわ」 「だからって痰壺にしなくても良いだろうに」  医者は呆れたように笑いながら男と位置を交代する。正面から見下ろすと疲労困憊したセシルの様子がよく分かった。四肢を力無く投げ出して胸を大きく上下させている様は、あまりにも悲惨だった。その顔は痣と高まった体温で赤く腫れ、涙や唾液、鼻水が伝った痕が幾筋も残されていた。整った唇から息が漏れる度に、部屋には精液の悪臭が広がる。筋肉が落ち抱き心地の良くなった躰は汗に塗れて照明を照り返し、腹には散々吐き出した精液がこびり付いていた。酷使された孔からは再び精液が垂れ落ちている。そして未だに腫れの引かない陰茎は暴走を続ける性欲のままにその存在を誇示していた。此処へと招かれた最初の夜からは想像も出来ないような無様で、淫猥で、征服され尽くしたその姿は本人の意志とは関係なく相手を煽る。  医者は己の滾る欲望のままに目の前の獲物へと手を伸ばした。歪んだ悲鳴が再び響いた。  その日セシルは明け方まで解放されなかった。意識が途切れた、嫌だと言った、命令を躊躇した、少しでも気に入らない言動があると男達は再びセシルに貞操帯を装着させ、泣き喚くまで追い詰め続けた。何よりも甘く蕩けるような快楽の後に襲い来る圧倒的痛苦、発狂寸前の激痛の果てに待ち受ける至上の快楽。そんな感覚に徹底的に漬け込まれて、指先まで溺れていく。  漸く飽きた男達に解放された時、セシルはまともに立ち上がることも出来なかった。  男達はそんなセシルを病院のシャワー室まで引き摺り、表面だけは以前のように整えていく。  精液で固まっていた髪は細やかな指通りを取り戻し、頬の腫れは冷やした後に簡単な化粧でごまかす。朦朧とした意識の中で咳き込むのも気にせずに口を濯がせて、ろくに躰も拭かないまま火照った膚を衣服で覆い隠す。日が昇りきるのを待って男はセシルを撮影所まで送り届ける。数時間程度の睡眠を許されただけでセシルの体調が戻る筈もないが、男にとっては些細な問題だった。
back             Next