混沌に沈む

終章

 セシルが東京に戻ってから一ヶ月が経過した。映画はセシルの出演シーンが幾つかカットされていたものの無事に公開され、世間からもそれなりの評価を得た。完成した映画を見てセシルの様子に首を傾げた者や、演技に違和感を覚えた者、もっと出来ると思っていたと落胆した者もいたが、その原因を突き止めることが出来た者は誰もいなかった。   「休暇ですか? いいですね」  事務員の女性はセシルから休暇届を受け取りながらにこやかに微笑んだ。事務所には大きな仕事を終えた後、数日の休暇が許される制度があったので、セシルがそれを咎められることもない。 「ええ。旅行に行こうと思っています。……一人で、ゆっくりと」  そうセシルは呟くと踵を返し、事務所を出ると駅までの道を歩き始める。  その途中の道で、愛おしいと思っていた姿を遠く彼方に見た気がしたが、セシルが声をかけるのを躊躇した一瞬のうちに跡形も無く掻き消えていた。  今にもふらつきそうになる足で、腰を引き摺るよう歩きながら、セシルは列車へと乗り込む。  滑るように発車した列車はセシルを遠い北の町へと運んだ。まともな娯楽のない、寂れた撮影所だけがあるその町へと。  地図を見ながら病院に着いた時には、日が暮れていた。鍵が掛けられていないことは分かっていたのでそのまま扉を開けると診察室まで進む。中にはプロデューサーの男と医者が待ち受けるように存在していた。 「どうしたの? 僕達はもう他人同士の筈だけど」 「……あの…………ワタシ……」 「何だよ。用がないなら帰れ。目立つんだよ、お前は」  男に押し退けられて、セシルは初めて自分が震えていることに気付いた。耐え難い気持ちに苛まれて、セシルは男の腕に縋り付いた。 「待ってください。お願いです……解毒剤をください。そうしないと、もうワタシは……」 「ハッ、馬鹿じゃねえの」 「自分でも薄々分かってるだろうけどね、そんな物ないよ」  その事実を告げられた瞬間、セシルに浮かんだ表情は絶望と同時に明らかな安堵が含まれていた。それを見た男は勝ち誇ったように笑うと、セシルの方に腕を回す。 「なぁ、セシル君。もっと言うべきことや、やるべきことがあるだろ。違うか?」  セシルの目からは涙が一筋零れていた。そのまま彼は上着に手を掛けると、呆気なくそれを脱ぎ捨てた。それが合図のように彼は次々に身を覆っていた衣服を床に落としていく。そのままセシルは床に膝を付き、男達に深々と頭を下げた。 「お願いします、助けてください。ワタシに何をしても構いませんからっ、好きに使って欲しいです。もうワタシだけじゃダメです。新しい曲も、ファンの皆さんの顔も、台本も何も頭に入らない…………このままでは本当におかしくなってしまう。どうか、お願いします……!」  部屋に包まれる男達の笑い声で、自分がいかに惨めなことをしてるのかをセシルは改めて自覚した。どれほど言い訳しても行っているのは最低の行為だ。それでも、もうセシルには歪んでしまった欲望を満たす手段が思いつかなかった。それが明らかな破滅への道標だとしても従う以外に道は無いのだ。 「必死だねぇ……。いいよ、今の結構面白かったし」  医者は土下座するセシルの頭をわざと踏みつけ、薬棚からいくつかの瓶を取り出し始めた。  頭を踏まれるだけで、セシルの息は大きく乱れた。導かれるままに腕を差しだし、薬が注射された瞬間、セシルの正気は跡形も無く消し飛んだ。 「ああっ♡ これがずっと、ずっと…………♡ 分かっていました、ワタシには分かっていたのです…………どうして……なぜ……こんな…………」  セシルの目からは止めどなく涙が溢れていく。それはまるで彼の理性や守りたかったものの残骸が絞り出されているかのように見えた。 「辛かったね、怖かったね。大丈夫だよ。セシル君の新しい人生はこれから始まるんだよ」  医者の優しい声色にセシルはただ頷き続けていた。それは医者の言うことに共感したからではなく、ただ何かに縋りたい一心だった故なのだが、それを誰も問題にしなかった。 「ごめんなさい……ごめんなさい……ワタシ…………耐えられない…………」 「俺だって耐えられそうにねえよ」  男はそう呟くとセシルの腕を取り、ベッドへと引き摺った。男は粗雑にローションを陰茎に塗すと、前戯もなしにそのまま挿入したが、狂いきったセシルの感覚は伴う筈の激痛も快楽として強引に処理した。 「久しぶりだってのにもうすっかりガバガバだな。こうすると、よく、締まるんだっ!」 「うげっ……っええ゛えぇええぇえ゛っ!」  男はセシルの首筋へと手を這わせると、そのまま強く締め上げる。防衛本能で身を固くした躰は男の陰茎を強く締め上げた。一ヶ月ぶりに内部を抉る荒々しい快楽は酸欠の苦しみと共にセシルの心を征服していく。最高の快楽だった。医者は鼻歌交じりにそれを更に助長する薬を次々に注射していく。セシルの精神は根本から破壊されていった。男が漸く手を離した瞬間、オーバードーズと酸欠でセシルは胃の内容物を全て吐き出した。 「お゛えぇぇえ゛ええ゛えっ♡ ああ゛っ、ゲッゔえ……っ! あっぁっうあぁあああ゛あぁぁ♡」 「うえっ、吐きながら感じてやがる。気持ち悪い」 「いいじゃないか。最近はここまで出来る子はいなかったからね。やっぱり僕の目に狂いはなかったよ」  ベッドはセシルが吐き出した吐瀉物と精液が入り混じり、耐え難い有様に変貌していた。  だが医者はそんなことは気にも留めず、セシルの側に寄りそう。 「ほら、セシル君。犯してもらってるんだから自分の後始末くらいしなよ。その可愛い口で全部飲んでね」 「これを……れすか…………♡ でも……ワタシ…………♡」 「そう言うと思って、ほら」  医者は傍らに置いていた薬瓶を掴むと、内容液を汚濁の上にぶちまけた。それで充分だった。  途端にセシルは目の色を変えて汚濁ごと薬を舐め取り始める。愛島セシルという存在は混沌とした汚濁の中に沈み込み、残ったものは男達の玩具に過ぎなかった。

キメセクをいっぱい書きたい!と思って書いた本です。一番救いがない話ですが気に入っています。

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