先に君を愛したなら
生きる喜び
「今日はこれを着て欲しいんだ」
男が差し出した物を見て、セシルは息を呑む。男の手の中にあるのは、早乙女学園の制服だった。セシルにそれを着せて何をするのかは明白だった。
「やめ……、…………愛し、むぐっ!」
男は冷静にセシルの口を片手で塞いだ。セシルの膝の上に制服を乗せると、空いた手で頭を優しく撫でる。
「積極的な告白は嬉しいが……、一度くらい私に付き合ってくれてもいいだろう?」
「…………」
セシルは口を塞がれたまま首を振った。偽りの告白でも何でもして、彼は男を拒むだろう。春歌と音楽を紡ぎ、愛を育んだ学生時代の記憶は、セシルの心を守る最後の砦だった。
所有している映像で再び脅そうかとも男は考えたが、軽く肩をすくめた。そうやって無理に従わせても意味がないことを、男もこの監禁生活で理解し始めていた。
「私の気持ちは愛ではないと、セシルは言ったね」
男がセシルの口元から手を離すと、セシルは訝しげに頷いた。その様子を見て、男は嘲るような笑みを浮かべた。
「じゃあ君の愛を証明してほしい。セシルが本当に彼女を愛しているのなら、これを着て私とセックスしても気持ちが揺らぐことはない。違うかな?」
「自ら過去を穢して、アナタに証明する必要はありません。ワタシの愛はワタシとハルカだけが理解していればいい」
セシルは男の策略には乗らず、拒絶した。そのはっきりとした口調は、あの日、レストランで男の誘いを断った時と何一つ変わらなかった。どれほど意志や言葉を歪めて追い詰めても、セシルの本質は未だに輝きを放っている。それを男は嫌というほど自覚させられた。
「……セシルはずっと変わらないんだな。まっすぐで、情熱があって、愛情深くて、私の心を掴んで離さない。どこまでも綺麗だ……」
男はセシルの肩を優しく抱く。セシルはその手を払いのけることこそ出来なかったが、その表情は堅いままだった。
「分かった。これを着て私に抱かれてくれたら、ここから解放しよう」
解放、という言葉が出た瞬間、セシルの目に僅かながら希望が宿ったことを男は見逃さなかった。
「映像や写真のデータも全て消去する。君を自由にしよう。だから最後に私の願いを叶えてくれないか」
男が差し出す制服を、セシルは鉛を飲むような思いで見つめた。過去を穢すことなど、本来ならば出来るはずがない。だが、そうすることで、映像や写真は消去されて自由を得ることが出来るのだ。この場から抜け出して警察や事務所に連絡さえ取ることが出来れば、男の身柄も拘束される。春歌や故郷、事務所を脅かしている危険は去るのだ。それはセシルがずっと願い続けていたことだった。
制服を手に取った瞬間、懐かしい重みに心は叫んだ。生きたまま火に焼かれる方が余程楽だとセシルは思った。だが、それほどの心の痛みでさえ、セシルにとっては些細なことだった。スタンドカラーのシャツを羽織り、スラックスを履き、ベルトを巻いて、深緑のジャケットに袖を通した。その姿を見て、男は感嘆の息を吐く。
セシルが春歌と学生時代から恋人同士であったことを、男は調べて知っていた。目の前に立つ青年はこの姿で運命の相手と巡り会ったのだろう。詳細こそ知らなかったが、男は感慨深くセシルを見つめた。
「もし、それを着ていた時に、私がセシルと出会えていれば……」
そう呟く男をセシルは冷めた目で見るばかりだった。それはあまりにも無意味な仮定だ。だが、その事実に男は気付くことなく、セシルを抱き寄せる。
ベッドに押し倒すと、男は服の上からセシルの体を弄った。セシルが早く制服を脱ごうとするのを、男は許さなかった。ジャケットのボタンを一つ一つ外し、なめらかなシャツに手を滑らせる。
「…………ふ、っ」
セシルが僅かに反応を返したことに、男は口角をつり上げた。歪められた肉欲は、こうした愛撫でさえ快感を拾っているのだ。男はセシルに深く口付けた。
「んっ……、あ、……っ……ああっ」
「……可愛いね」
逃げようとする舌を絡ませるだけで、甘みを感じた。両手で全身を探れば、筋肉が落ちて柔らかくなった肌が受け止めてくれる。細い指が懸命にシーツを掴んでいることさえ愛おしかった。布越しでも分かる勃ち上がった乳首を爪でかりかりと弄ると、鼻に掛かった呻き声が洩れる。体だけでもセシルをここまで堕落させることが出来た事実を、男は内心で誇っていた。そのまま手を下へと移動させ、ベルトをゆっくりと引き抜いた。チャックを下ろしてやると、既に固く勃起した陰茎が現れる。その感触だけで、セシルは息を荒げていた。
「ほら、たまには自分で挿れて動いてごらん」
「い……っ……は、い」
セシルは拒絶感を隠す余裕も既に残されていなかった。震える体を起こし、開いている後孔を男の先端に宛がう。この格好で行う動きの一つ一つが身を裂かれるように辛かった。制服姿で欲望に任せた行為に耽るなど、春歌とですらセシルは行ったことはない。過去の愛し愛された自分さえも、男に捧げているような錯覚にすら陥り、セシルの心はますます追い詰められていく。
「う゛ううっ、あ、ぐ……はあっ、ああっ!」
「入れただけで感じるようになってくれて嬉しいよ。すっかり女の子だね」
「違……っ、あぁああ゛ああっ!」
セシルがその言葉を否定しようとした瞬間、男は両手を伸ばしてセシルの乳首を嬲った。重ねられた行為で性感帯に変えられた箇所を弄られ、快感で無意識に腰が動く。それが更なる快楽を連れ、セシルは背を弓のように反らせて喘いだ。快楽に焼かれながら、セシルは恐怖を抱く。明らかに体の感度が上がっていた。
男はセシルの様子を見ながら、その欲望を高めるようにじっくりとシャツの下に手を這わせる。セシルは偽りの告白を繰り返すことで、男との行為を拒んでいた。だが、その結果、中途半端な所で行為は投げ出され、快楽に漬けられたその体はセシル本人も自覚しないまま疼き続けていたのだ。そんな状態で再び抱かれれば、どうなるかは明白だった。それを理解している男はセシルを更に追い詰めていく。
「いつもより興奮しているね。セシルは背徳感のあるプレイがお好みなのかな」
「黙れ……っ!」
「ほら、自分から腰を動かしてごらん」
「っ……ああ゛っ、ぐ……あ、あああぁっ!」
男に促され、嫌々ながらも腰を動かす度に、痺れるような快感がセシルの全身を走り抜ける。そこまで堕落した体に、セシルは失望を募らせた。制服は次第に乱れていき、未だに勃ち上がった陰茎は無様に揺れている。せめて体の火照りを少しでも抑えようと、セシルは内部の性感帯を外して腰を動かしていた。だがそれは自分自身を絶頂の手前で縛り付けることに他ならなかった。快楽の頂点で理性を解かすことも出来ず、惨めな状態を解放されない快楽と共に自覚させられる。地獄だった。
淫らに体を悶えさせながら奉仕するセシルに、男は愉悦を抱く。乱れた制服姿のセシルを見ていると、まるで自分自身も学生としてセシルと出会い、交わっているようだった。男は情欲のままに両手を下に移動させて、目の前の薄い腰を掴むと、より奥を突けるようにセシルの背後に回った。
「あ゛ああっ!」
セシルは思わず悲鳴を上げた。内部の角度が急に変わり、前立腺を穿つ。その反応に気を良くした男は、腰を掴む両手に力を込めたまま、がむしゃらに腰を動かし始めた。
「いや゛っ、やだぁああっ! やめっ、あっあああ゛っ、ぐ……うあぁあああ゛ああっ!」
ようやく与えられた最大の快楽に、セシルの心は悲鳴を上げ、肉体は歓喜する。自分が塗り潰されていくかのような快楽に、セシルは絶叫することしか出来なかった。嫌だと叫んだ。やめてほしいと懇願した。助けを呼び続けた。だが、男も自身の肉体も止まらなかった。内部を肉の塊が暴く度に、過去の思い出が一つ一つ潰されていくようだった。脳裏で楽譜が散り、面影が薄れ、抱き留めていたはずの温もりが失われていく。このままでは全てが壊れるという確信がセシルを貫いた。
「愛してる゛っ愛してますからあぁあああ゛っ!」
最後の一線だけは守ろうと、セシルは愛の言葉を叫んだ。その瞬間、部屋のドアが開いた。
「セシル……さん……?」
その場に立っていたのは、春歌だった。その姿が見えた瞬間、セシルは絶句する。だが肉体の反応は抑えきれず、絶頂へと至った。呆然としている春歌の元に白濁が飛び、床を白く彩る。
「ちょうど良かったね。ほら、セシルは無事だろう?」
男は春歌に手を振ると、これ見よがしにセシルを抱き寄せた。そのままセシルの耳元に唇を寄せる。
「私のことを愛しているって彼女の前で伝えてくれたね。ありがとう」
「ちがっ、あっ、やめ゛っあ、ああぁあ゛あ゛ああっ!」
必死に否定しようとする言葉も、男が少し陰茎を扱けば、簡単に嬌声へとすり替えられる。内部が更に抉られ、セシルは体を震わせて再び絶頂を迎えていた。
「君の彼氏、本当に救いようのない変態だね」
手の中に溢れる精液の感触を感じながら男はせせら笑う。そのまま春歌に見せつけるように、深くセシルに口付けた。涙を流し、恋人が崩れ落ちるのをセシルは見ていることしか出来なかった。彼の心を支えていた全てが、絶望に塗り潰されていく。
「死んでしまいたい……」
男が口を離した瞬間、セシルは低い声で呟いた。その瞳は濁りきり、かつての美しい面影などない。全てに絶望し、光を失ったその姿に、男はこれ以上無く欲情した。ようやく、初めてセシルと心まで一つになれた気がした。その時、生きていく喜びが、男の生涯を余すところなく貫いたのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
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