たくさん愛してください

花嫁修業

 酷い夢を見た、と思いたかった。今も尚、躰に纏わりつく他人の体温と口内に残る激臭。それは昨日受けた暴行をはっきりと思い出させた。  兎に角口を濯ぎたいとセシルは願った。そんなことをした所で根本的には何の解決にもならないことは分かっていたが、それでもこのままでいるよりは余程良かった。  隣の男はまだ眠っているらしく、一定の呼吸が顔に当たっている。まだ怠さの残る躰をそっと動かした瞬間、より強い力で抱き寄せられた。身を固くするセシルに男はためらいもなしに深く口づけた。 「ぶぐうっ!? むっぐ……うおぇ!」 「おえっとはまたご挨拶だね」  男は不満げに眉を寄せたが、もう一度セシルを抱きしめた。その存在を確かめるように二本の腕が躰を這っていく。肌を通じて伝わる鼓動が、全身の膚が粟立つほどに嫌悪感を伴って感じられた。 「本当に夢じゃないんだね……セシル君は本当に此処にいるんだ……おはよう。君とおはようのチューするのずっと夢だったんだよ」  口に多量に残る尿独特の味さえも気にせず恍惚としている男に対して、セシルの表情は暗い。男の話を無視して、セシルは逃げ出そうと躰に力を込めている。それでも僅かに身じろぎする程度で精一杯だった。忌まわしい力は未だに躰を拘束し続けている。どうやら男に反抗できないことは変わらないらしかった。 「こうしていると本当に新婚さんになったみたいだよね。セシル君」 「……ワタシはアナタのものではない」  セシルは掠れた声で呟くと男から視線を逸らした。セシルの意志を無視し、男の勝手な理屈を振りかざされるだけで吐き気が込み上げる。男はそんなセシルの様子に噴き出すと愛しげに頭を撫でた。指通りの良い髪が男の太い指に纏わりつく。  本当の恋人同士であれば親愛の情を交わす為の行為だが、セシルにとっては男との上下関係を教え込まれる屈辱的な行為に過ぎない。それでも所詮今のセシルは男のされるがままだった。 「もう君は僕のものなんだよ。馬鹿な子には分かるまで何度でも何度でも教えてあげるから」  腕により力が籠められ、男とセシルの額が触れ合う。花嫁修行の続きしよう、と目の前の悪魔が囁いた。 「前にもちょっと言ったけど、僕は結婚したら相手に家庭に入ってもらいたいんだ。だから家事はある程度出来るようになってね」  男が身を起こすと昨夜の行為でどろどろになった布団が露わになる。あらゆる体液を擦ったそれは元の色を判別することが困難なほどに酷く汚れていた。 「だからまずはこの布団洗濯して」 「洗濯……?」  セシルは拍子抜けしたように目を瞬いていた。やり方くらいは知っている。カバーを外して洗濯機に洗剤と入れてスイッチを押せばいい。今まで呑まされてきた滅茶苦茶な要求に比べれば随分と優しい方だ。下手に抵抗して昨日のような目にあうことだけは避けたかった。嫌々ながらもカバーへ手を掛けると男が笑顔で声を掛けてきた。 「違うよね? セシル君やり方分かってる?」  男が手を打つとセシルの躰は即座に四つん這いの体勢になる。 「なっ……!? まさか、ぶぐう゛っ!」  そのままセシルは布団に顔を埋めると口に含み、染みこんだ汚液を吸い上げ始めた。男と自分の体温で中途半端に温められている其れは、ただ流し込まれた時よりもはっきりとあらゆる苦味を伝える。固まっていた精液が次第に粘度を取り戻していくのを味合されるだけで眩暈がするようだった。絞るように布団を噛み、汚れを薄めるように自らの唾液を吐き出して舌で伸ばす。染み出る液体の感触が舌だけでなく全身をも蝕んでいった。喉を鳴らして汚濁を飲み込む度に精神が音を立てて軋む。  自分自身を穢していく屈辱。そして昨夜の男の言葉がセシルの脳裏に何度も蘇る。もう二度と――と考える度に気が狂いそうだった。男に言われるまでもない。受け入れさせられている汚辱は彼の身も心も容赦なく穢していた。思わず歪みつつある視界を、セシルは布団に顔を深く埋めることで消し去ろうと試みる。こんな卑劣な手段で傷ついてしまっていることも、それを男に知られることも全てが嫌だった。 「随分綺麗になったね。偉いよ、セシル君」  相当な時間をかけてセシルが舐めていた布団に男は愛しげに頬ずりした。男の頬にセシルの唾液が糸を引いて付いているのが見える。その光景だけで胃が痛むのをセシルは感じた。 「じゃあついでにこれも洗濯よろしくね」  そして男は追い打ちをかけるように、床へ放り捨てられていた自分の下着を拾い上げた。恐らく何日も洗濯してないであろう其れは鼻が曲がるほどの悪臭を垂れ流している。それだけでなく、男が昨日散々染みつけた先走りと精液で固まっていた。 「ヒィッ! 嫌っ、そんなの嫌です!」  漸く責め苦が終わったと無意識的に安堵していたセシルに、男は容赦なく喉奥にまで下着を押し込んだ。 「はい、さっきみたいによ~く噛んで洗濯してね」  唐突に喉の奥まで布に塞がれ、先ほどまでは自由に出来ていた呼吸さえ塞がれてセシルは半狂乱で首を振った。鼻から僅かに取り込まれる酸素にまで、男の精液の臭いが感じられる。思わず吐き出そうとした瞬間、男の足がセシルの口を踏みつけた。 「うごっ!? お゛あぁ、い゛あああぁ! やえ゛おっ!」  そのまま床へと倒れ伏したセシルは口を踏まれたまま躰を暴れさせたが、手も脚も拘束されていないのに男へと届くことはない。男は悠々とセシルの顔へ体重を掛け続けていた。 「セシル君はお洗濯までお口で出来て偉いねぇ。人間洗濯機って言っても過言じゃないよ。セシル君のお口は便器も洗濯機もやって忙しいね」  人の顔を、それも己の顔立ちを商品にしているアイドルの顔を踏みつけ、蹂躙する快感に男は微笑む。男を見上げるセシルの目は苦痛に濡れていた。  口内の水分を含み次第に溢れ出る精液の感触と窒息の苦しみに脳を犯される。気道を刺激しながら喉を通る汚液に咳き込むことさえ出来なかった。顔を踏みつけられて見下され、強制的に刻み込まれる一方的な被虐感にセシルの頭は正気を保つので精一杯だ。  男が飽きて足を離した時には、眠ったことで回復していた体力も殆ど削り落とされていた。 「もうへとへとみたいだけど大丈夫? 本当にセシル君は駄目だなぁ。まあいいや、家事は追々覚えていってね」  男はセシルが吐き出した下着をさも当然のように履き、そのまま服を身に着け始める。 「じゃあ昨日の続きしようか。君が可愛い奥さんになる為の練習だからね、頑張って」  狂っている。  普通の人間の外見をした男が、セシルにとって今やどんな怪物よりも恐ろしかった。男はここまで歪んだ理由はセシルと春歌のせいだと言う。だからこそ、その愛を貶めてセシルを自分だけのものにするのだと。自分達の愛はここまで責められなければならないほどに罪深かったのだろうか、とまで思いかけてセシルは首を振る。そんなことは絶対にない。想いあうことが罪だと何も知らない男に裁かれる謂れなどどこにもない筈だった。  しかし倫理も常識も歪んだ四畳半の空間で、セシルが次第に追い詰められているのは紛れもない事実だった。  男はセシルを背後から抱きしめると肌の感触を確かめるように撫でまわす。荒さを増していく男の息が首筋に掛かった。どれほどそれを不快に思おうが躰は拘束された様に重く、男のされるがままだ。 「昨日セシル君のオナニー見てて思ったんだけどさぁ、セシル君って自分じゃ乳首殆ど触らないんでしょ。だからこんな綺麗な色してるんだ」 「いっ……」 「ほら、どう?」  男の両手が乳首を摘まみ上げる。力の込められた其処には痛みだけが走る。まるで玩具を扱うかのような乱暴さに背を丸めてそれから逃れようとしても、男の手は離れることなく正確に愛撫に似た加虐を続けた。 「聞いた限りじゃ春歌ちゃんとヤる時も主導権譲らなかったみたいだし、こんな風に自分がされるなんて夢にも思わなかったでしょ、ほら」 「……こんな行いと一緒にしないでください」  耳元で囁く男の唇をセシルは冷たい目で睨む。そしてセシルは男をこれ以上増長させないように口を引き結んで黙り込んだ。僅かな痛みなどセシルにとってどうでも良かった。それよりも優越感を押し付けてくる男の態度こそ何より不快だった。 「うーん……うるさくないのは良いんだけど、少しは可愛い声が聞きたいなぁ」  ある程度弄っていた男は手を離すと立ち上がった。支えを失ったセシルは人形のようにその場に倒れ伏す。今は自分の躰を支える自由すら与えられていないという事実に、セシルは顔をしかめた。 「あったあった、高いお金払ったんだし効果あるといいな」  男はビニール製の手袋をはめると、怪しげな瓶を取り出し中のクリームを手に擦り込む。そしてそのままセシルの胸元に手を這わせた。指先に与えられた滑りは痛みを和らげていく。 「……んっ、何…を……」  そして自身の感覚が急速に変化していることにセシルは気づいていた。くすぐったいなどどいう可愛らしいものではなく、確実に性を意識させる感覚。 「お~効いてる? 感度が上がる媚薬ってやつ、本当にあるんだね」  男が指先を胸板に埋めるだけで頭の先まで痺れる様な感覚が走り抜けた。焦らすように、乳輪を円を描くように撫でられ、喉を晒して呼吸を整えようと躍起になっているセシルを見て、男は上機嫌に微笑んだ。 「こういうのって僕の力使ってもいいんだけどさぁ、もしも僕自身が居なくなっても僕はセシル君には〝残るもの〟をあげたいんだ」  とろとろと粘液状に溶けたクリームが流れる。それを男は染みこませるように完全に勃ち上がった乳首を中心に塗り広げた。たったそれだけで、暴れ出したくなるほどの快楽が襲う。 「ほら、『春歌ちゃんにやってるように触ってみなよ』」 「ふぐう゛うううぅう゛うっ!?」  勝手に動く両手が先端を摘まむとそのままくりくりと動かした。セシルは顔を赤くして必死に歯を食いしばる。頭の中にまでギリギリと歯が鳴る音が響いた。それでも、こんな最低な手段で迫る目の前の男を喜ばせたくないというその一心でセシルは激感を表に出すまいと耐えていた。  だが男からはセシルの下半身が明確に反応しているのが見えている。幾ら努力してもどれほど感じているかは一目瞭然な、男としての身体構造。寧ろそうして耐えようとするほどに滑稽さを増している皮肉をセシルは理解する力を既に失っているのだった。 「うっわセシル君って案外愛撫激しいんだね。引くわ」  清楚に見える子ほど淫乱なんだなぁ、と呟きながら男はセシルの乳首に床に落ちていた洗濯バサミを挟んだ。 「んぎゃああ゛ああぁああぁあ゛っ!」  薬で過敏になっている状態で唐突に耐えられた強すぎる刺激に、セシルは耐えきれず悲鳴を上げる。強すぎる快楽に歪んだ声は男の優越感を満たしていく。  あれほど凛々しかった青年にちっぽけな自己がここまでの変化を与え、自分色に染めたという事実はこれ以上ないほどに男を興奮させた。 「はい、もう片っぽもね」 「ダメッ! やめえ゛ええぇえ゛え゛ぇええ!」  まともな感覚であれば激痛が伴う筈のその行為にさえ、狂わされた感覚は雷に打たれたような感覚を運ぶ。反射的に腰が浮き、自然と足が開かれる。汚液塗れの布団に埋まる後頭部と爪先だけで躰を支える間抜けな体勢で、震えながら激感に耐えるセシルの顔を男は覗き込んだ。 「うわ~鼻水まで出ちゃって酷い顔。セシル君、涙目だけど大丈夫?」   既に疲労困憊で荒い息を漏らすセシルは、男の粘液塗れの手が下半身に向かっていることに気づけなかった。殆ど何も感じなかった乳頭でさえここまで乱れさせられているのだ。男としての一番の性感帯に塗り付けられればどうなるかなど、火を見るより明らかだった。 「う゛あ゛あぁあ゛あああぁあ゛ぁあああ!? やめろ゛っ! やだっ! こんなのっむい゛ぃ!」  狭い部屋に絶叫が響き、精液が飛散する。  それに追い打ちをかけるように男は皮を剥き、過敏な先端の粘膜に爪を突き立て、陰嚢を揉み、裏筋を擦り上げた。  一度絶頂に登り詰めた躰は感度が滅茶苦茶に上昇している。だからこそ今、そんなことをされれば耐えようとする意志など何の役にも立たなかった。  耐えるという意識さえ持てないまま、ただ激痛にも似た快感を逃す為に叫び、男の手を何度も白濁で穢した。暴れようにも躰は重く、男からも、自身を責め苛む感覚からも、逃げることなど出来はしない。快楽に躰を縛り付けられ、指一本動かすことも出来ないまま、真正面から絶頂の衝撃を受け止めるしかセシルには選択肢は残されていなかった。 「想像してたよりず~っと可愛い声で鳴くんだね、セシル君。こんなにあんあん喘がされるのは初めてでしょ。感じてるのが分かる素直な子はおじさん大好きだよっ!」 「い゛ぎゃあぁあ゛あぁあ! ん゛っあ、もうさわらな゛いでえ゛ぇえ! お゛っ! がぁああ、あ゛ああぁああっ!」  胸の頂を転がされ、陰茎を擦られる度に脳裏が白む。どちらか片方だけでも頭がおかしくなるほどに感じてしまうのに、同時に行われればひとたまりもない。  寧ろ同時に触れられることで感度が相互に引き上げられ、最悪の相乗効果を生み出していた。無様な制止も懇願も男の興奮を盛り立てる一助にしかならなかった。粘膜から吸収された媚薬成分は激しくなる鼓動と共に全身を巡り、今まで通っていなかった箇所にまで快楽を繋げていく。そうして何度目かも分からない絶頂にセシルは叩き上げられた。  恋人と二人で登り詰める幸福感など微塵もない、一方的に屈服させられる苦しみがセシルを何度も打ちのめした。 「あ~あ、春歌ちゃん用の子作り汁散々無駄打ちさせちゃってごめんね。まあこれからは使い道無いただの愛液になるからどうでもいいか……」  男はセシルを抱き起こすと、顔にまで飛び散っている精液を音を立てて舐める。セシルはゆるゆると首を振って逃れようとしたが、男は事も無げに上気した頬の熱さを舌先で感じていた。目線を虚空に漂わせて腕の中で荒い息を吐くセシルの姿はこれ以上ないほどに男の征服感を満たしていった。  それから始まった矯正はまさに地獄だった。一切の抵抗を塞がれたセシルは男の言う〝花嫁〟に相応しくあるように徹底的に躾けられた。僅かでも言葉を荒げれば殴られ、少しでも抵抗すればまた劇薬を塗り込まれ声が枯れるまで鳴き叫ばされた。 「う゛わぁああああ゛ぁああっ!」  まともな精神の人間ならば耳を塞ぎたくなるような絶叫が狭い部屋に響く。ぺしゃりと情けない音を立てて床に白濁が垂れ落ちた。  自身の生臭さが周囲に充満する屈辱。足を閉じられないように押さえ込まれ、開かれた恥部に男の太い指が絡みつく。溢れ出るセシルの悲鳴に殆ど気を止めることなく、男は絶頂に至ったばかりの過敏な陰茎を擦り上げ続けた。 「いい加減にい゛、うあっあっあ、あ、おおぉおお゛おっ!」  何度目かの連続絶頂に叩き上げられたセシルは叫び声を上げながら背を反らせ、少しでも快楽を逃がそうと試みる。  そんな必死の抵抗も傍から見ればそれは背後の男に体重を預け、躰を開いている無様な姿にしか見えなかったが。 「まだ旦那様に対する口の利き方がなってないね。何回教えても分かってくれなくて僕悲しいよ」  汗に塗れた首筋に舌を這わせながら男はため息を吐いた。指が止まり、解放されたセシルは乱された呼吸を何とか整えようとしていた。突然日常から切り離され、一方的な恨みを延々と投げつけられながらも、彼はまだこれ以上の醜態を晒すまいとしている。その気位の高さと意志の強さに男は目を見張った。  男は背後からセシルを抱きしめ、ねぎらうように躰を撫でる。身を清めることも許されていない膚には脂が浮き、独特の体臭を放ち始めていた。 「本当にセシル君はダメな子だなぁ。でもそんな所も可愛いね。全部僕のものなんだよ。永遠に僕だけのものだよ。大好き。愛してるんだよ」 「……訳が分からない。ワタシのことを想っているなら、もうこんなことは止めてください」 「ッ誰のせいだと思ってるんだよ! セシル君が悪いんじゃないか。僕を騙して、あんな女と勝手に幸せになって、僕のことも馬鹿にしてたんだろ。あの時も! 今も! セシル君は……セシル君だけはそんなことしないって信じてたのに………!」  男がセシルを突き飛ばすと、彼は呆気なく床へと倒れ伏した。呼吸を繋ぐ度に僅かに胸が上下する以外は痙攣すら出来ないほどに見えない力で抑え込まれた人形同然の躰。  それでもセシルの目は男への軽蔑で冷めきり、はっきりと意志を伝えていた。男が何を叫ぼうが、セシルから男に向けられているのは拒絶以外の何物でもなかった。  それは逆上した男に命じられて服従を誓わされ、床に口付けをしても変わらなかった。染みついた汚物と埃の味を如何に感じさせようと、男がセシルの心に触れることは決して出来ない。男に出来ることといえば、セシルを追い詰め引き摺り出した苦悶に己を慰めることだけだ。  それでも男は諦めることが出来ず、無意味な行為に時間を費やしていた。セシルは背後から抱きしめられて愛撫されながら、大好きだよと恋人同士のように何度も歪んだ愛を囁かれる。それでセシルが少しでも疲弊すれば最早それでいいのだ。その行い自体は虚しく、哀れで、至極単純だった。  可愛いね。誰が何と言おうが君は僕のものだからね。僕だけのセシル君、好きだよ。そんな内容を脳内に擦り込むように何度も耳元で囁かれる。だがたったそれだけでも、何時間も、何十時間も続けられると拷問と何も変わらない。閉め切られた薄暗い部屋に閉じ込められて、自由を奪われ、延々と擦り込まれる認識に意識が朦朧とする。容赦なく奪われる体力は男の言葉を拒み続けるという簡単な行為さえ行うことを困難にしていた。それを振り切る為に違うと声に出すだけでも殴られ、蹴られ、快楽で弄られる。その間さえも愛の言葉を囁かれながら。掛けられる言葉と行為の矛盾に頭がおかしくなりそうだった。セシルが幾ら男を嫌悪しようと振りほどくことも出来ずに、詰められ甚振られる。その繰り返しだ。  男はセシルを既に自分の所有物として扱い、傍に置いていた。それに抵抗し続けるセシルは常に膚に新しい傷を作っていた。劇薬を摂取し続け定着しつつある異様な感度も確実に彼の精神を削り取る。快楽も、暴力も、それらの行為全てに歪み切った情念が込められ、それと同じ位にセシルへの復讐の意が込められていた。  自身の人生を捻じ曲げた青年の人生を今度は自分が台無しにしている事実。互いに運命を歪め合っているという独りよがりな快楽を男は存分に堪能していた。  これは公平化なのだ。今まで高みに居た分だけ底辺へと堕ちる際の痛みは大きい。それだけのことだと、崩れるような悲鳴を上げるセシルを歪んだ倫理観で見ていた。  だからこそ男はセシルに休息さえも許さなかった。  男は眠りに落ちている間がセシルにとっても休息の時間となったのは最初の一日だけだった。主導権を奪われた躰は男の命令で眠りに落ちることさえ出来なくなった。  悠々と惰眠を貪る男の隣で、操られた躰は惨めな自慰に興じた。どれほど耐えようとしても一番良いやり方を知り尽くしている自身の躰は、簡単にセシルを裏切り白濁を垂れ流す。達した分だけ部屋にはカルキ臭が充満していった。そして朝目覚めた男から、絶頂に至った回数を詰られ、罰と称してセシルは躰を傷つけられるのだった。  最初は頬を叩かれる程度だった。次の日は全身を達した数だけ足蹴にされた。その次の日は部屋に転がっていたビール瓶で殴打される。次第に行為は激化していった。男に何度頭を下げさせられ、自傷行為を強制されたかセシルは覚えていない。男性として当然の生理反応を暴行への理由へと変えられる度に痛ましい悲鳴が部屋に満ちる。そのまま男から愛を囁かれ、劇薬を注がれると悲鳴は嬌声へと移り変わった。  だがその声に含まれる悲痛さは何一つ変わらず、彼を知る人が聞けばセシルがどれほど苦しんでいるかは明確に理解出来た。そして狂った感度を定着させ、人として当然の安息さえ許されないと突きつけられる長い夜が来る。躰は自らを責め苛み、再び目が眩むほどの快楽が襲う。  だがそれと同時に殴り続けられるような頭痛と吐き気が続いていく。投与され続けている薬の重い副作用だ。それでも次の日の罰が少しでも軽くなるように、激痛と快感の濁流を必死で塞き止める。地獄だった。  こんな一日が幾日も繰り返されれば、セシルに待っているのはより深刻な気力の低下だ。  この狭い部屋の外では一体何日経過しているのか、分厚いカーテンと雨戸で閉じられた窓から推察することも出来ず、セシルは組まれていた仕事について考える。  以前から準備していた舞台、撮影が進んでいたドラマ、特集が組まれる筈だった雑誌、そして近いうちに完成する筈だった新曲。それを何よりも楽しみにしていたであろう人は今、どれほど悲しんでいるのだろうか。そう考えるだけでセシルの心は深く沈んでいった。  だが、そんな物思いに囚われることも男は許さず、此方を見ろと延々喚き散らしていた。用意されていた居場所を奪われ、日に日に衰弱していくセシルを見ながら男はなけなしの自尊心を満たしていく。一人の青年が追い詰められ、心も躰も壊されていく情景。それはそのまま男がセシルという存在を力で征服していく過程だ。セシルが過労で床に倒れ伏す度に、男はその様を嗤った。  睡眠自体を禁じられた躰は目を閉じることも出来ず、視線は虚ろに彷徨っている。男はその姿を好んで写真に収めた。疲弊し悲しみ少しずつ絶望に侵食されていく表情。彼に近い人々でさえ、誰も見たことがないその顔。今切り取ったこの瞬間は、男だけが独占し、愛し、見つめている愛島セシルなのだ。  男自身の手で現像された写真は次々と壁に張られ、色あせたセシルのポスターを埋め尽くしていく。自身の過去と今に見下されながら、その中心でセシルは視線を虚空に彷徨わせていた。  そのようにして毎日続けられる行為と薬の副作用によって小さかった乳頭も確実に肥大化し、小指の先ほどの大きさにまで膨れていた。目に見える肉体の変化はそれだけでセシルの恐怖を煽った。淫猥な乳頭と肌に刻まれている大量の痣、艶やかな刺青の対比は、自らの業が作り上げた一流の作品だと男には思われた。その肉体に触れるだけで、セシルは熱い息を零す。 「あっ……あ、ああぁああっ……ん…っ……い、やだ……」 「何が嫌だよ、こんなに気持ちよさそうにしてるのにさ。しかしセシル君って乳首随分大きくなったけど、これで君の国の法衣でも着たらもうただの変態だよね。見てる人もドン引きだよ」  男が胸ごと持ち上げんばかりの強さで乳頭を摘まみ上げると、セシルの瞳孔が恐怖で引き締まった。 「ひいっ!? うるさ……いっ、そんなっの、アナタには……関係ない……!」 「それもそうだね。セシル君は何もかも辞めて僕だけのセシル君になるんだから」 「そういう意味では……!?」  ここまで追い詰められて、尚も反論しようとするセシルを男は鼻で笑うと、彼の肩を抱いた。まるで恋人に対するような仕草に、セシルは嫌悪を隠そうとはしない。この男からの僅かな身体接触さえ不快そのものだった。 「じゃあそろそろ本格的に僕の〝女〟にしてあげるね」  セシルの躰が再び男の都合の良いように動いていく。間抜けな蟹股は夜間の自慰でも散々取らされた姿勢だった。この屈辱的な体勢を取ることに慣れつつある現状に、セシルは思わず首を振る。この異常性に鈍くなっていく精神を必死に叱咤した。男と同じように下品に、そして男が望む通りの淫乱に自身が堕ちていくことなど決して許せなかった。ましてやあの男の女扱いされることなど言うまでもない。状況も、言葉も、態度も何もかもがセシルの神経を逆撫でしていた。  だが男はそんなセシルに気を留めることなく、床にペット用のシーツを敷き、その上にバケツを置いていた。 「まずは本番の前に準備をしなきゃね。セシル君は男同士でエッチなことする時の準備って知ってるかな?」 「……知りたくもありません」 「分からないんだ。そりゃ彼女持ちの男の子にとっちゃ使い道ない知識だもんね。じゃあセシル君はこれから実戦でお勉強出来るんだ、良かったねぇ」  男は注射器にも似た容器を取り出すと、多量の液体を其処に詰め込んだ。それだけで過去に受けたあらゆる仕打ちが連想され、セシルの表情に恐怖が滲んでいく。 「じゃあセシル君、覚悟はいい?」  セシルがその言葉を理解する前に、男は浣腸器をセシルの後孔に押し込んだ。そんなことを聞いたのはあくまで男の興奮を引き立てる為で、セシルの覚悟など男にとってはどうでもいい。ずっと触れられなかった、そもそも他人に触れられることを意識したことも無かっただろう箇所に加えられた責めにセシルは思わず呻き声を漏らす。 「う゛っ……あ゛……何を゛っ!?」  挿入だけでも苦痛であったのに男は追い打ちをかけるように浣腸液を流し込んだ。浣腸器が引き抜かれる異物感に背筋を撫で上げられるような不快感が走る。それが過ぎれば下腹部にずっしりとした重みが残った。今にも決壊しそうな感覚に、今度は何の自由を奪われたのかセシルは理解させられていた。 「何をも何もセシル君だって分かったでしょ。まずはお腹の中の汚いモノをそこに出してすっきりしようね」  男が指さす先には置かれたバケツが鎮座している。男はセシルに此処で汚らしく排泄しろと暗に命じていた。  だがそんなことはどんな人間でも受け入れられる要求ではない。尋常ではない拒否感、怒り、嫌悪がセシルの内心で渦を巻いていた。それでもセシルが今動けばどうなるか、結果は分かり切っている。無様な結果だけはどうしても避けたかった。特にこの男の前では。  セシルは歯を食いしばると、ぐるぐると音を立てる下腹の苦しみに耐え始めた。その顔からは見る間に血の気が引いていく。男は満足げにセシルへ頬ずりすると、彼が耐えられる限界を超えないように膚を撫で始める。脂汗で濡れて妖しく光る躰はそれだけで男の劣情を煽った。軽く下腹を撫でられるだけで切羽詰まった呻き声が上がり、息を吹きかけられただけで唸るような声で悲鳴が上がる。 「まだ音を上げないの? 我慢は躰に良くないよ」  宥めるような男の声色も不快だった。男はセシルが平伏し無様な懇願を始めるとでも考えているらしかった。もし自分がそんな態度を取ればどれほど男が狂喜するかは明白だ。だからこそそんな反応をして男を喜ばせることだけは避けたかった。排泄の欲求を他人に握り込まれいつか必ず訪れる決壊まで耐え続けるか、男にみっともなく屈し人間らしい場所で排泄させてもらう可能性にかけるか。どちらの道を選んだとしても何らかの尊厳が喪われるのであれば、せめて男に抵抗し続けることをセシルは選んだ。  男は暫くセシルを罵倒し何とか懇願を引き出そうとしていたが、呻き声以外の反応を示さないことに飽きてきたらしい。深くため息を吐くとセシルに正面から向き直った。 「分かった! 熱意に負けたよ。これからセシル君に浣腸液三本入れるから、耐えきれたらトイレで人間らしく出させてあげるよ」 「嫌です」 「……は?」 「どうせ何か邪魔をしてワタシに恥をかかせる気でしょう。そんなの此方からお断りです」  呼吸するだけで下腹部が圧迫され、開かされている脚が震える。そんな状況の中で男を見据えるセシルの目は取り乱した色を見せることはなく、冷静に事実を淡々と述べる者の其れだった。わざわざ不利な取引に乗って男を楽しませてやるほどセシルは愚かではない。事実、男はセシルに耐えさせる気は毛頭なかった。だが、それを正面から言及されることは不愉快でしかない。 「僕って信用ないんだなぁ。誓ってそんなことしないよ。ただ入れること以外は何もしない」  その言葉を聞いた瞬間、セシルに浮かんだ表情は失笑に限りなく似ていた。  誓い――この何もかも歪み切っている男は一体何に誓っているのだろうか、とセシルはふと考えたのだが、その笑みは惨めだった男の半生に幾度も降りかかった嘲笑を思い起こさせた。 「また……またそんな目で僕を見たな……! 僕のことを舐め腐ってバカにしやがって! 結局お前だってアイドルって幻覚で僕を騙して破滅するのを楽しんでたんだろ!」  男の激昂はそのままセシルに対する破壊衝動へと繋がっていく。男は浣腸器を取り出すとそのままセシルの後孔へと差し込んだ。内容物が注入されるにつれてただでさえ苦しかった圧迫感が更に増した。喉元にまで迫る胃液をセシルは必死で飲み込んだ。呼吸が乱れ、光彩が限界まで閉まる。その様を見て漸く男は僅かに溜飲を下げた。 「苦しそうだね……折角チャンスをあげたのにセシル君が嫌だって言うからこうなったんだよ? そんなにお漏らししたいならお手伝いするね」 「は……ぁ! ……がっ」  容赦なく流し込まれた二本目の液体で、セシルの均整のとれた躰のラインが崩れた。腹部は既に外から見ても分かるほどに丸く膨らみ、尋常ではない内容量を伝えている。ここまでされてまだ決壊を迎えていないのはただの意地だった。耐えれば耐えるほどに苦しみの時間は延びることなどセシルにも分かっている。それでも男が悦ぶであろう姿を晒すまでの時間を少しでも先延ばしにしたかった。 「こんなに膨れて……もしかして妊娠かな? いつかこんな光景が見れると思うとなんだか照れくさいね。今の大きさだと三ヶ月目くらい?」  それでも男のふざけた感想に気を留める余裕がないほどの苦痛が波のように絶え間なくセシルを襲っていた。最初と比べて何倍にも膨れ上がっている内部の重みを括約筋だけで支える辛さは拷問以外の何物でもない。呼吸するだけでも感じられる圧迫される痛みと苦しみ、その様子を見て男は止めをさすべく三本目の容器を取り出した。 「やめ、ろ゛……!」 「誰が同じ容量三本入れるって言ったよ。セシル君のそういう所、案外可愛いよね」  先ほどまで注入していた物の二倍近い大きさの浣腸器を男は無理矢理押し込んだ。結局取引が成立していてもこれで反故にされる仕組みだったのだ。だがそんなことが分かった所で、受け入れさせられる苦痛が変わる訳では決してない。直腸を超えて大腸、小腸にまで液体が入り込む感覚だけで、胃液と唾液が入り混じった体液が押し出されるように口から零れる。  まるで体内の臓器が逆流しているような感じたことのない不快感。限界を超えて無理矢理液体が押し込まれる度に下から腹部を拳で殴られるような感覚が貫いた。耐えられる筈もない。浣腸器が抜かれた途端、堰を切るように内容物が溢れ出す。汚らしい音を立ててバケツが叩かれ、シートの色が変わっていく。永遠のような十数秒が終わった時同時に躰を拘束していた力も解け、セシルは膝から崩れ堕ちた。 「アイドルはトイレいかないって言うけど所詮は嘘なんだなぁ。凛々しい顔してくっさいの溜め込んでたねぇ」  わざとらしく鼻を摘まみながら男が片づけを始めるのをセシルは半ば茫然として眺めていた。苦痛からの解放感と屈辱感の入り混じった奇妙な感覚が脳裏を過る。  こうなることをセシルは覚悟していたが、それでもその全身からは血の気が失せていることをどうにも出来ぬまま自覚していた。その反応に男は僅かばかりの愉悦を得たが、それでも到底満足出来なかった。セシルは男の策に乗らず、最後まで抵抗し続けていた。その後噴き出す液体の色が変わらなくなるまで卑猥な水芸を強制しても、それは変わらなかった。生理反応を利用され苦しげな様子を見せても、時折見せる突き放すような眼差しを男は消し去ることは出来なかったのだ。  だからこそより深く、生涯忘れられないほどにセシルを傷つける為、男は次の道具を取り出した。所詮今迄の行為は準備に過ぎなかったのだから。  男が手にローションを音を立てて垂らすと、セシルの肩が微かに震えた。相手の尊厳と性を最も穢す行為への恐怖。それをひび割れた平静から垣間見た男は、態とらしくセシルの腰に手を滑らせた。 「何怖がってるの? セシル君は花嫁さんなんだから抱かれる側に決まってんじゃん」  君は僕のものだよ。耳元で男がそう囁いた瞬間、セシルの全身に悪寒が走った。逃げ出そうとする気配を察したのか男はセシルを押し倒し、後孔にローション塗れの指を挿入した。 「離して! そんなことしたくない!」 血相を変えて暴れるセシルを押さえ込み、頬に口づけまでしながら男は悠々と指を動かす。汚らしい水音が響く中で次第に固い肉が裂け、他人が自分の中へ入り込む苦痛に濡れた声が漏れる。 「セシル君のナカあったかいね……」  長年夢見ていた感触に男は思わず感嘆の声を上げる。セシルの反応からも、肉の感触からも、これから迎えようとする行為がセシルにとって初めてなのは明白だ。セシルにとっての初めてを知る人間に自分自身が成るという興奮に男の呼吸は乱れていく。 「ほら、自分の味分かる?」  男は指を引き抜くと、セシルの口へそのまま押し込んだ。ローションと浣腸液の残滓の臭いが入り混じり、鼻腔を満たす。舌を引かれ、付着している液体の苦みをセシルは容赦なく教え込まれていた。口蓋を引掻かれるだけでも、呼吸が制限され吐き気が込み上げる。 「おえ゛っ! あ゛あぁ、やあ゛っえ! む゛ぐううっ!」  そのまま全て入りそうな勢いで男は手を押し込み続けた。それと同時に、空いた手を後孔に伸ばす。慣らし始めたばかりでまだロクに拡がっていない箇所へと再び加えられる圧迫感にセシルは目を見開いて絶叫した。  生み出される苦痛に全身を支配され、セシルはくぐもった声で喚くことしか出来なかった。後孔を広げられ音を立てて指を動かされたと思えば、喉頭を弄るように触れられ、溢れる胃液を擦り込まれる。上下から刺激され、幾ら抑えても構わず胃の内容物が逆流していく。 「う゛おえぇええ゛っ、げっ……ごほっ、あ゛……お゛おおぉお゛!」 「……汚いな」  与えられ続けたストレスと直接的な刺激に誘導されて吐き出された物は、出口を塞いでいた男の手をも汚した。勢いを殺された吐瀉物は気道まで逆流したらしく、セシルは鼻腔からも胃液を流しながら激しく咳き込んでいる。  漸く男の手が離されると、セシルは床に突っ伏した。未だ体内に残っている汚物がボタボタと垂れ落ちる。 「何吐いてるの? 僕とするのそんなに嫌?」 「……ぅ…あ……」  男がセシルの髪を掴み上げると、憔悴しきった表情が露わになる。積み重なった疲労のあまり男の問いに答える体力もないらしかった。  ここまで追い詰めているのにセシルの心から締め出されている。そんな現状に男は更に苛立ちを募らせた。このように完全に拒まれてしまっては意味が無い。男はもっと目の前の自分に心を支配されてほしかった。そして跡形も無くなるまで傷つけ、本当の意味でセシルを自分だけのものにしたかったのだ。  だからこそ心の動きを鈍らせ、苦痛に耐えようとするセシルの反応は到底許せるものではない。そんな本能的な防御反応さえ、男は叩き潰そうとしていた。 「いつまでも嫌がられてもこっちも嫌だし。お薬使おうか」  男は注射器を取り出すと何の躊躇いもなく腸壁に差し込んだ。針の冷たさが熱い内壁を抉る。薬液が押し出される度にセシルの躰は弾けるように震えた。  体内に注入された異物がまともな物の筈がなかった。虚ろだったセシルの目の焦点が戻り、光彩が限界まで締まる。霧がかかっていたような意識が一気に醒めていった。注射針を引き抜いた男が再び後孔へ指を押し込むとセシルの様子が明らかに変化した。 「う゛ぁっ……あ、あああぁっあ゛!」  どれほど力を入れても空を掴むような感覚。掻き分けられる肉の圧迫感にセシルは声を上げた。体力を絞り出し無理にでも声を上げなくては発散できない衝動。苦痛が滲むその声に男は興奮し、更に指を増やした。未知の感覚に変わらない苦しみ、無理矢理増やされる指先の感覚に脳内が掻き回される。 「い゛やあぁ! もう抜けっ、抜いて、え゛! んんっ、あ゛あっひぐっう゛!」 「……いいよ。抜いてあげるね」  指を引き抜くと、赤い腸壁が僅かに見えた。その色彩に生唾を飲み込むと、男は最早痛いほど身をもたげている陰茎にコンドームを装着していた。  その様子を見たセシルの表情からは一気に血の気が引いていく。今まで経験してきた性行為とは逆転した課されている役割にも、その相手との合意が一切無いことにも、挿入されようとしている部位の大きさも全てが恐怖の対象だった。 「何故……何故アナタはこんな酷いことをワタシにするのですか?」 「その理由をセシル君が分かってくれないからだよ」  そう言うと男はセシルを押さえ込み、後孔へと陰茎を打ち込んだ。セシルは男の眼前に喉を晒して苦痛に悶える。  数分慣らしただけで行われる挿入など無謀に等しかった。感度が上がっていても関係のない切り裂かれる痛みが襲う。いきなり咥えこむには男の陰茎はあまりに太過ぎた。 「……ぁ、い゛ぎっ! 抜いぃ……っ!」  ただ挿れられているだけだというのに、指と陰茎では全く違う屈辱と恐怖が沸き上がる。それを受け止めさせられるだけでセシルは手一杯だった。男は肉を引き裂き、腰を奥へ進める度に、切羽詰まった呻き声を上げるセシルの反応を楽しんでいた。信じられないほど熱い感触が男を包み込んでいる。ずっと夢見ていた行為の実現に今にも暴発しそうな男のそれとは違い、セシルの陰茎は萎えていた。それすらまるで相手を雌にしてやったように思え、男の歪んだ興奮は更に掻き立てられていく。 「女の子にされた気分はどう?」 「さいあ、くです……!」  絞り出されるようにして返された気丈な返答に、男は耐えきれず噴き出した。汚らしい嗤い声は結合部からセシルの内部にまで響く。そのまま男は自分の欲望のままに腰を動かし始めた。無理な挿入で切れた傷口からは血の臭いが漂う。押し込まれた亀頭が直腸を歪め、呼吸さえままならないほどの圧迫感を与えていく。誰にも荒らされたことのない肉壁は男の物を強く締め付けた。相手への気遣いなどなく、肉が拡張され抉られていく。限界まで引き抜かれ、杭を打ち込むように挿入される度、串刺しにされるような激痛がセシルを襲った。 「あ゛あぁあああ゛ああぁ! やめろ゛! う゛ぁあっ、ぎゃあああ゛あぁ! ひぐっ、んぎぃい゛いいいぃ! いだぁ、いたいっ! 嫌ぁあ゛ああ゛あああぁ!」  暴れようと試みても男に両腕を押さえ込まれ、躰に圧し掛かられると身をよじることさえ許されない。直腸への激痛と体内を掻き回される不快感をセシルはひたすらに受け止めさせられた。耳を覆いたくなるような痛苦に満ちた悲鳴だけが彼に許された逃げ道だった。最早耐えるなどという意識さえ持てない。棍棒で内臓全体を殴打されている感覚が延々と続き、正気を保っていられる人間などいる訳がない。上げられる悲鳴は押し付けられる苦しみを、少しでも吐き出し軽減しようとする手段に過ぎなかった。だがその叫び声を聞くだけで男の興奮は更に高まっていく。それだけで極まりそうなほどの快感だった。  誰かに奪われるどころか、意識さえもされていなかったであろうセシルの初めてに今自分が成り、人生経験を共有しているという歓喜。そしてそれはセシルにとってこれ以上ないほどの苦痛であるという事実。  完璧だった。人の心を弄び幸福を貪っていた相手にこれ以上ないほど相応しい罰だと男は確信していた。 「苦しい……? 苦しいよね。痛くて、怖いよね。でも全部セシル君が悪いんだよ。セシル君が今までいろんな人を騙してたから。分かる? みんなを代表して僕が君を罰してあげてるんだよ」 「分からない! そんなの、分かりたくもないです!」  与えられ続けた理不尽にセシルも我慢の限界だった。吐き出していた絶叫はそのまま男への拒絶の言葉へと移り変わる。男は此方への嫌悪を隠そうともしないセシルの頬を優しく撫でた。 「ほら、結局は僕みたいな奴等の気持ちなんて君は分かろうともしないんだよね。ずるい子だ。本当に酷い子だよ。だからこれから一生僕だけが罰して愛してあげるからね。こんなに憎いのに……大好きだよ………」  噛んで含めるように囁かれる告白にセシルの全身が総毛立つ。執着に等しい愛憎の念に対して、気色悪さしか感じられなかった。そうやって性を穢されたことへの絶望と恐怖がセシルの心を苛んでいた。  男もそれを理解しているからこそ、この手段を選んだのだ。既に誰かが彼の心を占めていたとしても、こうして自分を刻み込み、強引に此方を向かせるだけで男は幸せだった。それがセシルにとってこれ以上ない苦痛を伴う行為であるほど、男の身勝手な復讐は果たされる。  告白と両立される性的な責めという手段は男から幾度も受けさせられたが、交わりながら愛を囁かれている今がセシルには最も辛かった。幸せだった記憶を踏み躙り、性行為そのものへトラウマを刻み付けるには十分だった。  男が腰を打ち付ける度に、脳天まで届く衝撃と共に過去の記憶が思い起こされていく。二人で幾度も抱き合い、好きだと伝え合うだけでも心から幸せだった。愛する人と膚を合わせていく過程を辿り、より深く一つになる行為への喜び。過去にそれを感じたことでこれほどの罰を受けるならば、こんな地獄に選ばれたのが自分で良かった――。そんな考えが過った瞬間、混濁する意識の中で汚らしい水音が内部に響く。男は射精に至ったらしかった。  陰茎が引き抜かれ、部屋には血の臭いが漂う。切り開かれた孔は羞恥などなくあけすけに中を見せていた。セシルは呻き声を発することも出来ず、ただ荒い息を吐き横たわっている。尊厳も誇りも過去も全てを穢され、塵のように打ち捨てられている姿。男はそれを半ば信じられない思いで見ていた。自分が愛島セシルの全てを奪った。  男が人生で初めて報われたとも言える瞬間だった。 「……セシル君」  男はゴムを結ぶとセシルの眼前に突き出した。腸液や剥がれ落ちた皮、血と内容物で粘ついている其れをセシルは無感動に眺めていた。 「ほら、溜まってるの分かる? 僕がセシル君を想って溜めてたザーメンだよ。結婚したらお腹いっぱいになるまで出して孕ませてあげるからね……だから今は」 「んぐっ!? がっ、え……ごほっ!」  そして男はそのままセシルの口へと使用済みのゴムを押し込んだ。途端に吐き出そうとした口元を男の手が塞ぐ。 「よく噛んで。そして僕とセシル君の味をしっかり覚えるんだよ」  無理矢理顎を押さえ込まれ、破けたゴムから口内に精液が溢れ出る。喉の奥まで後を引く苦味に、自らの血の味が混ざる。腸液の臭いと噎せ返るような青臭さに呆けていたセシルの意識は一気に現実へと引き戻された。滓が残るほど濃厚な液体が食道を滑っていく。必死に下を向いて吐き出そうとするセシルを、男は強引に上を向かせた。男が力を使わなくとも容易に抑え込めるほど、セシルは衰弱しきっていた。喉が動き飲み込んだのを確認して漸く拘束は解かれる。床へとゴムを吐き出し、セシルは激しく咳き込んだ。せり上げる胃液が喉を焼いていく。再び胃の中身が戻ろうとした瞬間、男は髪を掴み上げるとセシルの口へ陰茎を押し込んだ。 「これがお掃除だよ。春歌ちゃんにもたまにさせてたみたいだから分かるよね? 結婚までちゃんとゴム付けるからさ、せめてお掃除くらいは出来るようになるんだよ」  髪を何度も強く引かれ、その度に喉奥に先走りが散る。男を拒もうとする生体的な反射は陰茎を締め付け、より興奮を加速させる結果にしかならなかった。歯を立てようとしても躰は命令に従わず、口蓋に叩きつけられる精液を音を立てて飲み干すことしかセシルには許されていなかった。生理的な涙が零れ、視界が歪む。躰を性具同然に貶められる苦しみは何度繰り返されても馴れることなど出来なかった。  だが、せめて受けることが苦痛だけならばまだ良かったかもしれない。男が再び陰茎を挿入した時、与えられた激痛にセシルは悲鳴を上げた。目の前の男に屈服させられ、自分自身を穢される苦しみに喘ぐだけでも精一杯だった。しかし男はそのままセシルの萎えている陰茎へと手を伸ばした。 「ひ、ぃっ……!」  全く変わらない激痛と同時に、過敏になった粘膜へ駆け巡る快感が脳を殴る。情けない声を出しているという自覚さえすぐに吹き飛んだ。最初に注射された薬の効果をセシルは嫌と言うほど実感させられた。 「やめてっ! もう触らないで! どこにも触らないでっ、あっあ゛あ゛あぁあああ! い、やっもう……や゛……!」  過剰なまでに鋭利な感覚は苦痛も快楽も逃さない。男に背後から抱えられ内臓を殴打される痛みで絶叫し、開発された乳頭に爪を立てられ甘い痺れに鳴かされる。  こんな異常な状況下で確かに反応を見せ始めている自らの躰はセシルにとって恐怖の対象でしかない。傍から見れば、今のセシルこそ男に犯され喜んでいるかのように喘いでいる異常者だった。溢れる先走りの水音が耳障りで仕方ない。男は先走りを擦り込むようにセシルの亀頭を撫で回した。そのまま上下に扱かれると耐えきれず声が漏れる。犯されて苦しい筈なのに、口からはまるでそれを喜んでいるような喘ぎを垂れ流していた。その卑しさ、無様さにセシルは自らの耳を塞いだ。 「初めてなのに感じちゃってるんだ。やっぱりセシル君は卑しい売女だったんだね。……まあアイドルなんてそんな職業か」 「ちがっぁ、あぁああぁああ!」  男の勝手な言い分に反論しようとする言葉は、嬌声としてその形をなくしていく。苦痛と快楽という相反する刺激を同時に流し込まれる異常さ。それを可能にする麻薬を男は更に注入した。その途端、割れるような悲鳴が響き渡る。切り裂かれて嬌声を漏らし、性感帯を暴かれて絶叫する。  その様が悲惨であればあるほど、部屋に散らばる避妊具の数は増えていった。既に一線を超えた男に最早怖いものなどない。それから何日もかけて、何度も躰を強引に暴く度に男は心から救われていた。それとは対照的にセシルは輪をかけて衰弱していく。抱くという行為がどれほど相手を貶め傷付けるのか、その好例を男は目の当たりにしていた。それをより悲惨にする劇薬は注射、散布、経口とあらゆる方法で注ぎ込まれる。  過敏な粘膜へと原液を直接注ぎ込まれ、声が枯れるまで鳴かされたことも一度や二度ではない。ただでさえ滅茶苦茶になっている感度は飛躍的に狂っていった。行為を重ねるうちに痛みと快楽の比率が逆転し始めていることにセシルは薄々気づいていた。異常な日々に順応していく躰。男の前戯で陰茎が先走りを垂れ流すだけで、セシルは目に見えて震えていた。男の言う花嫁へと作り替えられ、以前の自分がかき消されていく。それに対する恐怖はセシルを容赦なく追い詰めた。そんなことを微塵も望んでいない心とは異なり、躰は与えられる陵辱に歓喜していることが傍目にも明らかだった。 「う゛ぁっ!? なっ……あっ、あ、やだっ! ひぎぃ……あ゛ぁああ゛あぁあ!」  用意していた避妊具も底を付きかけたある日、男の陰茎が下腹を突いた瞬間、セシルの様子は目に見えて変化した。その様を見て男は笑う。セシルを襲う未知の感覚が何か、男はセシル以上に理解していた。 「……やっと見つけたよ! セシル君はここが気持ちいい所なんだね」 「やだっ、やめて! 今は何もしない、でっ!」  正確に一点を押されると、間接的に前立腺が刺激される。たったそれだけで痺れるような甘い反応を返している感覚に振り回され、セシルは半狂乱で叫んだ。信じられないと言いたげな顔に男は愛しげに口づけた。 「もうイきそうなんだよねセシル君、分かるか? ちんぽじゃなくてもイけるようにしてあげたのは僕なんだよ! 春歌ちゃんじゃない! 僕! しっかり感じろ僕がお前の一部に成った証拠を見せろ! ほらイけ!」  男の狂気に満ちた快哉が部屋中に響き渡る。下された宣言はセシルにとって絶望でしかなかった。男が自分の一部に組み込まれるという言葉だけで全身の膚が泡立つ。恐怖のあまり最早恥も外聞もなくセシルは下腹部に手を伸ばした。当然それを許す男ではない。 『逃げるな!』  男の絶叫と同時にセシルの両手が床に叩きつけられる。四つん這いの姿勢を強制され、襲い掛かる衝撃だけが全身を揺さぶった。 「やめでっ、それ以上いや、嫌ですっ! それだけはいやあぁぁあ゛あああ! アナタを一部にした覚えはない! せめて触ってえ゛ぇ! あ゛っあっあ゛おおぉ!」  必死の懇願は当然のように無視された。脳裏が白み、情けない音を立てて白濁液が床に垂れる。そのままセシルは崩れるように床に付し、絶頂の余韻を味合された。全身を包む甘い感覚は堕落した躰の証明だった。 「……あ……はっ………い゛ぎゃぁ! んぁっ、ひっああ゛っ! やぁああ゛! 待ってくださっ、いま動かないでぇええっ!」 「ダメだよ、こういうのは感じてるうちにしっかり覚えてもらわないと。……良い様だね。ねぇ。君は本当に可愛いよ、セシル君」  絶頂に至ったばかりの過敏な粘膜を唐突に突かれ、抑える余裕も無い嬌声が響く。その淫猥さに何より衝撃を受けているのは当のセシル自身だった。今まで苦痛を与えるだけだった箇所が性感帯へと合意なく変質させられる恐怖。  男を受け入れるように変貌している躰とそれを悦んでいるかのように嬌声を垂れ流す自身をセシルは何よりも軽蔑した。そして男はその感情を敏感に察知し、セシルを自分へと引き寄せた歓喜と興奮でより激しく腰を打ち付けた。 「いつでも後ろで感じられる淫乱にするからね。もう君は本当に僕のものだよ」 「嫌ぁあ゛あ! やめて、何もしないで! アナタの、ものではあ゛ああぁあ! ぎひっ、い゛いいぃいい゛いい!」  半狂乱になって否定しようとする声は強引に嬌声へと上書きされる。普段の絶頂とは全く違う、長く、呆けるような感覚に耐える方法さえ分からずに翻弄されていった。セシルの背は限界まで反らされ、足の指が曲がる。  快感と絶望が入り混じった声は閉め切られた部屋に無様に響いた。
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