そして光は灯された

その光を灯すのは

『とても心配です』 『小さな手がかりでもいいから見つかってほしい』 『なんで、なんでセシル君が私の前からいなくなるの』  テレビではSNSに投稿されたファンの声が読み上げられている。愛島さんが行方不明になってから一ヶ月が経とうとしています、と神妙な顔したアナウンサーが言った。キャスターをつとめているセシルの同期は、『愛島さんのことを誰もが心配しています。早く見つかって欲しいです』と面白みのないコメントをしていた。  夕方のニュースでセシルの行方不明事件が大きく取り上げられていた。普通ならもう忘れ去れていてもおかしくない時期だが、セシルほどのアイドルになると話が違うらしい。俺はゲラゲラ笑いながら不安そうな顔を作っている連中を見ていた。まるでバラエティでも見ているようで愉快だった。  だが、画面を見つめるセシルの顔に血の気はない。自分の不在に対する反応を見て、不安が膨らんでいるのが手に取るように分かった。  その日の夜は特に優しく抱いてやった。粗雑に抱いても感じ始めている躰に、そんなことをされたらひとたまりもない。 「お゛あっ♡ あ゛あああぁあ゛……っうあ゛ああぁあ゛っ!」  奥を強く抉ってやると、弄ってもいない陰茎からセシルは精液を吐き出した。とうとうここまで堕ちたのかと思うと笑いがこみ上げて止まらなかった。その衝動のままに嗤いながら腰を動かし続けると、イッたばかりの内部を擦られたせいかセシルは悲鳴をあげて悶えていた。快楽を精一杯受け止めながら、セシルの表情は恐怖に歪んでいく。 「すっかり淫乱になっちまってさ、もうアイドルより違う道を考えた方がいいんじゃないのか」 「違っ、ああ゛あぁあ゛っ♡ うごか、なっ! う゛っ……あ゛あああぁあ゛ああぁ! やだっ、やだっ!」 「ハハッ。こんな奴の歌なんか誰も聞く訳ねえだろ。ライブも中止にしてやるよ」  変わり果てた自分の躰と重すぎる絶頂が余程堪えたらしく、セシルは顔を覆ったまま首を振るばかりだった。俺はそんな反応にこれ以上ないほどの優越感を感じながら内部に射精した。陰茎を引き抜く感触でさえ、セシルは躰を震わせて感じていた。 「もう充分でしょう……。解放してください」  濁った目で俺を見ながら、セシルは低い声で呟いた。俺は答える代わりに、あいつをベッドから突き落とした。大した抵抗もなく床に落ちたセシルはうつ伏せのまま、起き上がろうともがく。その頭を俺は素足で踏みつけた。 「お前、いつまで俺と対等だと勘違いしてんだ? 目上の人間にお願いするなら態度があるだろうが」 「っ申し訳ありませんでした。お願いですから、ワタシを解放してください。これ以上は、もう…………」  耐えられない、と言外に滲ませるセシルを見ながら、俺は思案するふりをした。足に力を込めて踏みつける度に、セシルは小さく呻いていた。約束した期間もそろそろ終わりだ。セシルが言い出さなくても、結果は同じだっただろう。 「分かった」 「本当ですか!?」 「ああ、あと一回俺に付き合ってくれたら解放してやるよ」  そう告げるとセシルは暫く呆然とした後、静かに涙を零していた。余程安心したらしい。俺は用意していたものをセシルに投げつけた。 「これは……」 「事務所の倉庫から取ってきた。早く着ろ」  セシルの手に握られているのは、次のライブであいつが着るはずのステージ衣装だった。あいつは少しだけ逡巡した様子だったが、顔を上げると衣装に袖を通し始めた。数分もすればセシルは見慣れた姿でそこにいた。かなり衰弱していたが、その姿は大衆が夢見る〝愛島セシル〟そのものだ。俺は部屋のカメラを確認すると、セシルの腕を掴んで抱き寄せた。  何をされるのか覚悟していたのか、セシルはさして抵抗しなかった。全部脱がせるのも惜しくて、開けさせた服の隙間から手を突っ込むと、全身をじっくり愛撫していく。 「ん゛んっ♡ あ、……あ…………っ」 「今更我慢すんなよ。衣装着て恥ずかしくなったのか?」 「……そんな、ことっ……ああ、あっ! いやっ、う゛わぁあああっ!」  ベルトを外してもう勃ちあがっている陰茎に触れてやると、そんな生ぬるい羞恥は飛んだらしい。セシルを感じさせるのなんて、今となっては簡単な話だ。セシルは獣のように喘ぎながら射精に至った。衣装に精液が染みていくのを見て、セシルの顔から血の気が失われていく。だが、ズボンを引き下ろして俺が挿入した瞬間、そんな高尚な羞恥はセシルの頭から吹き飛んだらしい。 「あ゛ああぁぁっ♡ ああ゛っ、う゛……っは、あぁああ゛あぁ! あっ♡」 「お前こうして一緒に前も弄ってやるのが好きだったよな。ほらっ」 「んん゛んっ! すきじゃ……な……ああ゛あぁぁ♡ あ゛ああぁぁっ!」 「ははっ最後くらい素直になれよ」  セシルがどう感じているかなんて、悶える姿を見れば誰でも理解出来るだろう。俺は衝動のままに衣装を引き裂いて、貪るようにセシルを抱いた。セシルの瞳が俺だけを見ている。こうして理性を飛ばしている間、俺はセシルを征服していた。 「おあ゛っ♡ は~っ、はっあ、ああぁあ゛あ♡ い゛っ……ああ゛あぁあっ!」 「随分楽しめるようになったな。元からこうされたかったのか?」 「ちがっう゛……うっあ゛あ! ワタシ……ワタシはっ……!」  懸命に理性をかき集めて、セシルは正気に縋っている。だが、教え込んだ性感帯を少し抉ってやれば、簡単に悲鳴が洩れた。既に躰は堕ちているし、衣装もズタボロで精液塗れだ。セシルがこれまで正気を保っていたのは、あいつが目指すものがあったからに過ぎない。 「ライブなんてもう無理にやらなくてもいいだろ」 「そんな、ことっ……なあ゛っあ……!」 「だってもうこんなに人が集まってんだぞ。お前見たさに」  手近にあったパソコンの画面を開くと、俺達の姿が映っている。それ見たさに集まった野次馬共が下品なコメントを大量に書き込んでいた。 「えっ……、は……?」 「おお、結構集まってるな。ネット配信もまだまだ捨てたもんじゃないらしい」  セシルは呆然としたまま配信画面とカメラを見比べていた。瞬く間に血の気が引いていく。その姿にも好色な言葉が投げかけられていった。 「嘘つきっ! アナタは映像をどこにも公開しないと言ったはずです!」  激高したセシルへ俺はためらいなく拳を振り下ろした。弱りきった躰は呆気なく倒れ伏す。その弾みで陰茎が抜ける感触でも、セシルは躰を震わせていた。滑稽だった。 「約束した映像は公開してないだろうが。それより見ろよこの観客の数。大ホールのライブなんて目じゃないぞ、良かったな」  数万人を超える閲覧数を見て、セシルは静かに俯いた。細くなった肩が震えている。当然だ。この配信がこんな規模で出回ったなら、もうセシルの居場所なんてこの世のどこにもない。  さっきから表が騒がしい。特定されることを想定しているのだから当たり前か。きっと外では嗅ぎつけたマスコミがごった返しているだろう。 「ほら、まだ出番は終わってないぞ」  腕を掴んで引き起こすと、セシルはふらつきながら立ち上がった。濁った目からは静かに涙が溢れている。だが、設置されたままのカメラを見た瞬間、セシルはぎこちない笑顔を作った。ここではないどこかを見ているのは明らかだ。あれほど耐え抜こうとしていたセシルの心は、守るべき物を失って壊れていた。 「やっと、やっと帰れます……。歌って、踊って、ふふっ。きっと皆が喜んでくれる……」  そう呟きながらセシルは歩き始めた。一歩踏み出す度に脚には精液が伝っていた。部屋のドアを開けてやると、セシルはお礼を言って出ていった。玄関には鍵をかけていない。階段をゆっくりと降りて、あいつは人々の前に飛び出すだろう。舞台袖から観客が待つステージへ走り出すように。  携帯を見ると、ちょうど事務所がセシルのライブの中止を発表していたところだった。   窓から外の様子を覗うと、セシルが表に出た瞬間らしい。あられも無い姿へと、無数のシャッターが切られている。  セシルは反射的に笑顔を作ると、無機質なカメラの集団に向かって手を振った。シャッターの光はより激しくなる。何も間違っていない。セシルにとって、いや、アイドルにとってカメラに向かって手を振るのは常識だ。人を喜ばせるのがアイドルの仕事なのだから。  スマホの連写音も聞こえてくる。おそらくマスコミだけじゃなく、配信を見た一般人も集まっているのだろう。あれほど写真を撮られたなら、間違いなくまともな生活には戻れない。  俺は窓から目を離すと、壁に背を伝わせてその場に座り込んだ。乾いた笑いが止まらなかった。セシルはもうアイドルではいられない。俺と同じか、それ以下の一般人へと成り下がったんだ。歪んだ達成感に身を浸していたその時、つんざくようなサイレンが響いた。  警察が来たんだと、ぼんやり思った。俺の人生も本格的に終わりだ。また窓の外を見た瞬間、心臓が止まるかと思った。  真っ赤な光が眼下に満ちるている。忘れもしない、一面の赤だった。俺が求めていた光景がそこにあった。何よりも美しい、俺の為の景色――夢かと思って、パトカーのランプだとすぐに気づいた。  トップアイドル兼一国の要人が誘拐された重大事件だ。何台ものパトカーが停まっていた。その光が集まって一面の光の海を作っていたんだ。  気がつけば頬を涙が伝っていた。……俺はどこで間違えたんだろう。俺はただ、光に照らされていたかっただけなのに。ここまでしないと、俺の色の光が再び灯ることはなかった。  それだけがただ、悲しかった。

2023年のプリコンで頒布したモブセシ長編でした。シリアス寄りの話になりましたがオチが気に入っています

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