If you wander about the white world

 IFの世界、というのが今回のコンセプトだと社長から送られてきた書類にはあった。シャイニング事務所の面々がアイドルという道を選ばなかった世界。それをイメージした展示会が開かれるということらしかった。 「IF……」  二人の私室で書類を捲っていたセシルは、唸るように呟いた。 「セシルさんの所にも書類届きましたか。面白そうな企画ですよね」 「ええ。春歌がイメージソングを作るそうですね。歌うのが楽しみです」  淹れたての紅茶をテーブルに置くと、春歌はセシルの隣に腰かけた。それと同時に春歌の膝にセシルの頭が乗る。そのままの体勢で書類を捲り続けるセシルの横顔を覗きながら、春歌は左手で彼の頭を撫でていた。二人にとって其れはありふれた午後の過ごし方の一つだった。 「……なんだか今日は元気がないですね」  だが、春歌の問いかけは普段とは少し違っていた。セシルは僅かに目を見開くと、出来る限り丁寧に書類を畳む。視線を上に向けると眉を寄せた春歌の顔がよく見えた。 「ハルカには敵いませんね」  セシルは困ったような顔で微笑んだ。ただなんでもないことなのです、と彼は続けた。 「企画の世界のワタシは自然な形で日本に来ています。でも本当にワタシがアイドルではない“IF”を考えるなら、何をしていたのかと考えていました」 「セシルさん……」  その時、セシルが何を思い浮かべていたのか春歌はある程度分かっていた。彼が日本へとやってきた経緯も、祖国の権力と富に彩られた砂漠も、其れに飾り立てられた心無き人々が居たことも。 「すみません。暗い話をしました」  春歌を励ますようにセシルは微笑む。そのままセシルの右手が春歌の柔らかな髪を梳いた。その仕草はそこに在る人の形を必死に記憶に刻み込もうとしているようだった。静かでいて切実な想いだけが覗く。純粋で危ういその想いが自身に向けられることに未だ春歌は馴れなかった。多分馴れることは一生ない。セシルが感じ、そして春歌によって救われたという孤独を真の意味で理解することは出来ないのだから。だからこそ春歌は望みを繋ぐように口を開いた。 「……貴方がいる世界が此処で良かった。わたしはそう思います」  それでも彼を想うことは出来る。唯一の人であることも。それを誓うように、春歌は身を屈めるとセシルの唇にかろく口付けた。

白黒イベントが「七海春歌がいない世界」ならば愛島君は未登場でもおかしくなかったね、という話。

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