旅の始まり

「ふふっ……」 「それほど喜んでくれたならワタシも嬉しいです」 「あ、セシルさん。写真をありがとうございました」  春歌はセシルに自分が眺めていた写真を見せた。それはセシルが春歌へと送ったもので、数週間前に行った避暑地でのキャンプの様子が鮮明に写されている。 「みなさんとても楽しそうで……。写真を見てると、とても元気になれるんです」 「ええ。本当に楽しかった。いい休暇になりました」 「良かったですね。この辺りも緑は多い方ですけど、やっぱり本格的な避暑地は違うって思いました。緑が綺麗です」 「アナタにも直接見せてあげたかった。休みが合わなくてとても残念でした。また機会があったら必ず一緒に行きましょう」  セシルはそう言うと椅子を引き、春歌の正面に腰掛けた。春歌も携帯を脇に置いて広げたままのノートを手に取る。朝の日差しが窓から差し込む中で、二人が集まったのは雑談をする為ではなかった。  ST☆RISHオンリーライブ――旅をする中で七人が見つけた次の目標に向けた話し合いだった。それぞれがやりたいステージをソロ曲で実現する関係で、一人一人が作曲家である春歌と打ち合わせを開始していた。他のメンバーは既に初回の打ち合わせはすませており、スケジュールの関係で、セシルが最後に春歌と打ち合わせをすることになっていた。  春歌は真っ直ぐにセシルの瞳を見据えると、口を開く。 「セシルさんがしたいことは何ですか?」  新しい曲を作る度に何度も繰り返してきた問い。遠慮がちにそれを聞いていた少女は、重ねてきた経験に支えられ、顔を上げて尋ねることが出来るようになっていた。 「ワタシは、祖国であるアグナパレスを思わせるような……そんな神秘的な世界に皆さんをエスコートしたいです」  セシルはそう答えると、机の上に資料を広げていった。遠い故郷の情景、実現したいステージセット、参考になりそうな民族曲、それらを一つ一つ検討して、テンポや曲調などのイメージを二人で固めていく。思わず踊り出したくなるようで、それでいて心惹かれる妖しさがあるメロディ。それがおぼろげながら見えてきた時には、既に数時間の時が過ぎていた。 「ああ、とても素敵ですね」  セシルが感嘆しながら、深く息を吐く。春歌は広げた楽譜を手元に集めた。机いっぱいに広げられていたそれには浮かんだ旋律が書き連ねられている。これを精査して、磨き上げていく作業が春歌には待っていた。束になった楽譜を眺めて、セシルは春歌の手を取った。 「アナタがどんな曲を生み出すのか楽しみです。きっと素敵なものになるでしょう。ステージで歌える時が待ち遠しい」  春歌は僅かに目を見開いたが、その手を振り解こうとはしなかった。 「はい! 期待に応えられるように頑張りますね」 「ありがとうございます。My Princess」  はっきりとした決意を持って語られた彼女の言葉に、セシルは深く頷いた。名残惜しげに手を離し、セシルは荷物をまとめ始める。これ以上この場に留まるのは無粋だと彼は理解していた。 「では――」 「あの、セシルさん」  呼び止められると思っていなかったのか、セシルは目を瞬かせて振り向く。春歌は左右へ視線を僅かに揺らした後、真っ直ぐに前を見据えた。 「……セシルさんはわたしが旅行に一緒に行けなかったことを残念に思ってくれてましたね」 「ええ、とても。アナタに見せたい景色や、聞かせたい話がたくさんありましたから」 「実は、わたしも最初は少し残念に思っていたんです。行きたかったなって。でも、その旅を通じて皆さんが見つけたアイディアや、やりたいことをたくさん聞いているうちに考えが変わりました」  春歌の言葉を聞くうちに、セシルは合点がいったように微笑んだ。そのまま彼は先を促すように頷く。春歌は深く息を吸い込んだ。 「まるでわたしまで連れて行ってもらえたような、そんな気がしました。軽井沢だけじゃなくて、遠い遠いたくさんの国に」 「それがワタシ達の一番の願いですから。ワタシ達の曲を聞いて、ステージを通じて、旅する世界はきっと美しいでしょう」  セシルは春歌の腕の中にある楽譜へと愛おしげな視線を向けた。  「ですがその為には、ハルカがいないと始まりません。アナタが作る曲があるからワタシ達のステージは始まるのです」 「そうですね。すみません、何だかたまらない気持ちになって――」 「分かっていますよ。ワタシも同じ気持ちです。これは終わりなき旅の始まりなのだから」  思いの丈を打ち明けた二人は、信頼を込めて互いを見つめた。窓からは差し込む強い日差しは、夏の到来を告げている。それはスポットライトのように彼らの部屋を照らしていた。

スペシャルアニメと愛島君の新曲最高だったねというアニメ軸話。

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで