いつかのあなたと夢の世界で

「マサ、次の仕事の資料読んだ?」 「ああ。遊園地での撮影だそうだな」 「大事なこと忘れてるよ。〝学生時代の遊園地デート〟でしょ」 「む……そうだな」  少し赤くなった真斗の頬を見て、音也は声を出して笑った。バラエティの撮影スタジオは撮影が始まる前だからか、どこか弛緩した空気が漂っている。真斗は軽く咳払いをすると、あくまで冷静に話を進めた。 「今回は下見の一環で事前に早乙女キングダムが貸し切りになるらしいな」 「おっさんがせっかくだから事務所全体のイベントにする~とか言い出したんだろ? なら俺達は逆に損かも、事務所のみんなが遊んでる中で仕事の下見しなきゃいけないんだもん」 「そう言うな。俺達は学生時代に散々遊んだだろう」 「まあそうなんだけどさ。あっ、セシル!」  音也の目線の先には、スタジオ入りしたセシルがスタッフと挨拶を交わしていた。セシルへと軽く手を振り、音也は口を開く。 「セシルも俺達と一緒に遊え……むぐっ!」  そしてその口を大きな手が背後から塞いだ。手の主である那月は音也が酸欠で目を白黒させていることに気付いていないらしい。 「駄目ですよ、音也君。セシル君はきっと一緒に回る人を決めていますから」 「四ノ宮、そろそろ離してやれ」  その時、セシルが三人の元へと近づいてきた。那月に口を塞がれている音也を、セシルは不思議そうに見つめた。 「おはようございます。オトヤ、どうしたのですか?」 「ぷはぁっ……! おはよ~セシル。俺なら大丈夫……」 「愛島、おはよう。今度の早乙女キングダムでの撮影について皆で話していた所だ」 「とても楽しみですね。マサト達は三人で行くのですか?」  セシルの問いに、真斗は深く頷く。 「ああ、学生時代が撮影のテーマだからな。同窓がいいと考えた」 「またこの三人で行けるなんて楽しみです。セシル君はやっぱりハルちゃんと行くんですか?」 「そのつもりです」 「学生時代のデートですし、きっと二人にピッタリですね!」  そう言う那月の声は弾んでいる。セシルも僅かに抱いた動揺を完璧に覆い隠して頷いた。  セシルが実際に体験した学生時代は夢のように短かった。ましてや学生時代のデートなど、セシルにとっては幻に等しい。 (この機会を活かせればいいのですが……)  瞬く間に過ぎていった日々を思いながら、セシルは和気藹々と語り合う音也達を見ていた。 ***  その日、セシルはベストを着て、早乙女キングダムの入り口に佇んでいた。白地にエンブレムの付いたベストは学生を意識していて、待ち受けている撮影にも使用する物だった。 「セシルさん、すみません。お待たせしました!」 「まだ約束の五分前です。慌てなくてもいいですよ」 「でも……、ごめんなさい。電車が遅れてしまって」  走ってやってきた春歌は着ていた上着を脱いで、荒く息を吐く。紺のベストが彼女によく似合っていると、息が整うのを待つ間セシルはのんびりと考えていた。その間にも既に他のアイドルや事務所の関係者は各々集まり始めている。 「ワタシ達も行きましょう」  セシルがそう言った瞬間、春歌の顔が緊張したように一瞬だけ強張る。妙に思ってセシルがよく見ようとした瞬間、いつもの彼女の顔に戻っていた。思わずセシルが問おうとした瞬間、それを遮るように春歌が口を開いた。 「えーと、何から巡りましょうか?」  そう言いながら春歌は鞄から取り出したパンフレットを勢いよく開いた。薄い紙のパンフレットはパンッと大きな音を立てて、セシルと春歌は目を瞬かせる。 「今は春のイベント中のようですね」  セシルが横から地図を覗き込みながら言うと、春歌は気を取り直したようだった。 「はい、特別ショーにレストランの限定メニュー……あっ、期間限定のアトラクションもあるみたいですよ] 「どれも面白そう。ハルカはどこに行きたいですか?」 「そ、そうですね。じゃあ……アトラクションに行きたいです!」 「分かりました。では行きましょう」  そう言いながらも、セシルは春歌の選択に少し驚いていた。早乙女キングダムは生演奏がメインの贅沢なショーも目玉の一つだ。当然春歌は特別ショーを見に行こうとするとセシルは思っていたのだった。  さて、期間限定のアトラクションなのだから、おそらく小規模の物だろうとセシルも春歌も考えていた。 「せ、セシルさん……」 「すごいです、ハルカ! 大迫力ですよ!」 「そうですね……」  だが、二人の目の前には巨大ジェットコースターがあった。期間限定という表示を春歌は二、三度確認し、間違いがないと悟った。彼女は深く息を吐くと、覚悟を決めたように顔を上げた。 「行きましょう、セシルさん」 「はい! 楽しみですね」  おずおずと袖を引く春歌に袖を引かれながら、セシルは軽やかに足を進めていた。  事務所関係者で貸し切りにしていることもあり、すぐに順番が回ってくる。その頃には春歌の顔からは血の気が引いていた。 「ハルカ、大丈夫ですか?」 「大丈夫です!乗ります……!」 「ですが、」  セシルが春歌を止めようとした瞬間、スタッフに呼びかけられ二人はジェットコースターへと乗り込んだ。  数分後、生き生きと顔を輝かせたセシルと足取りの覚束ない春歌が並んで建物から出てきたのだった。 「とても面白かったです! 上がって下がって回転しての大冒険でした! ……ハルカ、大丈夫ですか?」 「は、はいぃ……早乙女キングダムは期間限定でも油断出来ないですね……」  ふらふらと今にも転びそうな足取りの春歌を、セシルは慌ててすぐに近くのベンチに運んだ。 「すみません、セシルさん……」 「気にしないでください。でも今日のアナタは少しいつもと違いますね」 「やっぱり学生時代のデートっていえばアトラクションかな、と……」 「学生時代のデート? 何故それを……」  セシルがそう言った瞬間、春歌は目を開いて息を呑んだ。そして肩を落とすとゆっくりと口を開いた。 「ごめんなさい。見るつもりはありませんでした」  春歌が語るにはこうだった。二人が住むマンションの部屋で春歌が掃除をしている時に、セシルがテーブルに置いていた企画書が偶然見えてしまったのだ。そしてこのタイミングでの早乙女キングダムの事務所関係者への解放だ。 「きっとセシルさん達の下見の為だと思ったんです。せめて少しでも役に立ちたかった。でも学生時代のデートってわたしにはよく分からなくて、空回りしてしまいました」  「もしかしてアトラクションを選んだのもそうですか?」 「はい、学生らしいかなと思って……」  そう俯く春歌は真面目で、一生懸命で、学生時代にセシルが接していた彼女と変わらない美点を持っていた。 「ハルカ……、ありがとうございます」  セシルは自分が抱いていた小さな悩みが瞬く間に消えていくのを感じていた。 「でも、わたし……」  「確かに、少し気負いすぎていたかもしれませんが、アナタの気持ちが嬉しいのです。ワタシ達は学生時代にデートをしたことはありません。少し間違うこともあるでしょう」  セシルは春歌の正面に跪くと、両手で彼女の手を優しく握った。 「でもワタシ達らしくこの場所を楽しめば、きっと掴めるものもある、そう思えたのです」 「わたし達らしく楽しむ……」  春歌はふと辺りを見渡した。行き交う人々はポップコーンやぬいぐるみを抱えたり、キャラクターと写真を撮ったりと、皆楽しそうに過ごしている。そんな中でふと、あるものが春歌の目にとまった。  「セシルさん、あのワゴンに行きましょう」 「具合は大丈夫ですか?」 「はい! もう大丈夫です」  そう答える春歌の声は弾んでいて、セシルは安心して彼女を追った。  二人が向かったワゴンにはキャラクターの耳モチーフが付いたカチューシャがずらりと並んでいた。犬、猫、くま……と視線を辿らせて、春歌は一つ手に取る。  「セシルさんにはこれが似合うと思います」 「なるほど。こういう装飾も遊園地ならではですね」   セシルが身を屈めると、春歌は持っているカチューシャをセシルに付けた。 「ずいぶんと可愛らしいですね」  試着用の鏡にはうさぎの耳をつけたセシルが映っていた。その様を春歌は目を輝かせて眺めた。  「セシルさんって前にもうさぎの耳を付けていらっしゃったので、やっぱりとても似合いますね」 「そうかもしれませんね。ではアナタも付けてください」 「……では失礼します」  春歌が軽く首を下げると、セシルは意気揚々と彼女にカチューシャを付けた。 「Amazing! ハルカとお揃いなんて嬉しいです」 「ちょっと恥ずかしいですけど……良かったです。セシルさんもよく似合ってます」  セシルと春歌は互いの姿を見ながら揃いのうさ耳を穏やかに揺らした。  すぐに会計を済ませ、二人は手を繋いで歩き始める。辺りの人通りは途切れていた。 「セシルさん、次はどこに行きましょうか」 「ワタシはショーが見たいです。次の公演がもうすぐ始まる筈ですよ」  セシルの答えを聞いて、春歌は顔を輝かせる。 「わたしも見たいなって思ってたんです」  恋人達は心を通わせて笑い合う。長い一日はまだ始まったばかりだった。

BGSの学生デートビジュが良すぎて書きました。最高~!

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