Tea break

「うーん…………」  ここは半音上げた方が華やかになる気がするけど、その後のバランスを考えると少し違う気がした。  鍵盤を叩いて、五線譜にメモをしては消して、また鍵盤を叩く。 「セイがでますね。お茶でもどうですか?」  いっそここだけテンポを変えてみると面白いのかもしれない。でもそうしたら歌いにくいだろうし、後でセシルさんに聴き比べてもらった方がいい。 「……大丈夫ですか?」  ああ、でも半音下げた方も印象が締まって捨てがたいかも! あんまり候補を上げ過ぎてもセシルさんが困るだろうからやっぱりわたしがしっかり決めないと。どうしよう……。 「ハルカ」 「えっ、あっはい!」  名前を呼ばれて咄嗟に振り向くと、いつのまにかセシルさんが隣に立っていた。 「すみません。邪魔をするつもりは無かったのですが、少し辛そうな様子でしたから声をかけてしまいました」  目を瞬かせたセシルさんは、机の上に楽譜から離して紅茶の入ったカップを置いてくれた。  その時初めて、仕事部屋の窓から西日が差し込み始めていることに気づいた。確か仕事を始めた時はまだ日は高かった筈で、そう思うと急に喉が渇いてきてわたしは置かれたカップを手に取ると紅茶を少しずつ飲んだ。熱いかと思っていたその紅茶はちょっと温くて、その柔らかな温もりが渇いた喉にはちょうど良かった。  わたしが一息つくまでセシルさんは机の端に腰掛けて黙って眺めてくれていた。 「おかわりはどうですか?」 「……お願いします」 「喜んで」  二杯目を半分くらい飲み干したところでわたしの渇きはやっと落ち着いた。 「ありがとうございました。美味しかったです」 「よかった。良い休憩になったようですね」  笑顔が柔らかくなりましたよ、と言うセシルさんの表情もいつもより優しい気がした。  わたしのちょっとの安心や解れをセシルさんはわたし以上に喜んでくれる。なんとかそれに応えたくて、ポットを持って部屋を出ようとする後姿を咄嗟に呼び止めた。 「セシルさん」 「どうしました?」 「えっと、あの、セシルさんも一杯いかがですか? カップ一つしかないですけど……」 「いいのですか。ありがとうございます」  セシルさんが此方に歩み寄る間にわたしは慌てて残っていた紅茶を飲み干した。空いたカップにセシルさんがお茶を注ごうとする。 「待ってください。わたしが注ぎます」 「ありがとうございます。至れり尽くせりですね」 「いいえ。そもそもセシルさんが淹れてくれたお茶なのにわたしが勧めるのも変な話ですが……」  夕日に照らされて光る飛沫を瞳に映しながら、セシルさんは穏やかな微笑を浮かべた。 「ワタシことを考えてくれたのでしょう? その気持ちが何より嬉しいのです」  わたしの考えを簡単に掬い取って、セシルさんは紅茶に口を付けた。美味しいと呟く姿を見て、わたしは悩んでいた旋律が美しく響き直すのを聴いた気がした。

サイトにあげるのを忘れてた話。

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