We're stuffed
「ハルカ! ただいま帰りました」
「セシルさん、お帰りなさい」
昆布を煮立てていたコンロの火を止め、わたしは玄関でセシルさんを出迎えようとしました。いつものように弾む声、きっとこれからいつものように彼はにっこり笑って、いつものようにわたしのご飯を作る光景を見て……と思っていたのですが、今日はちょっぴり違いました。
「見て下さい。おみやげです」
両手が塞がっている状態でなんとか靴を脱いだセシルさんは、わたしを見ると顔を輝かせました。その腕には一抱えほどの大きな段ボールが。
「お土産、ですか? 嬉しいです!」
「ハイ。ランマル先輩から頂いたものです。“二人で食え”と」
「まぁ……!」
ダイニングに移動して箱を開けると、中には一枚一枚包まれている上等な牛肉が鎮座されていました。わたしは少し茫然としてその肉の塊を眺めていると、セシルさんはやや興奮を抑えられないご様子で経緯を説明してくれました。
「今日、ロケに行った先で迷い猫を見つけたのです。ランマル先輩も近くにいたので、その飼い主を一緒に探してくれました。幸い、猫には迷子札が付いていたのですぐに見つけることが出来ました。その飼い主が農場の方だったので、お礼にと」
「それはとても素敵なことをしたんですね……! でも蘭丸先輩がくれたというのは?」
「実は頂いたお肉がそれぞれ1人分でした。なのでワタシはハルカと分けようと考えていたのですが、ランマル先輩がワタシの考えに気づいてくれて、譲ってくれたのです」
それを聞いてわたしは申し訳ないやら有り難いやらで困ってしまいました。セシルさんも同じ気持ちだったようで、わたし達は顔を見合わせました。
「次、お会いする時に何かお礼をしなければいけませんね」
「ワタシもそう思いました」
二人でこくりと頷き合ったわたし達は再びお肉と向き合いました。折角頂いたものです。何かいいお料理にしなくてはいけません。
「ハルカ……」
セシルさんが期待を孕んだ目でわたしを見つめてきているのが分かります。わたしは決意を秘めた足取りでキッチンに駆け戻りました。火が止まっている沸騰寸前のお鍋から昆布を取り出し、冷蔵庫を開くとすぐさま目に飛び込んできたのは白滝と玉ねぎ、ジャガイモ、人参です。お肉が高級過ぎて少し勿体ないような気もしますが、やはりこれしかないと思いました。
「セシルさん……! 決まりました!」
「本当ですか!」
「肉じゃがです!」
「ニクジャガ!」
セシルさんが合点するように頷くとすぐに手を洗いに飛んでいきました。わたしもその様子を見てすっかり楽しくなってしまって、お肉を冷蔵庫にしまうとすぐに野菜を洗い始めました。その時にはセシルさんもエプロンを着けて戻ってきて下さって、わたしが洗い終わった野菜の皮むきをお願いしました。
一通り洗い終わればセシルさんがむいた野菜を一口大に切っていきます。ジャガイモと人参を煮立てていた出汁に咥えて火を通していきます。本当はここでお肉を入れるべきなのですが、良いお肉はすぐに火が通ってしまうので、今日は食べる直前に入れるつもりです。ぐつぐつと煮立てられる鍋を見ながら一息つくと、隣でセシルさんも安心したように鍋を覗き込んでいました。
「セシルさん。あの、わたし考えていることがあるんです」
「知っていますよ。だから肉じゃがにしたのでしょう?」
わたしが驚いて見上げると、あの人はいつもの全てを見透かしているような瞳でわたしを見つめ返しました。
「ハルカらしい素敵な考えだと思います」
「ごめんなさい。本当はこれすき焼きとかにする方が良いとは分かっていたんですけど……」
「Non,謝らないでください。ワタシも同じ気持ちなのですから」
セシルさんの大きくて広い手がわたしの頭を撫でてくれて、もうそれだけでお腹がきゅーっとなるような幸せな気持ちが溢れていきます。
そのままわたしはジャガイモに箸を刺しました。すっと通った手ごたえはわたしのすっきりした気持ちのようで、鼻歌でも歌いたいような思いで玉ねぎと白滝を加えました。お砂糖をセシルさんが手渡して下さったので、大さじ二つ、お酒も二つ、お醤油は三つ。次々と調味料を交換していくだけでなんだかおかしくなってしまいます。くすりと笑った瞬間、上からも同じ笑い声が聞こえてきました。
「ああ、すみません。ハルカ、さっきのやりとりがテンポが良くて面白くなってしまって」
「うふふ、わたしも同じこと考えていたんですよ」
そう告げるとセシルさんは少しだけびっくりした顔をして、また二人で笑ってしまいました。傍から見ていればあまりにもなんてことのない光景で、うんざりしてしまうんじゃないかなと思うのですが幸せとうのはそういうものだと思います。
お鍋が煮えて、お肉を素早く入れて、あっという間に火が通るのを慌てて器によそいます。炊き立てのご飯に作り置きしていた小鉢を並べて、楽しい食事の始まりです。
「いただきます」
セシルさんは早速お肉を白滝と口に入れると暫く固まってしまいました。
「美味しく……なかったですか?」
不安になってしまって顔を覗き込むと、セシルさんは動かしていた口を止め、ごくりと飲み込む音がしました。
「すごく……すごく美味しいです! ハルカ、アナタも早く食べて下さい! この喜びを分かち合いたい!」
「わぁ……! それはよかったです!」
一口お肉をかじるとそれはとても柔らかで、お砂糖の甘みも合わさって口内でとろけるような感触にわたしはもう夢見心地になってしまいました。
「美味しい……」
思わず漏れた一言にセシルさんは大きく頷くと、静か且つ猛烈な勢いで食べ始めました。どうやらかなりお腹が空いてらっしゃったようです。時間がかかる煮込み料理なんて作ってしまって少し申し訳なく思いました。
「ランマル先輩には明日、これを持ってお礼に行きますね」
セシルさんはわたしの顔がこわばってしまったのを見抜いたかのように、微笑みながら告げました。
「はい……! わたしがやりたいことを分かってくれて本当にありがとうございます」
「いいえ。ハルカならきっとこうするだろうとワタシも分かっていましたから」
セシルさんは箸を置くと、わたしにいつもの優しい笑みを向けてくれました。
「此方こそ美味しい肉じゃがをありがとうございます。きっとランマル先輩も喜びますよ」
その一言こそ今のわたしには一番嬉しいものでした。ありがとうございます、と頭を下げて、一口、また一口と箸を進める度に幸せがお腹に溜まっていきます。御縁で頂いた上等なお肉、二人で作った料理、それを食べてくれる大好きな人。なんだか何もかも満たされるような気持ちで、この幸せを先輩にも少しでも渡せればいいなと考えてしまいました。
肉じゃがを食べようと書いた話でした。英語に自信が無いのでタイトルを改題したい。
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