シャイな素顔に

「あの……やっぱり、ごめんなさい。わたし……」  春歌はそう呟くと、セシルの肩を軽く押した。彼女の白い肌は紅潮するとよく目立つ。その微妙な色彩の変化でさえ、セシルには好ましく思えた。 「いいのです。大丈夫ですか? そんなに赤くなって」 「本当にすみません……」  春歌は自分の頬を隠すように手を当てると、そのまま俯いてしまった。  セシルの前で春歌がこうして照れてしまうのは特に珍しいことではない。しかし、様々な事情を乗り越え、堂々と一緒に過ごせるようになった時からその頻度は上がっていた。仕事中はそのようなことは無いのだが、プライベートの時には、目を合わせるのも難しい。  そして今回もベッドに座り、抱きしめ合った瞬間にその気質が顔を覗かせたのだった。 「ごめんなさい。前はこんなことなかったのに……わたしどうしちゃったんでしょう……」 「あまり自分を責めないで、My Princess」  セシルが春歌の顔を何気なく覗き込むと、潤んだ瞳が彼を映した。春歌はそのまま目を閉じると、セシルの手を握る。これくらいなら何とか照れずに行えるらしかった。セシルがその小さな指をそっとなぞると、ピクリと肩が震えた。 「以前のアナタはそんなことありませんでしたね」 「はい、卒業まではここまで酷くなかったと思います……」 「どうして今は難しい? もうワタシ達を阻む物は何も無いのです」  春歌はセシルの指にそっと自身の指を絡め直すと、今にも消えそうな声で話し出した。 「多分……」 「タブン?」  春歌は顔を上げると、目の前の恋人の姿を改めて見据えた。夢でも、幻でもないその存在は紛れもなくそこにいる。 「多分、わたしはあの時、セシルさんと一緒にいることで必死だったんだと思うんです。……あの時はもう二度と会えないって思ってたから。仕事の時もそうです。目の前のことに集中出来ていれば、照れなくていいんですけど……」  再び頬に赤みが差してきたのを見て、セシルは宥めるように彼女の髪を軽く指ですく。春歌はされるがままになりながら言葉を続けた。 「今こうして落ち着いてると、どうしても。あの…………セシルさんが」 「ワタシ?」 「あっ、あのセシルさんが悪いとかそういう話じゃないんです。落ち着いてると、セシルさんのかっこいいところが全部よく見えてしまうんです……あの時よりもずっと。セシルさんのお顔がとっても素敵な所とか、付けていらっしゃる香油の香りだとか、わたしを抱きしめてくれる時の逞しさ、だとか。そういう一つ一つが全部はっきり分かってしまって、わたし、わたし………」 「ハルカ……」  思わず言葉を失っているセシルに、春歌は深く頭を下げた。 「ごめんなさい! ちょっと気持ち悪いですよね。わたしが一番分かってるんです……」 「気持ち悪い? とんでもない!」 「へ……? きゃあ!」  セシルは今度は正面からしっかりと春歌を抱き締めた。勢い余って二人はベッドに転がると、暫く互いの顔を見つめ合っていた。黄緑と金の瞳が互いを写し合い、心臓が強く胸を打つ。 「ハルカ、ワタシは嬉しいです。アナタがそんな風に思っていてくれて」 「そうですか……?」 「だってそれはアナタが改めてワタシを好きになってくれているということです。ハルカがワタシを愛してくれているのですから、とても嬉しい」  セシルの言葉に春歌の頬は緩んでいく。 「そう言ってくれるとわたしも嬉しいです……!」  そのまま春歌は勢いよく起き上がり、セシルの方へ振り向いた。 「でもいつまでも甘えてちゃダメだと思うんです。わたしはセシルさんといつでも、きちんと向き合えるようになりたいから」  頑張ります、と微笑むその顔にセシルの心が奪われているのを彼女自身が知るのは、数ヶ月後。彼女にセシルの様子を伺う心の余裕が生まれ始めた時だった。

一生やっててください。

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