繋ぐもの
「お疲れ様でした。良いお年をお迎えください」
「はい。七海さんも良いお年を」
お辞儀をすると、ディレクターの方も笑顔で返してくれた。わたしの仕事を凄く気に入ってくれたみたいで、何度も褒められて此方が恐縮してしまった。仕事が終わった時はいつも安心感に似た嬉しさがあるけど、今日は仕事納めだったからその嬉しさもひとしおな気がする。一年間が綺麗に終わったみたいで。
部屋を出て廊下を歩いていると、やりたいことが次々浮かんできてしまう。いつもは年末年始も仕事なのだけれど、今年は本当に久しぶりに休みを頂いてしまったのだから。まず買い出しに行かなくちゃ。七海家伝統のお雑煮だって作りたいし、全部自作は無理でもおせちもいくつか作ってあげたい。わたしが作れるようなアグナパレスのお正月メニューってあるのかも気になる……。お蕎麦も忘れちゃいけないし、飾りだってまだ買っていない。大掃除だってこれからだから、新しい雑巾と洗剤の買い足しもして。
なんだか浮かぶ端から忘れてしまいそうで、わたしは慌てて近くの休憩所に行って手帳に買い物リストを書き込んだ。セシルさんと二人で年越しそばを食べて、お雑煮がおいしいと褒めてくれて、初詣に行って、カルタ取りをして……。そこまでイメージしてからわたしは自分で笑ってしまう。
アイドルのセシルさんはわたし達が事前に整えた舞台で存分に輝くのがお仕事だから、当然年末年始でお休みしたことは殆ど無い。それが出来たのは最初の一年だけだったし、それから先の年はあっという間に予定で埋まることになってしまった。それが寂しくないと言ったら嘘になるけど、それ以上に嬉しいし応援したいという気持ちの方がずっと強い。ただ、いつもの癖でセシルさんがいることをつい考えてしまっていたのが少しおかしかった。
今の時期はセシルさんが家に戻ることは殆ど無いので、わたしは計画したように一人で大掃除をして買い出しに行って部屋にお正月飾りを置いた。最近二人とも忙しくて家が少し散らかってしまっていたけれど、大晦日を迎える時には元通りに戻せてわたしは深く息を吐いた。もう日も暮れかけているけど、お鍋にはお雑煮が殆ど出来上がっているし、今年は黒豆と伊達巻きを作れた。あとやることと言えば一つしかない。
わたしはテレビの前に陣取るとセシルさんが出演する年末特番を次々に見ていた。ドラマにバラエティ、歌番組……普段一緒に過ごす時も素敵な人だなって思うけれど、アイドルとして映っているセシルさんは、一際輝いて見える。わたしが音楽を担当した作品にも出演してくれていて、いろんな雰囲気の音とセシルさんの組み合わせを見ることが出来たのも大きな収穫だった。ノートを開いて思いついたことや気付いたことを書き込んだり、セシルさんに番組の感想をどう伝えようか考えているうちに時間はあっという間に過ぎた。
「あれ、もうこんな時間?」
時計を見ると、もう事務所恒例のカウントダウンライブが始まろうとしている時間だった。画面の中の会場は夢みたいに華やかで、同期の友達や事務所の先輩方が次々とパフォーマンスを披露していく。グループの曲だけじゃなくてユニット曲のシャッフルやカバーも見ているだけで特別感と迫力があってうっとりしてしまった。舞台袖から眺めるのも本当に素敵だけれど、こうやって応援してくれる方々みたいに見てみるのも素敵だなって思う。それでもやっぱり視線はセシルさんを追ってしまっていて、カメラに向かってファンサービスをする姿に、画面の前にいる沢山の女の子達みたいに黄色い声をあげていた。
それからカウントダウンが始まって、無事に新しい年を迎えた。ライブの中継も終わってしまって、わたしは静まりかえった部屋で小さく欠伸をした。セシルさんの携帯へお正月の挨拶をメッセージで残して、わたしは寝室に行こうと立ち上がった。今日は寒いし、誰もいない寝室は冷えているんだろうな。そう考え始めると蓋をしていた寂しさが込み上げてきそうな気がして、わたしが慌てて立ち上がった瞬間、携帯が震えた。驚いて画面を見ると、セシルさんの名前が着信画面に映っていた。
「……もしもし?」
自分でも声が震えているのが分かって、セシルさんが心配しないかが心配だった。
「ハルカ! あけましておめでとうございます」
弾けるような嬉しさに満ちた声はわたしまで真っ直ぐに届く。声も出せないでいるわたしに、セシルさんは優しく名前を呼んでくれた。
「セシルさんあけましておめでとうございます。直接言えるなんて、すごく嬉しいです」
「少しだけ時間を貰えました。ワタシも本当に嬉しい。今年もよろしくお願いします、My Princess」
「はい! よろしくお願いしますね」
わたしの返事にセシルさんは微かに笑うと、電話を切った。本当に時間が無い中でかけてくれたのだろう。そう思うと今まで感じていた少しの靄が消えるみたいで、胸に何かが込み上げてくるような気がした。
セシルさんの息は少し上がっていて、画面越しに見た熱気が伝わってくるみたいだった。その中でわたしのことを考えてくれた。それが意味することを思うだけで、わたしはこうして新しい年を分かち合えた喜びを噛み締められる。華やかなステージと一瞬のやりとりを反芻しながら向かった寝室は、思っていたよりも寒くなかった。
いつもはスタッフとして参加の春歌ちゃんですが、今年はお休みだった設定です。いつもありがとうございます。今年もよろしくお願いします。
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