拝啓 愛島セシル様

 久しぶりにファンレターを送ります。  セシル様、いや、呼び慣れた名前で呼びましょう、セシル君に僕はずっと救われて生きてきました。  数ヶ月前まで何百通とファンレターを送り続けたものだけど、セシル君は読んでくれたのかな。最後の方は事務所に弾かれてしまったのかもしれません。君への想いは便箋を何枚埋めても尽きることはなかったから、沢山書いてしまいました。寂しい思いをさせてしまう結果になっていたら、ごめんなさい。  でもセシル君への気持ちが揺らいだことは一切ありません。寧ろ募っていくばかりでした。数年前のことです。僕は君のライブに行きました。あの時はまだライブのチケットも取りやすかったね。通路脇、前から二列目。セシル君のライブには何度も行きましたが、あの時ほど良い席を取れたことは結局一度もありませんでした。  でもそれ一回で十分だったかもしれません。ライブも中間に差し掛かったMC中のことです。 この会場は皆さんと距離が近くて嬉しい、そう話しながらセシル君は通路を歩いていましたね。スポットライトに照らされて、頬を流れていく汗が光る様まで僕にはよく見えました。それだけでも頭がおかしくなりそうだったのに、セシル君は僕の目の前で足を止めました。 「手を伸ばせば触れてしまいそうな程です」  君はそう言って客席に向かって手を伸ばしました。そう、僕へと。  目が合った。何度も夢に見た緑の目が僕の姿を映している。この世のどんな宝石よりも美しい瞳でした。それと同じくらいにつやつやした綺麗な指先が、僕のほんの数十センチ先まで迫っているのです。息も出来なかった。時間に換算すると数秒のことです。でも僕にとっては永遠でした。  はっきりと理解しました。目を合わせて僕に触れようとしてくれた。それだけで十分でした。僕を想うセシル君の気持ちが痛いほど伝わってきました。あの永遠の中で僕達の心は一つだったのです。  それほど想ってくれていたのに気づけなかった自分の鈍感さをどれほど悔やんでも悔やみきれません。でも過去には戻れない。僕に出来ることは二人の未来をより良いものにしていくことだけなのです。  だからこそ、僕は少しでもセシル君に近づこうとあらゆる手を尽くしました。沢山のファンレターも、何度も足を運んだライブも、部屋を埋め尽くすほど買ったCDも、全部セシル君の気持ちに報いる為です。  でもあまりにもどかしかった。僕達は気持ちが通じ合っているのに、その距離が隔てられていることが憎かった。それは君も同じでしょう。だからこの手紙をここまで読んでくれている。もう少し、もう少しです。  さぁ、この手紙を渡したスタッフの顔を覚えていますか?   〝とても大切な手紙だ〟と僕は噛まずに伝えられてたでしょうか。何度練習しても上手く舌が回らないので、上手く出来ているといいのだけれど。  準備が出来たら、楽屋のドアを開けてください。  その時こそ、僕と君の夢が叶う瞬間なのですから。

プリコンのペーパー用に書いて没にしました。人間椅子に似てたので……。

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