君と俺の夏

 本当に信じられなかった。空いっぱいに広がる華にも負けないくらい、君の微笑みは美しかった。    花火に行きたい、セシルがそう言ったのは一ヶ月前だった。地元で開かれる花火大会の日に、奇跡的に夕方から時間が空いたそうだ。 「ですから、一緒に行きませんか? アナタと見てみたいのです」  すごくいいアイディアだったし、そんな弾んだ声色で言われたら俺だって断る理由はない。快諾するとセシルの嬉しそうな笑い声が聞こえた。 「嬉しいです。ワタシのユカタはマサトが貸してくれるそうですよ」 「そうなんだ。それはすごく楽しみだな」 「ワタシも楽しみ。それから、アナタのユカタ姿も見てみたいです。持っていましたよね?」 「俺? 俺はいいよ……」  そう言いながら俺は作業を続けていたが、セシルは人の話も聞かずに、着てほしい浴衣のデザインや当日巡りたい屋台について話し続けている。やれやれ。苦笑いしつつも、花火大会の当日に向けて俺はバイトの予定を組み直していた。  そしてあっという間に日々は流れて、花火大会の当日になった。セシルに浴衣が見たいと言われた手前、少し悩みながらも俺は押し入れの奥に眠っていた親父のお下がりを引っ張り出した。  タイミングを見て待ち合わせ場所に行くと、セシルはうちわで自分を仰いでいた。紫紺の上品な浴衣がセシルが元々持っている華やかさと合っている。セシルは手足も長いから似合う着物を見つけるのは大変だったんじゃないかと思った。無防備に露わになっている腕に伝う汗がやけに眩しい。セシルの様子は一つの絵画みたいで、俺はなんだか声を掛けられずにいた。だが、セシルは俺の方を見ると表情を明るく輝かせた。 「……待たせてごめんな。浴衣、よく似合ってる」 「いいえ、全然待っていませんよ。アナタの浴衣、すごく似合っています。本当に愛らしい……」 「愛らしいってお前、バカなこと言ってないで行くぞ」  俺は少し足早に歩き始めた。セシルはその隣を幸せそうに笑いながら付いてくる。屋台の間を歩き回りながら、俺達はいろんな話をした。人のざわめきの中で掻き消されそうになりながらも、セシルは屋台の一つ一つに感嘆の声を上げて、どういうものなのか聞いている。 その様子に微笑ましさを感じながら俺は一つ一つ解説していった。型抜き、くじ引き、射的、たこ焼き、綿飴――セシルにとって初めて見る物ばかりだろう。  はしゃぎすぎたのか、俺が少し目を離すとセシルがいなくなっていることもしばしばだった。だけど、俺が見つけ出す度に、セシルは深紅の風車やカラフルなスーパーボール、かき氷を握って、照れたように視線を外して笑うのだ。その紅潮した頬を見ていると、俺はどうにも強く怒れなくて、次は気をつけろよと笑うことしか出来なかった。 「そろそろ花火を見に行きましょう。とっておきの場所があるのですよ」 「へぇ、じゃあエスコートしてもらおうかな」  俺はセシルの後に続いて、屋台とは少し離れた丘に登った。確かにそこは穴場らしくて、祭り会場ほどの人混みでは無かった。だがそれに油断してしまったのか、俺とセシルは人波に分断されてしまった。 「お~い! 待ってくれよ!」 「楽しみですね。一万発も上がるそうです」  必死の呼びかけにも答えず、セシルは勝手なことを話しながら少し離れたベンチに座った。辺りの人波はますます勢いを増し、俺はセシルの姿を見失わないようにするのが精一杯だった。 「なぁセシル! おいってば!」  早くしないと花火が始まってしまう。焦って叫んだ瞬間、鼓膜が破れそうな爆発音が響いた。周囲の人間の歓声が上がる。空にはとても美しい大輪の華が咲いていた。セシルはまだ俺のことに気づいていないのか、暢気に花火を見上げている。空には俺の焦燥感を置き去りにするように、連続で花火が上がっていた。 「セシルっ!」  半ば泣きそうな声で名前を呼んだその時、セシルは漸く視線を地上に戻した。  ゆっくりと俺の方を向いて、笑う。いくつも重なる光の中で、細まった緑の輝きだけがやけにはっきりと見えた。その姿ははにかんだ少年のようだったし、これ以上ないほど妖艶だった。本当に信じられなかった。空いっぱいに広がる華にも負けないくらい、君の微笑みは美しかった。 「…………綺麗だよ」 「ええ。とても美しい花火ですね」  違う、違うんだ。そう言いたかったが気が利かない俺は何も言葉が出てこなかった。 「本当に美しい花火です。でもそれ以上に美しいのはアナタです。ハルカ」 「そんなことは……。あっ、今度は小さい花火が沢山上がっていますよ」 「わぁ……! 本当にキレイですね」  セシルは隣で腰掛けている春歌の手を強く握る。少し遅れて春歌もその手を握り返した。 「今日は本当に楽しかったです。久しぶりにセシルさんとずっと一緒にいられて」 「ええ。沢山の屋台が巡れて良かったですね」 「射的も楽しかったですし、かき氷もおいしかったです。……あと待ち合わせに遅れてすみませんでした。着付けに時間がかかってしまって」 「それはもう言わない約束ですよ。アナタの愛らしいユカタ姿が見られたのでいいのです」 「あっ、すみません」 「ほら、また花火が上がりますよ。……次は大輪の花ですね」 「綺麗……」  セシルはそっと春歌へと身を寄せ、春歌はセシルの肩へと頭を乗せた。セシルは安堵するように息を吐き、彼女の視線が花火に集中してくれていることに感謝した。  彼の視界の端には、事務所が手配した警備員に引きずられていく男が映っていた。自宅に仕掛けられていた盗聴器についてセシルが聞かされたのは後日のことだ。  何も分からない。華やかな花火の中で見た君の微笑みが誰に向けられていたのか、俺は知らない。

シャニライの花火背景でテンション上がって書いた話。

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