光のようなあなたに願いを
「チャームポイント……ですか?」
「はい。ハルカはワタシのどこが好き?」
そう言うとセシルさんは上機嫌に微笑みながら頬杖をついた。わたしは少し困ってしまって二、三度瞬きをする。
セシルさんの話によれば、これからアイドルとして売り出していくのだから、何か答えられる長所を用意しておけと先輩から言われたのだそうで。
「あの、それとセシルさんの好きなところと何の関係が……?」
「決まっています。ハルカが好きなところがワタシの一番の長所だからです」
何せワタシだけでは絞りきれなくて、と彼が独りごちるのを聞きながら、わたしは妙に納得していた。つまりこれは自己分析というわけで、自分のことを知りたいなら人に聞くのが一番と聞いたこともある。特に長所が知りたいなら、尚更お友達とか……恋人とか、とにかく近しい人に聞く方が当然分かりやすい。
「セシルさんの素敵なところですよね。歌声がとても情熱的で、神秘的で、セクシーなところでしょうか、あとお顔もとても格好いいです……。それから身長も高い方ですし、スタイルも素敵ですし、褐色の肌も綺麗ですし、手の形も優美で…………あっ」
「どうしました?」
「いえ。わたしも全然絞れてないって気付きました。すみません」
「ワタシはとても嬉しいので大丈夫ですが……」
「ダメです!」
折角セシルさんが頼ってくれたのに、きちんとした答えを返せないなんて悔しい。わたしはいてもたってもいられなくなって音を立てて立ち上がった。
「わたしは明日オフなので、その間に少し考えさせてください。しっかり考えてみます」
「そうですか? それではお願いします」
わたしはセシルさんの承諾を得るのと同時に個室に小走りで自室に向かった。本棚にある数冊のファイルを引き出して開く。本当に短かった学生生活の中でセシルさんと取り組んだ課題、アイドルとして活動を始めてから挑んだお仕事の資料、宣伝写真、雑誌の切り抜き、歩んでいく中で生まれたものを捨てるなんて出来なくて。こんな機会があるのならこっそり溜めていた甲斐があったというもの。これを見ればセシルさんの魅力も分かるはずと意気込んでわたしは目の前の難題に取り組み始めた。
「素敵だと思ったところに付箋を貼って、少しずつ絞っていけば……」
その付箋にどう素敵なのかも書けばもっと分かりやすい。わたしは夢中になってペンを走らせた。
「演技の実習の時も迫力があったし……集団の中にいれば気品があるし、すましてる時と笑顔のギャップも……それから…………」
あの時も、あの時も、思い出したら止まらなかった。付箋じゃスペースが足りなくて大きなメモ用紙に切り替えて貼り付けていく。取っておいた資料を見ながら記憶を手繰り寄せている時、どうしようもなく幸せで仕方ない。わたしの思い出も、曲も、全てセシルさんへの気持ちと分けられないくらい結びついている。それを全ページに張られたメモが証明していた。…………全ページに?
「絞り込むんだった……」
ここまで選択肢を増やしてしまったけど、その分良いものが見つかる確率も上がったと考えよう。すぐに答えられる覚えやすいもので、それでいて独自性があるともっといいよね。わたしは握りこぶしを作ると、資料の山に再び挑もうとした。
その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。どうぞ、と呼び掛けると静かにドアが開いてセシルさんが顔を覗かせた。
「あの、ハルカ。そろそろ休みませんか?」
「すみません。あともう少しで良い答えが見つかりそうな気がするんです」
「なるほど……」
セシルさんは大量に並べられた資料を見て色々を察したみたいだった。見てもいいか聞かれたから頷くと、彼は部屋に入ってきて近くにある書類を手に取って捲っていく。その時わたしは貼り付けていたメモの存在を思い出したのだけれど、もう遅かった。
セシルさんの頬の赤みが増して、瞳が一気に明るく輝く。わたしとメモを交互に見ながら、彼はわたしの隣に座った。
「こういう仕事ですから、褒められるのは慣れているのですが、やはりアナタに言われるのが一番嬉しい。こういう資料も全て取っているのですね」
「もちろんです! これを参考にしながら絞り込んでいくつもりです」
「……ありがとうございます」
セシルさんは少しだけ泣きそうにも見える微笑みを浮かべて、わたしの髪を撫でてくれた。その瞬間、やっとわたしは探していた答えに気付いた。
「今、見つけました」
「本当ですか? 聞かせてください」
優しさも、見目の良さも、技術も、セシルさんは何でも持っている。その根幹にあるのは、セシルさんがわたしを惹き付ける理由は何か、そう考えれば簡単だった。
「セシルさんはとても情熱的で、一生懸命で、すごく感情が豊かな人だと思うんです。それが一番よく見えるこの瞳がとても素敵だなって。さっき目を合わせた時に思いました」
喜び、怒り、哀しみ――そして何より深い愛情。思い返す度に変わる深い色の瞳が、今までも、そして今も想いを込めてわたしを映してくれている。
「そう思ってくれるだけ感情が揺れ動くのはアナタがいるから。ですがとても参考になります」
「それにセシルさんの特徴にも一致していますし、短い答えですからすぐに言えるかなって思います」
「覚えやすいのも良いですね。これで伝えてみます」
セシルさんがメモをするのを見ながら、わたしはほっと息を吐いた。本当は歌を聴いてもらうのが一番なのだけれど、そこに至るまでが難しいのもこの世界の厳しさ。セシルさんの想いを受け取る為の入り口になる答えが出せて良かった。
安心すると何だか目蓋が重くなってきた。セシルさんは手帳を閉じると、わたしの顔を覗き込む。体がふわりと抱えられる感触がした。すっかり暗くなった視界のなかで、緑のきらめきが星のようにいつまでも輝いていた。
いい目の日なので目の話。
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