カーテンコール・スクラップ
醜悪な男の話4
その日もそうやって僕はセシル君と深い口付けを交わしながら、彼の骨張った手首に冷たい手錠を掛けていました。
まだ何も分かっていないセシル君は、アナタはそれが好きですねと微かに笑ってくれています。その微笑みは僕が彼の心を解放した瞬間、あっけなく消えてしまうのでした。
ガシャリと金属音がしてセシル君が暴れ出すのを見て、僕はまたセシル君に裏切られたことを知りました。それでも僕は諦めが悪く、わざと彼の美しい瞳を覗き込みながら愛撫を続けました。
「嫌っ! もうやめなさい! こんなことをしても何の意味も無いでしょう」
「いいじゃないか。別に君も初めてじゃないだろう。僕とも、七海さんともこんなことをしてさ」
音を立てて乳首を噛むと、セシル君は苦しげに顔を歪めました。
「アナタとしたい訳ではない、それにハルカのことを言わないでっ……!」
「そんなこと言わずに教えてよ。どんな風にしてたの? やっぱりセシル君がリードしてた?」
「………卑怯者」
セシル君はそれだけ呟くと、もう僕が如何に声を掛けようと黙ったままでした。そのままいつものように再び意識を沈めても良かったのですが、僕はあることを思いつきました。
セシル君の瞳に僕を映しながら強く念じると、彼の躰が跳ね上がりました。そのまま膚に手を滑らせると、先ほどよりも激しい金属音が聞こえてきました。
「今度は何を! やめてっ、触らないで!」
「そんなに暴れたら手首を痛めてしまうよ。怖がらなくていい、もっとセシル君が楽しめるようにしてあげただけだよ」
そうして僕は感度を跳ね上げたセシル君の膚を存分に味わっていました。セシル君から今まで感じられていた余裕と落ち着きはすっかり失われています。腰や脇腹などなんてことのない箇所ですら擽るように撫でるだけでも、セシル君は声を出さないように必死に唇を噛み締めていくのでした。
「どうだい? 気持ちいいかな? もしかしてセシル君はこんな風に好きにされるの初めてだったりするのかい?」
「………………っ!」
耳元で息を吹きかけながら囁いてあげると、躰が更に震えていました。頬には朱色が差し、陰茎はまだ触れてもいないのに今までで一番反応しているようでした。
最早答えは分かりきっているのに、セシル君は強情に無言を貫いているのです。その光景はある意味滑稽でした。
「答えてくれないならそれでもいいよ。もう少し素直なセシル君に聞いてみるからね」
「嫌っ! 待ってください、ワタシは――」
セシル君が気づいた時にはもう遅く、彼の正常な意識は再び沈んでいきました。そうして僕が愛撫を続けていると、聞こえてきたのは信じられないような嬌声でした。
「ああっ♡ ん゙っ、もっと! 触って、くださっ! ヒッ、いい゙い゙っ♡♡」
「おや、さっきまであんなに嫌そうにしていたじゃないか。僕はそろそろ帰らせようかと思っていたんだけどね」
「意地悪しないでください♡ こんなの、初めてで! ワタシ、ああっ!」
セシル君は拘束された躰で精一杯僕に擦り寄ると、荒い息を吐いていました。彼は以前から快楽には従順でしたが肝心の感度がそれほど良い方ではありませんでしたので、今の度を超した感覚で嬲られるとそれを受け止めるので精一杯になっているようでした。
「初めてだなんて可哀想に。普段はそんなに遊んでないのかい?」
軽く立ち上がっている乳首をカリカリと掻いてあげると、また手錠が激しく鳴りました。
「いつもはっ触られてもくすぐったいだけ、だからっあああ! イヤっ♡ もどかしいっ、それだけじゃダメです!」
「これだけ感度上げて漸く感じるだけなんだからそりゃまだイケないか。しかし、本当に焦らされるのが苦手なんだね」
「ええ……だからっ……」
前髪を汗で額に張り付かせて上目遣いで僕を誘うその表情に、僕は思わず生唾を飲みました。潤んだ瞳は情欲を反射して爛々と煌めいていて、これほど蠱惑的な物もないように思えました。
「でも駄目だよ。良い機会だからいっぱい気持ちよくなれるようになるまでおあずけにしよう」
「あぁっ! そんな、やだっ! やめて! 辛いんです!」
「同じ男だからよーく分かるよ。でもセシル君にはそろそろ立場を分かって貰わないと困るんだよ。折角処女もくれたんだ。本格的に雌にしてあげるからね」
何度も口付けを交わして、愛らしい耳たぶ、厚い胸板、瑞々しい汗を溜めている脇、割れた腹筋、細い腰、と順に指で辿るとその度にセシル君からくぐもった悲鳴が洩れていました。零れる甘い唾液を吸い上げる度に、まるでセシル君の若さまで吸い取っているかのようで僕はその味に酔いしれていました。拘束されていては僕に奉仕して動きを止めることも出来ません。ただただ僕はセシル君の快楽を追い求めるのに集中していれば良かったのです。
「うわああぁっ♡♡ もっと触って、そんなところばかりじゃ、ああ゙っ!」
これ見よがしに差し出される陰茎を無視して鼠径部を撫で、柔らかな胸板の頂点にある乳首を扱きました。
僕が呼び出しているせいで体作りの時間が減ったのか、少し筋肉が落ちているようでしたが、セシル君の躰は未だに強い弾力をもって僕の手を包み込んでくれました。
その柔らかな手触りを味わうだけで、セシル君には痺れるような快感が走るのです。ローションを垂らして後孔も嬲ってあげると、彼は息を呑んで震えました。
今まで苦しさしか感じなかった箇所でも快感が得られるようになっているのです。どんな種類とも違うまだ淡い快感に彼のうら若い精神は打ちのめされているのでした。これほどまでに全身を嬲られても可哀想なセシル君はトドメだけはさして貰えず、悶々と快楽の火に炙られるしかないのです。
そしてとうとう耐えきれなくなったのか、セシル君は脚を擦り合わせて陰茎を刺激し、快楽を得ようと試み始めていました。
彼の長い脚が折り畳まれて必死に動いている情景は淫猥で滑稽で仕方有りませんでしたが、そんなことをされては折角の教育が台無しです。一度痛い目にでも合わせようかと思いましたが、僕は声を出して笑ってセシル君の意識を再び解放してあげました。
「はあっ、はっ、あと少しで♡♡ やっと♡ は、――あ゙あ゙ぁっ⁉」
途端にセシル君は動きを止めて、冷水でも浴びせられたかのように呆然としていました。先ほどまでの自分の行為が如何に恥ずかしいことか自覚が湧いてきたようで、一気に血の気が失せていました。ですが腿に挟まれた陰茎は未だに堅さを保っていて彼を苛む熱が微塵も衰えていないことを告げています。あと少しセシル君が惨めな自慰に耽れば彼は望んでいた頂に辿り着けるでしょうが、それを彼の正気と誇りが許すはずもありませんでした。
「……本当に、アナタは酷い」
「何とでも言いなよ。ほら、さっきまでしてた自慰の続きでもしたらどうだい? 見といてあげるよ」
セシル君は羞恥で頬を染めながらも必死に僕を睨み付けていましたが、その息は荒く躰は震えて、自分で自分を焦らして追い詰めているのです。僕は笑いを噛み殺すのに必死でした。
「どうしたの、続きをしないならまた僕が遊んであげようか」
「離せ! ワタシに触るな!」
「さっきまであれほど触ってって叫んでたのに今度は逆か。ワガママなお姫様だ」
「それはアナタが勝手に言わせていたことです! ワタシじゃない!」
威勢良く喚き続けるセシル君でしたが、僕が彼の足首を掴むと途端に怯えが滲むのが可愛らしい所です。僕はセシル君の脚の間に自分の体を割り込ませて、彼が勝手に快楽を得るのを防いでしまいました。
「さて、続きをしようか。折角だからもっと感じられるようにしてあげるよ。そしたらセシル君だって陰茎以外でイケるようになるんじゃない?」
僕がそう告げるうちにセシル君の表情が一気に陰っていくのが愉快でした。自分の精神と肉体を僕のような人間に玩具にされているのですから、清廉だった彼にとって酷く辛いものだったのでしょう。
「また感想を聞くために呼ぶからそれまでお休み。今日はセシル君が素直になるかイケるようになるか、どちらか出来ないと帰してあげないからね」
「嫌あ゙あっ! これ以上そんな、やめて! もうワタシはこんなこと――いあ゙ああっ♡」
セシル君の瞳から意識の輝きが失われるのと同時に、彼の長い脚が僕の体に巻き付きました。もう離さないとでも言いたげな強い力で締め付けられれば断る理由もありません。僕は導かれるままにセシル君のナカへ陰茎を挿入しました。今までセシル君に浮かんでいた苦痛はなく、ただ快感に耽溺する浅ましい姿がそこにあったのです。普段の品の良さをかなぐり捨てた嬌声が響き、僕も欲望のままにセシル君で快楽を得るのでした。
セシル君は正気を呼び戻される度に強がりを吐いて僕を軽蔑していましたが、変わってしまった躰への怯えは全く隠せていませんでした。僅かな視線の動きや声の震えが恐怖を表し、血が滲む唇や切羽詰まっていく懇願の声が僕の心を至上の音楽さながらに満たしました。
結局正気のセシル君が素直になってくれることはありませんでしたが、寧ろ意地を張り続けたせいで彼の躰はすっかり様変わりしてしまいました。
陰茎どころか乳首、脇、口内、後孔でも絶頂を迎えるほどに感度は上がり、その陰茎自体も閾値が限界まで下げられて、恐らく今後女性との性交には非常に困難を伴うでしょう。
どんな心の広い女性でも抱き合うだけで快感を感じ、挿入しただけで絶頂するような男性で満足することが出来る訳ありません。セシル君の躰は男を楽しませる為のものに生まれ変わってしまったのでした。
セシル君は深く息を吐くと、全身を僕に預けました。
少し躰を揺らしても反応はなく、彼の美しい瞳は瞼で閉ざされてしまっていました。どうやら僕はやり過ぎたようです。とうとうセシル君は意識を失ってしまいました。脱力した肢体は出来の良い人形のようで、僕が未だ名残惜しく中の感触を楽しむ度にゆらゆらと揺れました。
セシル君が僕のことを認識していない今だからこそ、彼の甘美な全身を存分に味わうことが出来るような気がしました。
僕の支配下にいる時セシル君は僕を愛してくれますが、それは僕自身が作り上げた虚構であることを他ならぬ僕は最も理解していたのです(勿論こんなことは普段出来る限り考えないようにしていますが)。
正気を保ったセシル君は常に拒絶を突きつけますし、このように意識の無いセシル君は真の意味で純粋なセシル君と言えました。
既に汗と血で濡れている手錠を外してあげると手首に真っ赤な傷が付いているのが見えました。万が一壊れたら困るので敢えてプレイ用ではない手錠を使いましたが、長時間の拘束には向かないようです。次からは対応を少々考えなければなりません。
そのまま僕は汗に塗れた躰を辿るように触れていきました。あらゆる体液で濡れている柔らかな頬、細い首、意外としっかりとしている肩。赤みを帯びている胸や散々舐めて吸い上げたことで未だにぽってりと膨らんでいる乳首に触れると、意識の無い筈のセシル君がピクリと跳ね上がりました。
こんな状態でも感じてくれているのだと思うとたまらない気持ちになって、止めていた腰を動かしながら両手で可愛がってやると、数分もしないうちに彼の腹に新たな白濁が散りました。
既に何度も白く濡れたそこは肉の筋を伝って体液が流れて、どれほど自身を穢したのかを生々しく語っているのでした。僕も堪らず射精に至ると内部に溜まっていた液が溢れて、伝い落ちたセシル君の精液と混じり合いました。余程疲れていたのでしょう。ここまでしても起きないのには少し笑いがこみ上げてきます。
再び暗示を掛けて記憶を失わせたら、彼はこの変わり果てた躰に何を思い、どう隠そうとするのか、僕がそれを間近で見られないのが残念でした。
こうして仕事終わりにゆっくりセシル君と向き合う時間も素敵でしたが、仕事の合間を縫って会うのも中々スリリングで僕のお気に入りでした。
例えば、広さを持て余しているテレビ局の滅多に使われないトイレでセシル君に奉仕させる非日常感。お世辞にも清潔とは言えない空間に立つセシル君はあまりにも浮き過ぎていて普段以上に現実感がありません。すっかり慣れてしまった手つきで僕のチャックを降ろすのも、尿道口にキスをするのも白昼夢染みていました。
ですがぐちゃぐちゃと水音が辺りに響く、その時間を僕はとても気に入っていたのです。セシル君は頬を窄めて僕の陰茎を包む込むようにしながら先走りを飲み込んでいきます。舌が何度も亀頭を行き来し、耐えられずに射精すると、セシル君は決して零さないように喉を鳴らして精液を啜りました。はっ、と息を吐けば青臭さが辺りを漂います。それはこの空間の淀んだ空気をもっと重くしているような気がしました。
「上手く飲めるようになったね。偉いよ」
そう褒めてやると、セシル君は頬を紅潮させて僕の手に顔を擦り付けました。その仕草には愛する者を悦ばせたという満足感だけがありました。そして僕はそのままロクに後処理もさせずにセシル君を次のスタジオへ送り出すのです。これこそ合間に会う醍醐味なのでした。
次の仕事はバラエティの収録で、立派に仕事をこなして宣伝をするセシル君の姿はとても愛らしいものでしたが、その唇からは青臭さが洩れ、粘膜には白く濁った膜が張られているのが見えています。勿論それが精液であるとは誰も分からないでしょうが、普段通りに過ごしている彼に僕との特別な時間が色濃く残っているのを見るのは最高でした。
今日の彼はあの彼女と一緒に過ごすと聞いています。
二人で手を繫いでこの映像を見るのかもしれません。
ですが彼等が愛を持って見る姿は既に僕に穢されているのです。そう思うだけで僕は勝利を収めたような気分になって、誰もいない廊下で暫く笑っていました。