媚声

「そこまで言うなら、あの子達の代わりにセシル君が僕らの相手してくれるんだよね?」  眼前の男は唇の端を歪め、息がかからんばかりにセシルに迫った。  とある番組制作でのことだ。それはシャイニング事務所だけではなく幾つもの企業や事務所が集まった大型の企画で、長期間に渡る撮影の末に終了した。故に反省と今後に向けた交流も兼ねてと打ち上げの企画が練られるのも、傍から見れば何ら不思議なことではない。当然ながら参加者も多く、スタッフ達からの希望もありセシル達シャイニング事務所の関係者も参加することになっていた。良く言えば穏やかで悪意を持って言えばありふれた会が終わり、セシルが荷物を纏めていると一人の男が彼に近づいた。 「セシル君。今日はお疲れ様」 「お疲れ様です。今日はありがとうございました」  軽い会釈をしながらセシルは男に目線を合わせる。男は現場で手腕を振るっていたプロデューサーの一人であり、打ち上げの最中でも中心となって喋っているような人物だった。明るく社交的で仕事上でも問題ない相手だったが、セシルはこの男に対して良い印象を抱くことは出来ずにいた。  また、とセシルは思う。一見にこやかな男の目は全く笑っていなかった。セシルがそのような目を向けられたのは一度や二度ではない。好奇や嫌悪でも感じているのかとも考えたが、その割にセシルに近づき仕事でも細かく目をかけてくれている。そのような対称がどうにも不気味だった。 「これから予定ある? そんなものある訳ないか。君も当然来るよね、二次会」 「そうですね……。出来れば今日は帰りたいです」 「ねぇ! 確か明日オフでしょ? たまにはいいじゃないか。君とゆっくりお話し出来る機会なんて中々無いしさ」 「先の会で沢山話したばかりのような気がしますが?」  彼の理由付けに疑問を呈するセシルを無視し、男は満足げに頷くとセシルの肩を叩いた。 「じゃあ会場で待ってるから! 楽しみにしてるよ」  声を掛ける間もなくそのまま去っていった男の後ろ姿を眺め、セシルは軽いため息を吐いた。明日はセシルにとってオフでも何でもない、普通に仕事がある一日だ。恐らく男は何か勘違いをしているのだろう。  他人が集まる場に参加することに否定的ではないが、二次会までとなるとそれは別の話だ。だが番組プロデューサーからわざわざ言われたならば、顔を出さないといけないということ位は理解出来るようになってしまっていた。  人波に流されるようにして大量に呼ばれていたタクシーに乗り、連れてこられたカラオケボックスは一次会に参加していた人々でごったがえしている。古臭いビルの中にあるその施設は貸切らしく、彼等以外の客の姿はない。到着した途端にくじを引かされ、向かう部屋の番号が告げられるのをセシルは無感動に聞いていた。  今後に向けての交流という御題目で開かれた会の参加者として、ロビーにいる人々はやや興奮の入り混じった語り口で言葉を交わしている。外国語で所々理解出来ない部分はあっても、このやりとりに似た会話の中心に幾度となく座らされていたのをセシルは思い出していた。何気ない会話の中で自己と他者の優劣が競われ、周囲とのパイプが構築される。何処の国でも集団の大きさ以外は何も変わらない。それに対して今更何の感情を抱きもしないが、セシルは人混みを見渡すことしか出来ずにいた。  その時、場にそぐわない一人の少女の姿がセシルの目に映った。周囲の大人に囲まれ、少し困惑したような笑みを浮かべる彼女はセシルが誰よりもよく知る人だった。 「ハルカ! お疲れ様です。逢えるなんて思っていなかった。二次会にまで参加するなんて珍しいですね」  春歌は近づいてくるセシルを見つけると顔を輝かせ、小さく手を振り返した。そっと頭を周囲に下げると、春歌はセシルの元へと向かった。 「お疲れ様です、セシルさん。今回の仕事はやっぱり大きいものでしたから、無事に終わって嬉しくて。それに今日は友ちゃんも一緒なんですよ」  いつもは一緒にこういう場所に行き辛いので……と嬉しそうに語る彼女に、思わずセシルも笑みを零す。 「ハルカが楽しそうでワタシも嬉しい。でもさっきはどうしたのですか?」 「すみません、抜け出す言い訳に使ってしまいました。友ちゃんは今受付に行ってくれてるんですけど、一人で待っている間にわたし、迷子になってしまって……」 「なるほど」  やや内気な彼女に周囲の酔っ払いに声を掛けることは難しく、逆に絡まれていたのだろうとセシルは理解した。それと同時に彼女の聡明な友人は事態を察してもうすぐ来てくれるに違いないとも。 「元気を出してください。そう広い場所でもありませんし、きっと見つけてくれますよ。そういえばハルカの部屋は何番? ワタシも一緒がいいです!」 「ええっとですね。……804号室です!」 「ああ惜しい……ワタシは805号室です……」  誇らしげにくじを見せあった二人は揃って肩を落とした。 「わぁ惜しいですね。 あっ、でも多分部屋はお隣ですよ」 「そうですね。ハルカの歌がワタシの元まで聞こえてくるかもしれません!」 「そ、それはちょっと恥ずかしいです! でも隣の部屋の歌って結構聞こえますしね……」  はにかみながら横髪を耳に掛ける春歌にセシルは子供のような笑みを向ける。彼を包んでいる雰囲気は先ほどまでと見違えるほど柔らかだった。 「わたしも人のことは言えないですけれど、セシルさんがカラオケボックスにいるなんて、珍しくて面白いですね。部屋が一緒だったら、きちんと歌を聞けたんですけど……」 「ええ、とても残念。でも仕方ないですね」  その後、顔を見合わせた二人が個人的な約束を交わすまでそう時間は掛からなかった。  ではまた、今度のオフに。そう言葉を交わしたと同時に友千香が春歌を呼ぶ声が届く。セシルの元へも同室へ振り分けられたらしい男達が近寄るのが見えた。周囲に分からないほど僅かに視線を絡ませ、二人はそれぞれの待ち人へと足を向けた。 「セシル君! 俺も同じ部屋になったんだ。嬉しいねぇ。狙った相手と同室になれるなんて俺らはお互い運が良い」  人を掻き分けて進み出てきた男はあのプロデューサーだった。表層だけを親しげに作り上げるその男はセシルの背を軽く叩く。男は似たような立場の男達を何人か引き連れ、セシルを取り囲むようにして足を進めた。 「折角だから俺の友達たくさん紹介してあげるよ。今日は楽しもうね」 「はい。ありがとうございます」  囁かれた男の言葉に対して、セシルは一次会よりもずっと自然な愛想笑いを浮かべる。あまり気乗りのしないことに変わりはないが、春歌の喜びがこの会に伴っていたという事実が彼の顔を綻ばせていた。男はセシルの様子に気を良くしたのか、周囲に気づかれない程度に部屋に集まった男達の立場について得意げに語る。セシルが当たった部屋は、今回の仕事の関係者である程度の重役が集まっているらしかった。  部屋へと続くドアが開いた瞬間、煙草と酒が入り混じった臭いが溢れ出す。部屋では既に何人かの男達が談笑していた。聞かされた話そのままの、安普請の部屋には相応しくないような立場の男達がセシルに視線を向ける。このような場ではあまり羽目を外し過ぎてはいけないと以前カミュに釘を刺されたことをセシルは思い出していた。春歌と話した時のように無邪気に楽しむという訳にはいかないことは理解している。今日は何か勉強でも出来ればそれで良い。この時点で、セシルはそう考えていた。  だがそれはあまりにも希望的観測だった。男達はセシルの姿を見ると途端に沸き立ち、口々に同室になれた喜びを述べた。招き入れられ席に着こうとした時、背後にいた男達の一人がセシルの隣に並ぶ。最初の違和感は此処だった。腰に手が回され、額が合わさらんばかりに男の顔が近づく。吐き出される息に混ざるアルコールと煙草の香りにセシルは辟易して顔を顰めた。 「あの……少し離れてくれますか?」  酔っていて分からなくなっているのだろうと、セシルは僅かに距離を取ろうとした。だが男は腕を強く掴むと、更にべったりと身を擦りつける。体重を掛けられるままにセシルは奥まった隅の席へと押し込められた。 「ちょっと、重いっ。あまり触らないでください」 「やだなぁ、ジョークだよ。ジョーク」 「は、はぁ……」  男がおどけながら言うと周囲からは最近の子は身持ちが堅い、育ちが良いから猶更などという同意の声と笑いが上がる。だがセシルとって冗談で済ませるにはやや不快だった。その後に続いた会話が踏み込んだ猥雑さを伴うものだったということもある。これだから宴会の類は、と考えながらセシルは場の空気を崩さない程度に曖昧に笑って会話を聞き流していた。  その時、隣の男がセシルの耳へと唐突に息を吹きかけた。 「みぎゃぁっ!?」  粘膜を空気が逆流する感覚の気色悪さに抗える人間などそう居ない。取り繕う余裕もない悲鳴が部屋に響く。後に続くように男達の嗤い声が広がった。 「うわっかわいー。そんな声も出せるんだ」  調子づいた男は更に近づくとそのまま耳たぶを甘噛みする。くちゃりと皮膚を食む音が近くで響いた瞬間、セシルの全身は総毛立った。 「嫌っ! やめてください!」  半ば突き飛ばすようにして立ち上がっても、残された男はへらへらと口先だけで謝罪する。鳥肌の立つ腕でセシルは耳に残った唾液を拭いながら男達を睨んだ。 「ごめんったら。そんな怒らないでよ」 「そうそう。こんなのただの冗談でしょ」  呆れたように宥める声がセシルの周囲を取り囲み、遠慮を無くした手が伸びる。其れは痛いほどの力で腕を掴むと強引に席へとセシルを引き戻した。両隣の男はセシルへと指を絡ませ、落ち着かせるかのように背を撫でる。服の上からでも分かる他人の体温がセシル自身の温度と混ざり合う。 「ヒッ……!」 「そう固くなるなよ。今日は目いっぱい楽しもうや」  男達はさも当然のように曲を入れ、酒を注文し始めた。頭を撫でて、肩へと巻き付く腕の感触が不快だった。顔に掛かる呼気の腐臭だけでもセシルは眩暈がしそうだった。明らかに男達はコミュニケーションの方法をはき違えている。この様子だと男達は酒が過ぎて気が大きくなっているのだろう。女性と楽しむ予定だったのが当てが外れ、その代わりに新人を弄って憂さを晴らす。感心は出来ないにしてもそんな行為が生まれる理由をセシルが理解出来ない訳ではない。だがその標的に甘んじるつもりは彼とて毛頭なかった。  早急にこの場を抜けて帰宅する理由をどう捏造するかまでセシルが思いを巡らせ始めた時、部屋へと店員が酒を運んできた。盆に乗せられていた大量のジョッキに入ったビールとボトルワインにセシルは思わず眉を寄せる。ただでさえ泥酔している男達がこれを呑めばどうなるか等分かり切っていた。 「皆さん明日も仕事でしょうし、今日はそれ位にしておいた方が良いのではないですか?」  隣の男はセシルの言葉には耳を傾けず、ボトルの栓を引き抜く。それは他の男達も同様だった。瞬く間に積まれていくコルクをセシルは出来る限り視界に入れないように試みていた。 「ん? セシル君何か言った?」 「ですから……」 「そういやさ、セシル君は飲まないの?」  回答を遮ってまで問われた内容の凡庸さに、セシルは自身の意見が男達にとってどのような立ち位置にあるかを理解する。 「ええ。未成年なので」 「ふーん、そっか」  男の返答はセシルと同様に簡潔だった。そのまま男は日常そのものの仕草でセシルの髪を掴むと、上を向かせて開いた口に中身の入ったボトルを傾けた。 「ごはっ!? がっ……げぇええっ……ん、んっん゛んっ! あ゛っ……ぐえぇええぇっ!」  飲み込むことさえ意識出来ずに液体を流し込まれて、咄嗟に反応出来る訳がない。セシルは激しく咳き込みながら頭を振って男から逃れようとした。だが男は眉一つ動かさず淡々とボトルを傾ける。強く掴まれて引かれた頭皮が痛み、飲み込めずに溢れた酒がセシルの服に染みていく。男が手を離した瞬間、セシルは空のグラスを掴むと口内に残った酒を吐き出した。口と鼻から血のように酒を流しながら咳き込む彼に男達は殆ど気を留めなかった。 「新人が一々固いんだよ。事務所には黙っといてあげるからさ。たまにはハメ外しなよ」 「顔赤くなってきたよ? セシル君って案外酔いやすい質だったりするのかな」 「一体何をしているんですか? ……いやっ! やめろっ!」  丸めた背を撫でる複数の手に対して悪寒が走る。傷つけた後に快方しようとする精神構造が理解出来なかった。未だ気道に残る液体を吐き出そうとセシルが強く咳き込んだ瞬間、襟を超えて直接膚に触れてきた一本の腕。胸板を這う指の感触を半ば唖然としながら認識したセシルは、新人を使った憂さ晴らしなどではなく、更に下位の都合の良い玩具として選ばれてしまったことを自覚する。無理に摂取させられたアルコールで痛む頭を押さえつつも、セシルはある意味安堵していた。こんな下劣な空間に選ばれたのが春歌達ではなかったのだから。 「離して! 離せ!」  セシルはおもむろに立ち上がると、上着の裾を千切れそうな程に強く引く手を強引に振り切った。 「何を勘違いしているのか知りませんが、ワタシはこのような相手をする為に此処にいるのではない。残念ですが、失礼します」  如何に彼等を軽蔑したかもっとはっきりと伝えられれば良いのに、とセシルは思わず歯?みした。男達から向けられる視線は何一つ変わっていない。それどころか寧ろ悪化しているかのように思われた。どうすれば他人にここまで欲情を込めた目線を向けられるのかセシルは甚だ疑問だった。  だがそれも仕方ないことだろう。男達から見れば今のセシルは酔いで息を荒げながらも、此方を軽蔑の目で眺めている見目の良い獲物なのだ。 「ヒューッ! セシル君かぁっこいい!」 「随分威勢がいいお坊ちゃんだな」 「久々に楽しめそうじゃないか」  口々に紡がれる戯言にセシルは男達から目線を逸らし、踵を返した。抜け出す理由も知った事ではない。いつまでもこの空間に居座って行為がエスカレートした結果、事態が拗れればセシルだけではなく男達にとっても都合が悪いことは明白だ。何よりこのような相手の想いを汲むこともない行為をセシルは酷く嫌っていた。 「そっかぁ、残念。隣の部屋は確か女の子部屋だったよね? セシル君が先に帰るんなら向こうに行って相手してもらおうかな~」  一人の男の声を聞いた瞬間、部屋の扉を開けようとしたセシルの手が止まる。 「いいな。あの渋谷友千香も隣いただろ」 「マジかよ。シャイニング事務所は枕させねえから俺抱いたことねぇんだ」 「割と真剣にそっちでもいいんじゃねえの。幾らセシル君でもやる気が無いんじゃなぁ」 「僕はねぇ、あの作曲家の子がいいな。大人しそうな顔して結構おっぱいも大きくてさ、たまにはああいうのも悪くないだろ」 「あの子か。ああいう清楚な奴ほどヤッてみたらアンアン喘いでまあ可愛いんだ」 「……ワタシ以外の人達は関係ないでしょう」  ドアノブを握り絞めるセシルの手は震えていた。彼女達の痴態を思い浮かべているという事実だけで、躰が芯から冷えるように感じられた。どこまで下賤に人は堕ちていけるのかを見せつけられているようで、それだけでも目の前の男達をより強く軽蔑するには十分な理由だった。 「あら怒っちゃった。セシル君今すごい怖い顔してるよ? 」 「好きな子の話題でも混じってたか? 確か二人ともセシル君と知り合いだもんな」 「なんならセシル君も一緒にヤリに行くか?」  喜々として言葉を続ける男達を、セシルは一言も発すること無く見下げていた。耳に入る音全てが汚らわしく、相手にするのも嫌だった。男達の言葉に嘘は無いのだろう。事実、ドアの前に佇むセシルの元へと下半身を勃たせた男達が何人か向かってきている。彼等は厭らしい性欲を剥き出しにして仲間を、彼女を、セシルを見ている。だからこそ、セシルはその場から動こうとしなかった。 「何だよ。もう相手しないならしないでいいからさ、邪魔すんなよ愛島君」 「一緒に帰りましょう。タクシー代くらいならワタシが立て替えても構いません」 「……おいおい、交渉のつもりか? それで大人がはいそうですかって引っ込むとでも思うなよ」 「アナタ達は酔い過ぎです。自分達が何を言っているのかも分かっていません。そんな人達に彼女達を会わせる訳にはいかない」 「ご立派なもんだねぇ。そこまで言うなら、あの子達の代わりにセシル君が僕らの相手してくれるんだよね?」  眼前の男は唇の端を歪め、息がかからんばかりにセシルに迫る。その行為を止めようとする者は誰もいなかった。寧ろ此方を窺う目は好奇と欲だけが醜く覗いている。この部屋にセシルの味方は一人もいなかった。即座に返事を返さなかったセシルを見て無言の肯定と判断したのか、男の手がセシルの腰に回る。伸びる手が再び部屋の奥へと彼を引き摺り込もうとした瞬間、セシルは男を突き飛ばして壁の電話機を半ば叩き落すようにして掴んだ。 「今すぐ誰か来てください! 早く! 警察を呼んで!」  店員の場違いなほど暢気な挨拶が聞こえると同時にセシルは受話器に向かい叫ぶ。 「……………」  だが、帰ってきたのは沈黙だけだった。切羽詰まった電話が突然来たことへの狼狽さえ無い完全な沈黙。そのまま数秒の静寂が流れ、カチャリと電話が切れる音が響いた。 「気は済んだか?」  立ちあがった男は悠々とセシルから受話器をひったくると元の位置へと戻した。その時、セシルはこれから受けるだろう暴力や罵声に備えて身を固めた。だがそれも店員か警備員か警察か、誰か来るまでの短時間の筈だった。  だが、当の男も周囲の男達も暴行どころか、狼狽すら見せることはなかった。男達は何ら変わらず談笑し、新たな酒の瓶を開ける者までいる。まるでセシルの訴えなど無かったかのような和やかな光景が変わらず繰り広げられていた。その異様な情景をセシルは目を見開いて凝視していた。この場で危機的状況にあるのは男達ではなく、本当はセシル自身なのだと、その真実に気づいた瞬間には全てが遅かった。 「……い゛っ!?」  背後から肩が掴まれ、セシルの躰は床へと叩きつけられる。 既にアルコールが回り喪われつつある平衡感覚では立ち上がる事も出来ず、セシルは激しく揺れる視界に耐えることしか出来ずにいた。見上げると先ほど突き飛ばした男が青筋を浮かべてセシルを睨む。 「クソガキが、思いっきり殴りやがって……!」 「お前も殴ってんじゃねえか」 「俺たちまでぶつかる所だったぞ。加減しろよ」  周囲の男達は野次を飛ばしながら嘲笑を隠そうともせずに、床に倒れているセシルを見下ろしていた。 「発想自体は悪くなかったんじゃない? こんな大人数相手に一人じゃ無謀だし、普通なら店員さんが助けてくれるもんね」 「悪かったなぁ。ここの関係者俺らとオトモダチなんだよ」 「……友達?」 「そう。何度か此処を使わせてもらっていてね。何があろうが目を瞑ってくれる」  日常茶飯事のように話す男達の姿にセシルは込み上げる吐き気を抑えることが困難になっていた。この建物で犠牲になった標的達の悲鳴が聞こえた気がした。男達は酔いで羽目を外し過ぎた等という生易しい理由で動いてなどいない。セシルの認識は根本的に間違っていたのだった。そもそも交流を目的とした会でセシル一人が似たような立場の男達の中にいること自体が異常だった。この部屋割り自体も仕込みだろうとセシルは気づいた所で無意味な真実に行きついていた。今回事務所から選ばれた標的が幸か不幸かセシルだっただけなのだ。 「何度かやってる遊びさ。ちょっとデカい番組の企画練れば、お仕事の達成感に酔った新人のガキ共がホイホイ来てくれるって寸法よ」 「そんなこと許される訳がない! 自分達が何をしているのか分かっているのですか!」  大きい仕事が出来て嬉しかったと微笑む春歌の顔がセシルの思考を過る。彼女の喜びはこんな醜悪な意図で生まれた企画の副産物に過ぎなかったのだ。到底許せる筈も無かった。 「倫理なんか此処にないってまだ分かんねえのか!」 「やっぱこいつダメだ。計画変更だ! 隣の女共ホテル連れ込むぞ」  だが、そんな個人の感傷を問題にする男達ではない。次々と立ちあがり部屋を出ようとするのをセシルは脚に縋って食い止めていた。こんな事態に春歌達を巻き込むことだけは避けたかった。しかし全快の状態でも相手をするには人数が多過ぎるのだ。縋りついた男にボールでも弄ぶように蹴り飛ばされ、セシルは壁に頭を打ち付ける。多量に摂取させられたアルコールがますます全身へと回り、体力を容赦なく奪っていくのを感じていた。仮に隣室へ逃げて事態を告げても逆上した男達が彼女達へ暴力でも振えば終わりだ。今のセシルではどう頑張っても守り切れない現実があった。この部屋に男達を留めることしか道は無い。気力を振り絞って扉に寄りかかりながら、セシルは呟いた。 「……お願いです。やめてください」 「考えてやってもいい。それなら自分がどうすればいいかも分かってるな?」 「はい」  それを聞いた男達が上げる醜い歓声にセシルは耳を塞ぎたくなるのを寸前で堪えていた。 「殊勝な態度も取れるじゃねえか。それに免じて、そうだな……」  男は部屋を見渡すと口角を吊り上げる。それは男達にとって定番の遊びの一つだった。 「よし、折角あのアイドルの愛島セシル君とこんな場所にいるんだ。一曲ちゃんと歌い切ったら考えてやるよ」 「へ……?」  男が差し出すマイクをセシルは呆然としながら眺めた。満足に動けないことを利用されて受けるだろうと考えていた仕打ちと男の提示した条件はあまりに乖離している。こんな歪んだ嗜好の男達が、セシルが歌う姿だけを求めているとは思えなかった。これから提示される要求はエスカレートしていくに違いない。それでも断る余地などセシルに残されていなかった。引きずられるようにして立ち上がり、ふらつく躰で男達の前に足を進める。  機材からは曲の前奏が流れ始めていた。その時にはもうセシルは自身が晒し者にされる覚悟を決めていた。乱れた息を出来る限り整え、セシルはいつものように深く息を吸い込んだ。 「おい」  その瞬間、曲が止められた。何人かの男達が立ちあがると、セシルの元へと迫っていく。 「誰がただ歌えつったよ」 「えっ……何ですか!? どこを触ってっ!」  払いのけようとした手を数人がかりで押さえ込むと、男達は喜々としてベルトを抜き取った。本能的な恐怖に任せてセシルが脚を暴れさせようとした時、男達は慣れた手つきでセシルの腕を関節とは逆方向に捻り上げる。暴れたことで崩れかけた姿勢で自身の体重が肩の一点へと集中し、思わずセシルは身を縮めて苦悶の唸りを上げた。 「ほら大人しくしとけよ。腕が抜けちまうぞ」 「嫌っ! 痛いいっ離し、て。う゛わぁっ!」  激痛のあまり動きを止めたセシルに、男達は容赦なく手を伸ばす。ファスナーを降ろし、そのまま下着ごとスラックスを膝まで引き落とした。沸き立つ部屋にセシルはただ一人冷水を浴びせられたような心地だった。 「おいおい、こいつはご立派様じゃないか。経験はどうかな?」 「一体何ですか! こんなの歌うことと何の関係も無い!」  羞恥と混乱を隠す余裕もなく、セシルは男達に叫ぶ。顔を見合わせた男達は呆れたように嗤った。 「さっきも言ったろ。ただ歌わせる訳ねえだろうが」 「ちゃぁんと歌いきれよ、何をされてもな」  そう言う男達の声が耳に届いた瞬間、前奏が再生された。 露わになった下腹部に手を這わされた瞬間、セシルの顔から血の気が引いていく。穢されていると直感的に感じられた。 セシルが向き合ってきた音楽も、其処に至るまでの努力も、人生其れ自体すらも。それでも彼は歌うことしか出来なかった。歌おうとすることがこんなにも無力で惨めだと感じることなど生まれて初めてだった。 「顔がチンポと同じくらい真っ赤だぞ」 「目閉じてんじゃねえよ。観客をしっかり焼き付けとけ。一生の思い出にな」  男達の下劣な野次を受けて、セシルは重い瞼を開く。下肢に纏わりつく手の感触に気色悪さしか感じなかった。羞恥と怒りで今にも震えそうになる声を保つことだけにセシルは意識を集中させていた。尊厳を根本から踏み躙るような行為で乱れると思われることだけは、彼の気位が許さなかった。  質の悪い機材でも鮮明に理解出来る技術は、ここが寂れたビルの一室であることさえ男達に忘れさせていく。やや顔に赤みがさしていることを除けば、セシルの様子は普段と変わらない。しかし、だからこそ子供のように降ろされて膝に引っかかっている下着と剥き出しの下半身とのギャップは、男達の笑いを誘った。なにより、同じ器官を持つ男に触れられれば、内心がどうあれ生理反応を止めることなど出来はしない。次第に芯を持ちだした事実を男達は喜々として罵った。 「一番も終わってねぇぞ。そんなおっ勃てて大丈夫なのかよ」 「まだ恰好つけて歌えるその図太さだけは褒めてやりてえな」 「チンコ丸出しで澄ましやがって。おい、聞いてんのか!」  一際響く男の声に、セシルが答えるように向けた目線には軽蔑の色が滲む。だがその様も状況の滑稽さを盛り立てる一助にしかならなかった。 「アイドルならファンサでもしてみろよ、ファンサ!」 「いいねぇ! ファンが此処にいたら涙もんだ」 「さっさとやれよ醒めるだろうが! なんなら隣から〝観客〟でも連れてきてやろうか?」  指先の血が止まりかけるほどにマイクが握り絞められる。嘲笑に限りなく近い歓声を一身に受けながら、セシルは一人の男を指差すと馴れた手付きで撃ち抜いた。片目を瞑るその表情は酷く引き攣っている。男は胸を押さえるとふざけた様子で転がり、周囲は悪意に満ちた笑いで盛大に沸いた。一人の少年を徹底的に侮蔑する背徳と高揚を男達は存分に味わっていた。そんな有様に追い打ちをかけるように、セシルの限界は近づきつつあった。声の僅かな震え、逃げるような腰、赤みが増していく頬が明確に其れを伝えていく。それに伴い嫌悪感が内心から溢れ出していく。セシルは必死になって下腹に力を入れながら、自身の躰と戦っていた。  だが男達はそんなささやかな抵抗を叩き潰そうとローションを取り出し、セシルの陰茎へと垂らした。熱い部位に注がれた液体の冷たさに押し殺した呻きが漏れる。間奏中じゃなかったらアウトだったな、と煽る男は溢れる先走りとローションを混ぜ合わせ、滑りを活かし更に激しく扱いていく。他の男達も群がるようにセシルへと手を伸ばした。服の中へと潜っていく感触の気持ち悪さに叫びたかった。声の乱れを隠そうとする余裕が奪われる。部屋に響く自身の歌声があまりに惨めで、普段とかけ離れていることをセシルは信じたくなかった。押さえ込んでいた恐怖が嫌悪感と入り混じっていく。だがセシル自身を襲う其れよりも、歌うことを投げ出した瞬間、男達が何をするかということが其れの何倍も怖かった。その恐怖に駆り立てられ、歌うというより叫ぶようにして声を絞り出す。曲は最後の盛り上がりへと差し掛かっていた。  それでも限界は訪れる。男達がセシルに提示したのは取引などではなかった。単にこれは自分を惨めに嘲笑う為の遊びだったのだと白む意識の中でセシルは確信していた。 「はぐっ……う゛うっうぅう゛う!」  テーブルへ白濁が飛び散る。過剰に我慢を続けたせいで多量に流れる精液は、男達の嘲笑と罵声を誘った。 「さすが外人さんか。こんなの中出しされたら女の子は一発でしょ」 「やっとか……長げえんだよ。どうせ負ける癖に無駄に頑張りやがって」 「セシル君偉かったねぇ。でもイッちゃって歌いきれなかったから、やっぱり取引は無しね」  男の言葉を聞いた瞬間、余韻に躰を震わせていたセシルは息を呑んだ。目の見開かれたその表情からは一気に血の気が失われていく。 「嫌だっ……! 考え直してください、ごめんなさい! ですがどうか……お願いします……っ!」  次々と立ち上がる男達を、セシルは恥も外聞もなく半ば縋るようにして引き止めた。 「えぇ~でもさぁもうセシル君とは充分遊んだし」 「それよりてめえふざけてんじゃねえぞ。お前のせいで俺の酒が台無しになっただろうが」 「……すみません」  男が差し出したコップを見ると、半透明の酒に濁った精液が浮いていた。その汚らしい有様にセシルは思わず目を伏せる。 「堪え性のないお前への薬にちょうどいいわ。俺の代わりにこれ飲めや」 「これを……?」 「ああそうだ、今度は未成年だ何だぬかしたら分かってんな?」  僅かに視線を泳がせると、セシルは男の手からコップをもぎ取り中身を一気に飲み干した。強いアルコールと自身の排泄物の味が混ざり合い、食道がざわつくような不快感が流れていく。 「うぶっ……! ん゛っん、はぁっ! うえっげっえぇえ゛、お゛えっ……」 「うわマジで飲んでるよコイツ」 「汚え……」  戻しそうになる口を押さえ激しく咳き込むセシルを見ても、男達は侮蔑の言葉を容赦なく投げつけた。だがこれは眼前の獲物を弱らせ、どれほど命令を聞くか確認する手段に過ぎない。セシルは最早男達に対して抵抗する術はなかった。しかし時折見せる男達への反抗心はただ物言わぬ人形同然に堕ちた訳では無いと明確に告げている。彼の精神は未だ瑞々しく生きていた。男達は言葉とは裏腹にこれからの遊びがどれほど楽しいものになるか期待に胸を躍らせていた。 「仕方ないなぁ。じゃあセシル君で今夜は妥協してあげるよ」 「…………っ」 「お礼はどうした。最近の新人は礼儀も学んでねえのか?」 「ありがとうございます。……ワタシを選んでくれて」 「最初からそう言えば良かったんだよ。ちゃんと覚えて帰るんだぞ」  得意満面に語る男の顔からセシルは視線を逸らさなかった。 自身が奥歯を?合わせる音さえ煩く感じながらも、セシルは男達の関心が己に向けられていることに僅かながら安堵していた。 「さて。合意も得たことだし、始めるか」 「うわっ!」  そう言った男はセシルを床へと再び突き飛ばした。カチャカチャと背後で音が鳴り、振り返ると眼前に男の陰茎が突き出されている。セシルは思わず息を呑んだ。 「まずは、だ。セシル君一人だけ気持ちいい思いしてるってのは感心出来ないよな」  男の言う〝気持ちいい思い〟というのが、どうやら先ほどまでの悪夢のような時間を指しているとセシルが気づくまで数秒を要した。セシルにとって、あの時間が男が形容するようなものとはかけ離れていることなど明白だ。  それでも自身が次に何を要求されているのか、セシルには理解できてしまっていた。安価な照明に照らされて、男を見上げる瞳が様々な色に輝く。その色彩に自身の影が映り込んでいる様は、それだけでセシルを穢しているようで男は嗤った。 「あの子達の代わりになるんだろ? 俺達の気が変わらねえうちにちょっとは満足させてみろ」  男の一言でセシルは微かに息を吐くと、おずおずと陰茎へと舌を這わせた。断る権利など無い。  だがその行為を彼がどう思っているのかなど一目瞭然だった。剥き出しになり、所々に黄ばんだ滓を付けている亀頭へと薄桃色の舌が触れる。 「ふぐっ……う゛う、ん゛ぐっ……はぁ、お゛えっ……」 「ヘタクソだなぁお前。アイドルなら枕の一つくらい経験してろよ」  男は半笑いでセシルの前髪をかき分け、汚物を咥え込む表情を晒していた。こみ上げる吐き気を押さえ込みながら行われる奉仕は稚拙だったが、男の気分を盛り立てるには充分だ。 「そんなペースじゃ1人目で夜が明けちまうぞ」 「冗談じゃねえ。俺らも相手してもらうからな」 「ん゛んっ!? ごぇ、っげええぇえ゛! う゛あ、やぇでっ!」 「おぉ、初めてで二本いけるなんて偉いねぇ」 「これ頑張ったらもっと大きく口開けて歌えんじゃねぇか、馬鹿みたいによ」  苦しげに洩れる呻きなど歯牙にもかけず、男達は開いた口に陰茎を押し込んだ。狭い口内で亀頭が擦り合わされ、男達の欲を駆り立てていく。肉の隙間から唾液をダラダラと零しながら、鼻孔を膨らませてセシルは必死に息を?いだ。 「うわ、ブッサイクな顔。必死かよ」 「こうなったらイケメンでも終わりだな」 「ほら、ボサッとしてないで両手まで使えや。明日も此処で過ごしたいのか?」  男達の罵声に構っている余裕などセシルに残されていない。しなやかな手へ強引に握り込まされた陰茎を、彼は無我夢中で扱く。同じ部位での自身の感覚を死に物狂いで思い出しながら、舌と指を使って奉仕する様はあまりにも悲惨だった。 「いいぞ! 中年おじさん達の精子まとめて飲み干せよ……っ!」 「ぐっう゛ぁああ、ごふっん゛、んっ! んぇげええぇえっ!」  ほぼ同時に陰茎から精液が噴き出し、端正な顔を穢していく。男達が陰茎を抜き取るとセシルは口を押さえ、背中を丸めて激しく咳き込んだ。唇と鼻孔からボタボタと白濁が床に垂れ落ちる。だが男はセシルの後ろ髪を掴んで顔を上げさせると、強く頬を打った。 「っぐ……!」 「俺達の話何にも聞いてねえんだなお前は。まとめて飲み干せって言ったろうが」 「だから……っワタシは……」 「零した床の分まで全部舐めとれ。片付け面倒だからな」 「…………は?」  セシルは呆然と男達を見上げた。その無防備さを含む表情は意図せずとも男達の加虐性を煽っていく。 「返事は?」 「……はい」  幾億もの言葉を封じ込めて、絞り出すように口にした返事に男は舌打ちで答えた。 「返事!」 「はい!」  これ以上男達の機嫌を損ねる訳にはいかず、必死に答えた声は悲鳴と変わらない。  聞こえねえんだよ愚図が、と男は零すが、あの高潔そのものだったセシルを男達に媚びを売らざるを得ない状況に追い込んだ愉悦を存分に味わっていた。  答えたのであれば、行わなければならない。セシルは小さく息を吐くと、床の精液に口を付けた。冷えた床で埃を浮かべている其れは酷く苦かった。側の男は半笑いで床を踏みつけ、土の味を混ぜていく。床に顔を擦り付け、男達の命令に従うしかないその姿は悲惨そのものだ。  だがその情景こそ彼が守るべき者の為に必死に戦っている姿であり、性根の腐った男達の中でセシルの精神が微塵も穢されていないという証だった。だからこそ男達は彼をより辱めようと煽られるのは皮肉でしかない。床に視線を向けているセシルに気づかれないように背後に回った一人の男は、露わになっているセシルの後孔に酒瓶の注ぎ口を押し込んだ。 「ふぐう゛っ!?」  思わず躰を暴れさせようとするセシルの頭を、側にいた男がすかさず踏みつける。床に強く頭が押し付けられ、生まれる痛みが抵抗など許されないとセシルに冷酷に告げていた。そのまま床を啜りながら、セシルは容赦なく流し込まれるアルコールが粘膜を荒らしていく激痛を耐えていた。無様に泣き喚く姿だけは晒したくない一心で悲鳴を噛み潰す。  そんなセシルに男は幾度も脚を踏み下ろし、掛けられる体重と酷くなっていく頭痛にセシルは身を縮めて耐えることしか出来なかった。漸く酒瓶が引き抜かれた時には、セシルは泥酔し全身を真っ赤に染めていた。それは明らかに危険な状態だったが、男達にとってはどうでもいい。  最早羞恥を感じる余裕もなく晒されている後孔に、男は指を押し込んだ 「はがぁっ! ひ……ぎっ、い゛た……っ、いい゛!」 「酒で緩ませてもキツキツだな。本当に初物じゃねえか」 「寧ろアイドルでおまけにガチ皇子様なのに初物じゃなかったら人間不信になるね、俺は」 「それもそうか。うっかりガキでも孕んだら一大事だもんなぁ!」  部屋に響く下劣な笑い声にセシルの呻り声が入り混じる。無理矢理出し入れされる指の本数が増える度に、躰を裂かれるような激痛がセシルを襲った。これが何の準備なのか既に分かっている。これから更に深く尊厳と性を傷つけられると考えるだけで、恐怖が溢れ出す。怖くない訳がない。  だがこの恐怖を感じているのがセシル自身ではない情景の方がずっと、ずっと恐ろしい。 「いい子だなぁ。自分の立場をもう分かってるよ」  男はセシルの頭を乗せたままの脚で乱雑に撫でた。硬い靴の下で艶のある髪が絡まり、砂に塗れる様に男は見惚れる。 「おい、まだ出来ねえのかよ」 「そうだな。もしかしたら多少裂けるかもしれんが、こんなもんだろ」  男は指を引き抜くと、セシルは俯いたまま荒い息を吐く。 「いつまで床舐めてんだよ。汚えな」  吐き捨てるような男の声で、セシルは漸く顔を上げた。汚液と埃の張り付いてるその表情には疲労が滲む。  声を掛けた男はセシルの上半身を抱え上げると、そのままテーブルの上に押し倒した。自身を照らす照明がやたら眩しく感じられ、セシルは目を細めた。この部屋では眩し過ぎるのだ。せめて、もう少し薄暗ければ男達の醜悪さも、自分の情けなさもいくらか覆い隠されただろうに、とセシルは朦朧とする意識の中で考えていた。  腕を何人もの人間に押さえられ、長い脚は正面の男の肩に乗せられる。既に衰弱している人間へ過剰なほどの拘束が施される。数々の罵声の中で、セシルは静かに目を閉じていた。 その姿はある種の清らかさを湛え、この俗に満ちた部屋においてあまりに異質だった。だからこそその有様は男達を無意識に煽る。自分達がまるでこの場にいないかのように取り澄ましている仮面を引き剥がしたい、自らの存在を刻むように男は陰茎を挿入した。 「……っぐ……ぁ………ああ゛っ……!」  無機物とも指とも違う重量が肉を引き裂く。焦げるような熱と激痛が、内部に他人が入り込んでいるとセシルに理解させていた。覚悟はしていた。それでも、本来であれば永遠に知るはずのない未知の感覚は、セシルを容赦なく打ちのめす。 尊厳を壊されている恐怖と衝撃が顔に出てしまっていることを、セシルは眼前の男の笑みで自覚する。そんな自分への惨めさに、セシルはせめて顔を横に逸らそうとするが、それが許される筈もない。男はセシルの前髪を掴み正面を向かせた。目尻には生理的涙が溜まり、酷い顔色の動揺に満ちた表情が周囲へと晒される。 「おい、色男。さっきまでの威勢はどうしたよ」 「もう貫通済みなんだからコイツは男でも何でもねえだろ。カワイソーに、泣きそうな顔してやがる」  好き勝手に言葉を投げつけられる中で、セシルは荒い息を吐いていた。男達の言葉に耳を傾ける余裕など残されていない。呼吸の度に内部の異物の存在が痛烈に感じられた。 「大丈夫かぁ? まだ挿れただけだっつうのによ。……動くぞ」 「まっ……て……嫌っ、動かな……いでっえ゛っ!?」  未だ血が止まらない後孔を男は何の配慮もなくズタズタに引き裂いた。寧ろ痛みを与えるほど強ばる躰は陰茎を締め付け、男により深い快楽を与える。脳天にまで響く衝撃と激痛、穢されているという事実にセシルは最早声を抑えることなど出来なかった。痛苦に満ちた悲鳴が響く中で、男は眉を寄せる。 「何ギャアギャア喚いてんだよ。ワタシをオナホとして選んで頂きありがとうございます、だろうが。違うか?」  男は淡々とセシルの頬を叩きながら語る。その目は周囲の男達と同じく、セシルをただの性具として見るものだった。 「呆けてんじゃねえぞ。一人一人相手してたら時間が幾らあったって足りゃしねえ」 「……っぎ……ぃ、そんなっもう! い゛いぃぎ……ああ゛っ!」  犯されているだけで既に限界寸前のセシルに、他の男達は再び奉仕を求めた。何本もの陰茎が眼前に迫り、動かせない手に無理矢理握り込まされる熱い感触に総毛立つ。不快感、拒否感、恐怖、様々な感情が飛来し、強靱な意志がそれを抑え込んだ。  この地獄のような時間が早く過ぎるようにと祈りながら必死に手を動かし、陰茎を咥えた。異物が躰の中も外も占領し、痛みと苦しみだけを与えていく。 「初めてだってのに、とんだ野郎じゃねえか。四人同時相手にするなんてよ」 「これでいつでもAVに行けるなぁ。国際便で祖国に送ってやったら泣いて喜ばれるだろうさ」 「ふっ……っづ――は、あっ! げほっ、ごほっ! んん゛っ……ひうぅう゛、あ゛あっ!」 「痛っっってぇ!? この馬鹿野郎! 噛みやがったな!」  後ろの男がひときわ強く突き入れた瞬間、襲う痛みにセシルは反射的に歯を食いしばろうとした。そうなれば、口内を好き勝手に嬲っていた男がどんな目に合うかなど明白だ。痛んだ自身を引き抜いた男は怒りに任せ空き瓶を掴むと、セシルを思い切り殴りつける。薄いガラスは簡単に割れ、騒がしい音と共にセシルの視界は激しく揺れた。 「馬鹿はてめえだ! 殺しでもしたら面倒だろうが!」 「けっ、男なんだからこれくらいじゃ死なねえよ」  男達の言い争う声を遠くに聞きながら、セシルは自身の顔に血が流れていることをぼんやりと自覚していた。衝撃の強さで麻痺した感覚は、空を漂う心地と似ていた。そのまま躰の命ずるままにセシルは胃の内容物を吐き戻した。未だ仰向けのまま拘束されているせいで、噴水のように溢れる吐瀉物に思わず男達は距離を取る。 「う゛おえぇええ゛えぇぇえ゛え! がはっ、お゛、ごほっ! オエッ、はっげぇええぇ……」 「汚えな全くよぉ……」 「このまま放っておいたらこっちの方が死んじまうんじゃねえのかよ」 「窒息死でもされてみろ。たまったもんじゃねえ」  男達は渋々セシルをうつ伏せにすると、喉の奥に指を押し込んだ。詰まっていた残りの吐瀉物が反射でボタボタと吐き出されていく。思わず男達が手を離すと、セシルはそのまま机から汚物塗れの床へと転がり落ちた。 「うっわ……弁償もんだよこれ……」 「愛島君さぁ、ふざけるのもいい加減にしろよ。後でお前が掃除するんだぞ」  吐き出される罵りを受けながら、セシルは虚ろな目で男達を見上げていた。小さく呻きながら気怠い全身を起こす。 「分かっています……。ごめんなさい、ごめんなさい……」  殆ど息だけの掠れ声でセシルが呟く謝罪を聞く者など数えるほどしか居なかった。その僅かな者達もその衰弱した有様に愉悦を得たに過ぎない。こんなもんもう着てても意味ねえだろ、そんな言葉と共に吐瀉物で薄汚れた上着が脱がされ、部屋の隅へと投げ捨てられるのを、セシルは他人事のように見ていた。  ただ痛かった。頭も躰も何もかも。それは男達が輪姦を再開しても変わらなかった。今にも途切れそうな意識の中で、苦痛だけが波のように絶え間なく襲う。だが、男達の罵声と汚らしい水音に紛れて時折聞こえる歌声だけがセシルの気力をつなぎ止めていた。隣室の楽しげな歌声は本当に楽しそうで、何者にも穢されていなかった。 「全然駄目じゃねえか。そろそろセシル君じゃ限界かな」 「やっぱり他行くか?」 「お願い……です…………待って……どう、か……」  瞳に恐怖と絶望を浮かべて哀願するセシルを男達は満ち足りた様子で見下ろした。口でどう言おうが男達はセシルを存分に堪能している。ただ口から出任せを言う度に浮かぶ子供のような恐怖心をあざ笑っているだけだ。寧ろただの物珍しさで選んだ獲物でここまで楽しめるとは夢にも思っていなかった。  しかしセシルにそんなことは理解しようがない。流れる血と涙で次第に視界は塞がれていく。全身を精液と吐瀉物に塗れさせながら、セシルは幾度となく手足を折り畳み、床に頭を擦り付けた。 「頑張ります……。頑張りますから…………ワタシを、選んでください。セックスが下手で、ごめんなさい……」

カラオケでの尊厳陵辱アホエロがやりたかった。

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで