Ressentiment
弱者達の決起
一週間だ。二、三日ならば兎も角、一週間。
撮影、生放送、取材とセシルが参加不可能になった仕事が書かれた手帳を眺め、それに伴うシャイニング事務所の経済的損失と自社に降りかかる損害賠償額を想像するだけで、男達の目の前は暗くなる。そもそも自分達のような弱小の番組制作会社が愛島セシルを起用出来た辺りで、元々の運を使い切ったのだと自棄気味に考える者もいた。
当初の予定では、高山地方での短期ロケの筈だった。だが悪天候が連続した結果納期が迫り、予報に反して曇り気味であるのに、ロケを強行したのは此方の落ち度と言えなくもない。しかし幾ら山の天気は変わりやすいとはいえ、前日までの天気予報は晴れであったのだ。山頂に辿り着いた途端に前も見えない程の吹雪が襲うなどと誰が考えるのか。命からがら避難した山荘で、雪崩で埋まった山道を目にすることを想定出来る人間はいない。
不幸中の幸いと言えば転がり込んだ山荘の設備は充実しており、取り急ぎ死ぬ心配はないことだった。このような異常気象に備えてか発電機が整備され、水と食料の備蓄も充分にあり、シャワー等の設備まで設置されていた。道は塞がり山を降りる訳にもいかず、雪は時折弱まりながらも変わらず降り続けている。携帯も圏外だ。最早男達に出来ることは何もない。救助隊が一刻も早く来ることを願うしか出来ないのだ。
不運なのは落ち度もないというのに遭難に巻き込まれたセシルだったが、彼は男達に対して抗議することは決してしなかった。不意になってしまった仕事を考え、一度だけ小さく溜息を吐いたが、それだけだ。それ以降の彼は陰々滅々と過ごしている男達を励ましてくれていた。時間だけは無駄に存在している。故郷の話、仕事仲間の話、嗜好の話と彼等の間で話題はなかなか尽きなかった。暴風吹きすさぶ中で男達が震えながら眠りにつこうとする時、微かに歌われる異国の子守唄に男達はどれ程救われたか分からない。
だが、遭難期間が一日、また一日と延びる度、セシルの存在は一部の男達の苛立ちを誘うようになった。
セシルの優しさは所詮、持つ者の其れだ。今後が保証されているから自分達を憐れに思っているのだ。そんな勝手な推測が囁かれた。諫める者達も居たが、微かな不満は疫病のように少しずつ伝染していった。そんなものは完全な逆恨みだ。セシルが純粋に男達のことを心配していることなど誰の目にも明らかだった。
それでも、手慰みに未発表の曲に歌詞を付けているセシルの姿は男達の内心の不和を掻き立てていった。まるで恋人と相対するかのような愛しげで幸福そうな様に、離れていても分かたれることない彼の持つ繋がりが垣間見える。セシルが意図せずともその様子は、待つ人も無く将来もおぼつかない男達の現実を暗に突きつけた。
男達は次第に自分達とセシルを比べ始めていた。日に日に悪化する彼等の状況と、セシルに今後約束されているだろう未来、男達の主観的な推測ではそんなものの結果は明白だ。愛島セシルと男達では全てに圧倒的な差が存在した。
そうして男達とセシルの会話は目に見えて減少していった。だからと言って山荘で代わりに行うことなど殆ど無い。気まずい沈黙の時は、そのまま考え込む時間に変わる。身勝手な憶測が積み重なり、男達の鬱憤だけが日に日に重苦しく溜まっていった。
そんなある日、浴室でセシルはシャワーを浴びていた。単に身を清めるという理由もあるが、一人になる為という部分がが大きい。幾ら広めの山荘とはいえこの人数では、完全に一人になれるのはこの空間位しかない。
ぬるいお湯を浴びながら考えるのは周囲のことだ。自身を取り巻く空気が変化しつつあることは、セシルも理解していた。そしてこの極限状態ならば、誰と多少険悪になろうとも仕方がないとも思っていた。
だが、それとは別に何か不穏なものをセシルは敏感に感じ取っていた。状況や今後の不安だけではない、もっと別の怒りにも似たものが男達の目線や言動に含まれつつある。それは日に日に大きくなり、このままでは大変なことになることも分かっていた。けれどそれをどう解消すれば良いのかとなると霧を掴むような話になってしまう
男達が何を考え、どう感じているのか。それすらも理解出来なくなる程、セシルと男達の交流は希薄化していた。先ずは彼等と話をしなくては。では以前のように話をしてくれるようになるにはどうすればいいのか。セシルの思考は際限なく続いていく。
しかし、自身を悩ませるその正体が、男達の身勝手で拗れきった妬みだとセシルには理解することが出来なかった。それを察するには彼はまだあまりに若く、美しく、恵まれ過ぎていた。
シャワーの水音は男達の居る部屋にも響いた。今にも弾け飛びそうな不穏な空気が揺れる。
一人の男が意を決したように立ち上がった。周囲の男は彼が何を決めたかを瞬間的に理解した。口元を歪めて共に立ち上がる男も何人も居た。当然、縋り付くようにして止めようとする者も居た。
「馬鹿なことはやめろ! そんなことしたら俺達は終わりだろ!」
「やめよう……あの子の事務所がなんて言うか」
口々に話される制止の言葉を遮るように男は拳を机に叩きつけた。
「そもそも、こんな事態に陥ってる時点でもう俺達は終わりだろうよ」
「だけど……」
「スケジュールも何もかもめちゃくちゃで、あっちの社長にも睨まれて、今後業界でやっていけると思ってんのか?」
唯でさえ青い男達の顔から血の気が引き、紙のように白くなる。あの社長を怒らせた者達がどのような末路を辿ったかという噂話は業界に幾らでも転がっていた。男達がもう少し冷静であれば、度が過ぎたこの異常気象に僅かながら酌量の余地があることに気づけただろう。誰でも地獄送りにする程シャイニング事務所は暇ではない。ある程度の損害賠償は免れ得ないかもしれないが、少なくとも死ぬことはないだろう。
しかし極限状態の彼等に見えているのは、恐らく死よりも苦しい制裁が確定している未来だった。
「……業界追放どころじゃない……地獄の底まで行かされるに決まってる。あいつをどうしようが同じさ。それに不公平じゃないか? 山ん中で缶詰なのは俺達もセシルも同じだ。なのにあいつだけ薔薇色の未来をのうのうと歩かせてたまるかよ。俺達の地獄にあいつも道連れにしてやろうぜ」
一人の男の演説は、彼等の内心で燻っていた不満に火を付けた。もう既にどう足掻いても後戻りは出来ないのだ。道連れの人数を一人増やした所で差はない。大義名分が出来上がってしまった。止めようとした男達の目の色が次々に変わる。もう誰も反対などしなかった。
浴室の扉は唐突に開かれた。男達が入り口を塞ぐように屯する異様な光景に、振り向いたセシルは目を見開く。咄嗟にタオルを腰に巻くまでは出来たものの、その隙に無遠慮に入り込んだ男達は蛇口を捻りシャワーを止めた。
「な、何ですか? どうしたのです?」
「別にどうもしないよ」
残った男達も次々入り込みセシルを取り囲む。その時、投げつけられる不躾な視線を意識せざるを得なかった。
「あの、それなら身支度が終わるまで外してくれませんか。……流石にこの格好はっ!」
突然男に突き飛ばされセシルは壁に叩きつけられた。訳が分からず茫然とするセシルに男達は手を伸ばす。髪に指を通し、頬を撫でるその感触に込められた意図は明瞭だった。予想外の状況にセシルの内心は酷く混乱した。そのような対象として思ってもいなかった男達に触れられるのは不快でしかなかった。
「……やめて下さい。一体何のつもりですか」
「そんなの愛島君も分かってるでしょ」
一回ヤらせてよ、と男が答えるが否やセシルは出口へと突進した。あまりの反応の早さに男達が止める間もなく、セシルは男達の囲みを抜けて浴室から飛び出した。
ただ無我夢中だった。男達が何故結託して、セシルに手を出そうとしたのか全く理解出来ない。それでもセシルがあのまま彼等と居ることはどう考えても最善手とは言えなかった。一先ず別室に逃げて、男達が落ち着くまで隠れることさえ出来れば、平和的解決が望めるとセシルは未だ信じていた。
「逃げやがった!」「ふざけてんじゃねえぞ!」
背後に男達の怒号と足音が響く中、鍵のある部屋に駆け込みドアノブを思い切り引いた。だが無我夢中なのは向こうも同じだ。その瞬間、辛うじて追いついた幾つもの手がドアを掴み、足が押し込まれていく。死に物狂いでドアノブを引っ張っても大人数の力には叶わず、男達は次々と部屋に雪崩れ込んだ。
「……っ皆さん落ち着いて下さい。本当に何があったのですか?」
「うるせえぞ! てめえ次逃げてみろ………」
声の震えを押し殺して宥めようとするセシルを無視し、殺気立って部屋を見渡した男達は吹き出した。
「……ああ、そうか。やっぱりヤるならベッドがいいよな。俺達気遣えなくてごめんよ」
「へ? ……はっ、Non! 違う! 違います!」
男の言葉を理解した時には既に遅く、セシルは部屋のベッドへ突き飛ばされた。起き上がって再び逃げようとしても、待ち構えるように周囲を囲んだ男達は手脚をそれぞれ抱きかかえるようにして押さえ込み、起きるどころか身動きも出来ない。走り回って結び目が緩み、申し訳程度に腰へ掛かっていたタオルを男は嬉々としてむしり取った。
「大事なところ全部丸見えだね」
「いやっ、やめろ! 何故? 何故こんな!」
セシルの問いは当然だろう。男達の中に男を対象にした欲を抱いている者はいない。犯そうとするのも、その方がただ痛めつけるよりも死ににくいから、という単純な理由だった。男達の目的はセシルを殺すことではない。セシルの未来を殺し自分達と同じ地獄に送ることだ。
だからこそ安易に死なれては意味がない。精神を限界まで摩耗させ、自身の未来を諦める様を、恵まれた人間が零落する様を彼等は目の当たりにしたかった。犯すのもその手段の一つであり、其処にはセシルに対する情欲も何もない。
四肢を押さえ込んでいる男達は既に手を伸ばし、膚の滑らかな感触を得ていた。あまりの羞恥にセシルの頬に赤みが注しても、男達にはどうでもいい。首筋を擽り内股を撫でると押さえられた腕に力が籠もった。
「…………ごめんなさい」
答えようとしない男達の目を覗き込むようにしながら発された言葉に、思わず男達の動きも止まった。澄んだ瞳に男達の醜い姿が鏡のように映し出される。真実を告げる高潔な目に、男達の苛立ちは際限なく掻き立てられていった。
「……アナタ達がここまでしなければならない程の酷いことを、今までワタシはしていたのかもしれません。すみません。……でもこれ以上は互いに罪を重ねるだけです。せめて理由を教えてくれませんか?」
この機会を逃せば自分も男達も手遅れになる。無意識にそう解していたセシルの訴えは、半ば祈るような響きを持ち始めていた。だが、それで良心が痛む段階を男達はとうに過ぎていた。失笑にも似た冷ややかな空気が部屋に充満していく。
「愛島君は何も悪くないよ。………理由ねぇ、強いて言うなら憂さ晴らしかな」
此方を見るセシルの瞳が、深い哀れみを持ったものに変化するのを男達は見逃さなかった。細かい経緯は分からなくとも、このような手段に訴えるしかない程に男達が追い詰められていたことを哀しく思ったのだろう。だがその優しさが男達により惨めさを突き付けていた。
「なんだその目は? 随分余裕じゃねえか」
「自分が何されようとしてんのか分かってるのか? ええ?」
以前に山荘を使った誰かが置き忘れたのであろうハンドクリーム。それを持った男は自身の指にたっぷりと擦り付けると、セシルの後孔に滑りを利用して無理やり押し込んだ。
「ひっ!? ……う゛……くっ……」
「生意気に我慢するなよ。痛いんだろ?」
再び何かを訴えようとして開かれていたセシルの口から呻き声が上がる。異物を受け入れたことなどある筈もない其処で、指を動かされる不快感。単に性処理を押し付ける為の作業に伴ったものは、内臓が中から抉られる圧迫感と屈辱だった。クリームの粘性を利用し、無理矢理指の本数を増やされる度に、強制的に肉を掻き分けられる痛みで瞳は堅く閉ざされた。
「よし、こんなもんか。まだキツいかもしれないけど、取りあえず挿れてみるね」
指を押し込んでいた男は取り出した己の物にもベッタリとクリームを塗りつけた。それを見たセシルの顔から血の気が引いていく。目の前の男は本当に自分を犯そうとしていると確信したのだ。
「ひいッ………嫌だ、っいやです! やだ! 止めて! 誰か!」
「おいコラちゃんと脚掴め!」
「ほら、逃げるな逃げるな」
必要以上に男達を刺激するまいと抑え続けていた恐怖と不快感が弾けた。だが死に物狂いで暴れても、今まで抜け出せなかった拘束が外れる訳がない。何本もの腕が脚を押さえ込み、男の肉棒が後孔を割り入いていく。指で多少慣らされた程度ではどうにもならない苦痛に押し出されるようにして悲鳴が洩れた。
「おっ、これは初めてかな?」
「マジか。てっきり枕の一つや二つしてると思ってたんだがな」
「そりゃコイツの立派なご経歴なら枕なんかいらねえだろうよ」
「真面目に仕事取ってて偉かったねぇ。ご褒美に僕達がセシル君の初めてちゃんと味わってあげるからねぇ」
「い゛……!? 嫌っあ゛あ! 抜いてっ! もうやめて! やめて下さい!」
悲鳴は男達の耳には届くがそれだけだ。セシル自身の意思は誰にも顧みられること無く、挿抜は始められた。痛みを緩和しようという気遣いなどなく、男達の快楽を貪る為だけにその行為は在った。
本来男を受け入れるように出来ていない躰は更に強引に拡張されていく。グチャグチャと肉が軋み皮膚が裂かれる音が接合部から全身に響いた。内臓は最低の鈍器で直接殴打されている。
最早羞恥に構う余裕もなくセシルは目を閉じてただ耐えていた。躰にのしかかる男の腕に力が込められた瞬間、内部に熱い感触が広がる。その正体は考えるまでもない。穢らしい液体に自分が塗り潰されるように思え、セシルの意識は遠のいていった。
「何休もうとしてんだコラ」
「……え?」
既に疲労で限界だったセシルの目に映ったのは、待ち構えていた周囲の男達だった。茫然とするセシルに次の男が覆い被さり、再び内部が抉られる嫌な音が響く。
「な゛っ……あああ゛あぁあ!?」
「一人終わらせた程度でいい気になるなよ。てめえを犯す奴なんざ何人でもいるんだからなぁ!」
裂かれた傷口が広げられ、激痛がセシルを絶え間なく苛む。男達はそれに構うことなく挿抜を続けていった。寧ろセシルの口から苦悶の声が溢れる程、男達の行為は過激さを増した。何人もの男が、初めて男根を受け入れたばかりの後孔を容赦なく暴いていく。接合部からは吐き出された白濁と血が垂れ、シーツに染みを作っていた。
「あー、セシル君もうボーッとしちゃってる」
「やっぱり初日で同時に処理は無理かぁ」
「どうせアイドルとしてはおしまいだろうし、肉便器として生きていけるようにしてやらねえとな」
意識が朦朧とする中で、聞いた男達の侮辱を理解する力さえセシルにはない。男達が感じている刹那的な快楽さえ無く、在るのは痛みと圧迫感だけだ。抵抗する為の体力も急速に削ぎ落とされつつある今、セシルは男達の鬱憤を一度にぶつけられる的となるしかなかった。何人もの大人が一人の子供の性を踏みにじる光景。その異常性に気づく者は閉ざされた山荘に最早居らず、男達は嫌らしい笑みを浮かべてそれを眺めるだけだった。
長い長い地獄のような時間が過ぎた。何人もの男に傷口を抉られ、セシルは荒い息を吐いて横になっていた。朦朧とする意識は頬を何度か叩かれることで呼び戻される。やっと陵辱の時間が終わる可能性がセシルの頭を掠めたが、それでも受けた衝撃はあまりに大きく、手脚の震えは止まりそうもなかった。
「セシル君疲れたのかな? さっきまで痛そうだったし、そろそろ頑張ったご褒美をあげようか」
「い゛っ……何を………!」
脚に触れている男達の力が強まり、脚の関節が軋む程に開かされた。一人の男がそれまで触れられてもいなかったセシルの陰茎に口元を寄せた。いきり立っている男達とは違い、恐怖と痛みで萎えている其処にまで加えられようとする陵辱をセシルは力無く首を振って拒んだ。
「……ダメです………やめて……」
「痛いよりはいいでしょ。目を瞑って好きな女の子にでもされてると思いなよ」
「くぅ……嫌っ………だ…!」
それでも過敏な鈴口を啜るように舐められると、生理反応で躰は勝手に反応してしまう。
「そうそう。その調子」
「好きな女の子で急に反応しだしたけど、本当に好きな子いるのかな?」
「年頃の男の子だもんね。好きな子くらいいるよなぁ」
「ち、ちが…ひっ……はぁ……んっ!」
「はいはい、もう分かったから」
セシルは宥めるように頭を撫でられ、強制的に与えられる快楽に無様に翻弄される様を男達に眺められていた。先程までの過剰な激痛との隔たりに眩暈がした。表面上与えられているものは真逆だ。だが根底にある物は何も変わっていない。相手を徹底的に貶めようとする醜悪な感情がどちらにも在った。
自身の尊厳を護るためにも、セシルは歯を食いしばって耐えていた。それでも、生理的な欲求の残酷な限界は訪れる。
「ふっ……ううう゛っ……!」
「あー顎疲れた……。イケメンで金持ちで遅漏って本当に一々癪に障る子だなぁ」
絶頂を察した男が咄嗟に退くと、先程まで居た所に精液が飛び散った。悔しさに臥せられた長い睫毛が揺れる。
「うわ、普段から良い物食べてるんだろうな。臭いもキツくないし粘ついてもない」
「確かこいつって王族だろ?そんなので相手孕ませられんのかよ?」
「気の毒に。将来困ったら俺らを呼べよなぁ。お前もお妃さんもまとめてぶち犯して跡継ぎ作ってやるからよぉ!」
「ふざけないでっ! 汚らしいッ……!」
今にも掴みかからんばかりにセシルは男達の侮辱を遮った。組み敷かれていなければ直ぐにでも手を出しかねない気迫が部屋に充満していく。何かしらの言動がセシルの逆鱗に触れたことを、男達は鋭く感じ取った。初めて自分達へと向けられた明確な怒りに、男達は込み上げる笑みを抑えられなかった。
「下らねえ。ケツからザーメン垂れ流しながら睨んでも間抜けなだけだぞ」
男はセシルの髪を掴んで起き上がらせると、自らの股間へと引き寄せた。吐き気のするような臭いが鼻を刺し、生理的な涙が浮かぶ。
「ほら、お前ばっかり満足してんじゃねえぞ」
「そん…な…のっ……ぐっ…えぇえ……どう…し………!」
「面倒くせえな、いいからさっさとやれや」
「愛島君が一人一人丁寧に相手して一晩でケツ穴ガバガバにしたいんだったらそれでも良いけどさぁ、そんなの嫌でしょ?」
「ねぇ、セシル君も今の状況辛いよね。俺達優しいから口で我慢してあげるって言ってんだよ」
「絶対に嫌です!」
男達の勝手な言い分をセシルは全て切り捨てた。暴力の一環として強制的に犯されたのは仕方ないとも思える。だが自ら屈してこの男達に奉仕するなど、絶対にあり得なかった。
「あのさ、君って今我が儘言える立場じゃないよね? 実はまだ1周も終わってないんだよ。あとちょっとだから愛島君も頑張って」
ちょっとした説得とでも言いたげな男の語調はセシルの不快感を掻き立てていく。目の前で笑う男達にセシルの拒絶は最初から何も響かない。伸ばされた何本もの腕が頭を押さえ込み逃れられないよう固定していく。
「離せ…っ…! やだ……!」
「何だコイツ、もうヤられてんだから今更フェラくらい素直にやれよ」
「……そういやこいつの国ってキスが神聖とか何とかって話じゃなかったか」
「なるほどな。そんな国の後継ぎが、ワタシのファーストキッスは男の下の口でした、なーんて口が裂けても言えねえもんなぁ!」
好き勝手な憶測を並べ立て、下品に笑い転げる男達の中で、あまりの侮辱にセシルは血が滲む程唇を噛み締めた。
その口元に男根が擦り付けられた瞬間、セシルはせめてもの抵抗として、男の亀頭に思い切り歯を突き立てた。
「い゛っってぇ!? ……ふざけるのも大概にしろよこのガキが!」
「やっぱりなぁ。素人にいきなりご奉仕なんて無理に決まってんだろ」
「うるせえ!」
苛立ちのあまり仲間さえ怒鳴りつける男は、本来野生動物避けの代物を鞄から引き出した。唇を歪めるような醜い笑みがその顔に浮かぶ。
「……まだ抵抗する気力があることだけは褒めてやるよ」
「あああぁっ!?」
肩に鋭い痛みが走る。振り返って見ると、青筋を立てた男が小型のスタンガンを握り締めていた。驚愕の表情を浮かべるセシルに気を良くした男は、痺れが抜けずまともに動かせない太腿へと、更にスタンガンを押し付けた。弱められ、痛みを与えることだけを目的とした電流が流れる。
「い゛ぁあ゛あっ!」
「ちょっと優しくしたら調子に乗りやがって」
電流を避ける為に他の男達は手を離し、解放されていたセシルは反射で跳ね上がった。痛みの余韻で力も入らず、為す術も無く躰はベッドから滑り落ちていく。
「逃げてんじゃねえぞコラァ!」
「うげえ゛ぇええッ!?」
そんな本能的な反応でさえ、男は言い掛かりを付け暴行の理由に変えていった。男の爪先が鳩尾に深くめり込み、無防備な内臓が傷付けられる。
吐き気と痛みに咳き込むセシルを、男は部屋の中央まで蹴り飛ばした。鈍い打撃音が空気を震わせる。無様なことを承知で丸まって耐えようとしても、容赦なくスタンガンを当てられ、体勢が崩れた所に再び執拗に暴力を振るわれていく。
痛みに震えた躰は強制的に腹部を晒され、強く踏みつけられる度に絞り出されるような悲鳴が部屋に満ちていく。
何度もスタンガンが押し付けられた箇所は皮膚が焼け、痛ましい傷が浮かび上がり始めた。少年の柔らかさを残す躰には、容赦ない暴行の痕が幾重にも刻まれた。その様を見ていた男達も嬉々として折檻に加わった。
拳を振り上げる者、逃げられないように押さえつける者、髪を無理矢理掴み上げる者、硬い登山靴のままで蹴りつける者、煙草の火を押し付ける者、皮膚に爪を立てる者、聞くに堪えない罵声を浴びせる者、頬を張る者、黒煙が上がるまでスタンガンで火傷を刻む者、痛ましい悲鳴を嘲う者。
怒りと興奮に任せて振るわれる暴力に際限は無く、止める者は此の場所に誰も居なかった。
「おぁあああ゛! がはっ……い、ひっっう゛うッ! ぎぃいい゛っ! はああ゛あっ……ッ! やめ、え゛ッ! そんなっああぁあ! やめでっ、おえ゛ええぇ!? い゛たっ、いたい゛っ……あぁあ゛あぁああ!? ……んぐっ、ぐっ、げぇええ゛ぇっ! 踏まなっあ゛あぁ! おえっ、がぁ……ううう、ごぇッ! かはっ……あ゛あ! んぎいい゛いぃっ!? に゛ぃっ…ああぁああァっ! ……やだっ、づぶれっ、ぎゃああ゛ああぁ!! ひぐっ……うぇえ……おぇ…………」
衰弱した躰ではまともな抵抗も出来る筈が無く、セシルの身悶えは次第に小さくなっていった。
「どうだ……少しは反省したか?」
一人の男は黙りきり床に伏しているセシルの髪を掴み、顔を上げさせた。その結果、潮が引くように山荘に響いていた下賎な笑い声は止み、男達はただ絶句した。普通ならばその表情は苦痛や恐怖に歪み、少なからず媚びや哀願を含んでいる筈だった。事実その顔自体は涙で潤み、所々が腫れて血を流す悲惨な有様を呈している。
だが表情だけは屈せず、静かな怒りだけを湛えていた。燃える美しい瞳が男達を射るように睨み、血の滲む唇は強く引き結ばれている。彼の魂は未だ生きていた。
これ程までに痛めつけても、結局自分達のような有象無象では、セシルの精神の根幹に傷一つ付けられない。男達はその事実に歯がみすることしか出来なかった。どれ程時間が掛かっても構わない。何がなんでもこの少年を自分達の元へと引き摺り堕とす。皮肉なことに男達の意志はより堅い物となっていった。
「なんだそのツラは?」
「まだ反省が足りないらしいな」
「この野郎中途半端に終わらせやがって。追加の罰だ、しっかり味わえよ」
「…………やめ…ろ……」
微かな拒否と抵抗は認識すらされなかった。男達の陰茎が銃口のようにセシルの方へと向けられる。男達はセシルの髪を掴んだまま顔へと一斉に精液をぶちまけた。褐色の膚に白濁液の軌跡は、残酷なまでに鮮明に浮かび上がる。顔に残る滑った感触の気色悪さにセシルは総毛立った。
「これからの生活に相応しい化粧じゃねえか」
「可愛い顔によーくお似合いだぜ」
「最高だな。帰ってからもそれで番組に出てみろよ」
好き勝手な男達の言い掛かりに反応する気力さえ、セシルには残されていなかった。日が墜ちるように視界が狭まっていく。その刹那に嘲りを含んだ声がセシルの耳に届いた。
「じゃあ最後にセシル君にはプレゼントをあげるね」
冷たい金属の枷が首に絞められるのを感じながら、セシルは残った意識を手放した。
白濁の中で倒れ伏すセシルを見て、初めて男達は欲情にも似た感情を抱いた。これから此れを好きに出来る。汚液に塗れていても高貴さを失わない顔立ち、未だ強い輝きを残す美しい瞳、少年から青年へと移行する最中の若さを内包した躰。
そしてどれ程傷つけられても決して折れない精神。何処を取っても極上だった。そして、自分達だけがこの理想的な偶像を破壊出来るという優越感に、男達は果てしなく酔い痴れた。