生まれていくもの
「あけましておめでとうございます!」
セシルさんがそう叫ぶと同時に、沢山の花火が打ち上がった。観客席から歓喜の声が上がって、拍手の音が会場を包む。セシルさんは波のように揺れるサイリウムを眺めて、次の曲を歌い始めた。それから更にライブは進む。何度見ても夢みたいな景色は、新しい年という区切りを経ることでより輝いて見える気がした。
セシルさんの年越しソロライブは大歓声の中でクライマックスを迎えていた。銀テープが舞い散る中で、わたしは安心して息を吐いた。舞台装置とタイミングを合わせて、アレンジして、セシルさんがより輝けるように調整を重ねた結果は大成功だった。他のスタッフの人達もわたしと同じようにそれぞれ自分の仕事を見て安堵の息を吐いているみたいだった。
華やかなステージの舞台裏はとても静かだったけど、確かな満足感がそこにはいつも息づいていて、わたしはその空気もとても好きだった。
でもいつまでもそうしてはいられない。わたし達のいる業界に穏やかなお正月は存在しない。歓声を背に受けてセシルさんが戻ってくると、途端にその場の全員が動き出した。
周囲は瞬く間に喧噪を取り戻していく。わたしも次は事務所のニューイヤーステージで、サウンドプロデュースの手伝いがあった。少し離れたところで、セシルさんはスタッフの方々にお礼と新年の挨拶をしている。そちらへそっと頭を下げて、わたしは歩き出した。
外の廊下にも沢山の人が集まっていて、わたしはその間を縫うようにして進んでいく。
「わっ、すみません!……あの、ひゃっ!」
それでも行き交う人の流れは力強くて、抗えなくて体がふらつく。情けない声が出て、転んでしまうと察した時、わたしの腕を誰かが強く引いた。
「よかった……。間に合いましたね」
「ありがとうございます。あれ、セシルさん?」
振り向くと、セシルさんがわたしの腕を掴んでいた。
「怪我はない? ごめんなさい、強く掴んでしまいました。痛くありませんか?」
「ええ、大丈夫です。本当にありがとうございました」
セシルさんが手を引いてくれたおかげで転ばずに済んだし、本当にどこも痛くなかった。それよりわたしが気になるのはセシルさんがこの場にいることだった。
「あの、まだセシルさんってスタッフの方に挨拶とか取材とか……」
「少しだけ休憩を頂きました。心配しないで。さあ、ワタシに着いてきてください」
わたしの言葉を、セシルさんは小さく首を振って止める。そのままセシルさんはわたしを守るように前を歩いて、人混みが落ち着くところまで送ってくれた。
「本当に助かりました。すみません、休憩中に……」
「いいえ、これはワタシのわがままなのです。あと少しだけ時間をください」
セシルさんはそう言うと、傍らの扉を開けた。札にはセシルさんの名前が書かれている。ここはセシルさんの楽屋の前だとわたしは漸く気づいた。
セシルさんはわたしの背中をそっと押して、中に入るように促す。その手がまだとても熱くて、わたしはさっきまでの熱狂を思い出していた。
セシルさんが扉を閉めると、辺りの騒ぎが嘘みたいに静かになる。セシルさんはそのままわたしを強く抱き締めた。手から感じた熱さが全身を包み込む。
「……あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます」
その言葉を交わす数秒間だけが、わたし達に許された時間だった。相手への賞賛と労い、愛、いろんな感情をを一心に込めて新年の挨拶を交わすと、わたし達は名残惜しく思いながら相手から離れる。
「ありがとうございました。これで今年も頑張れます」
「はい! わたしも、もっと頑張れそうです」
セシルさんは悪戯っぽく笑うと、ステージの方へ戻っていった。汗に塗れた衣装を着替えて、特別番組に出演して、生放送で歌って――セシルさんのスケジュールはこれから三日間隙間無く埋め尽くされている。そしてそれはわたしもほぼ同じだった。生放送用音源の最終調整データや、サウンドプロデュースの為に集めた資料が鞄の中で唸っている。
わたしも、セシルさんもそれを辛いと思ったことは一度も無い。抱き締め合うだけで、微笑みを交わすだけで、乗り越える為の力は湧き続けるから。
新春で勢い任せで書いたもの。
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