僕と君の未来

 さあ始めようか。早速だけど、本当に今までありがとう。なんて、本当に急過ぎたかな? ごめんごめん、驚かせて。だって今日は僕とセシル君の大切な記念日じゃないか。見てご覧よ。ケーキも、プレゼントも全部君の為に用意したんだよ。  ……そんなに笑ってくれるなんて嬉しい。僕は君の笑顔が一番好きなんだ。初めて逢った時もそうだった。君の美しい笑顔を載せた看板が見えてね、あの時はアイドルなんて知らなかったから、格好いい人もいるもんだなぁって思ってた。それがこうして出会って、こんな素敵なパーティーを開けるようになるんだから人生って分からないね。  音楽でもかけようか。なんてもうお見通しかぁ。そうだよ、セシル君の曲だよ。新曲も聴いたけど本当に凄く素敵だね。なんというか、セシル君の曲を聴いてると愛を感じるんだよ。僕への愛が。……その通り、だって? そうだよね! セシル君は僕のことが大好きなんだものね。大好きって何度も、何度も言ってくれてるの聞こえてたよ。でも改めて言われるとすごく恥ずかしいな。って、セシル君も顔真っ赤じゃないか。僕達、お揃いだね。ケーキおいしい? そう、良かった。セシル君って結構お上品にちまちま食べるからさ、おいしいかそうじゃないか分かりにくいよ。男の子なんだからたまにはガツンといかなきゃ、なんて僕みたいなおじさんの意見なんか気にしなくて良いよ。  えっ、聞いてくれるの? そっかぁ、おじさんはセシル君の恋人だもんね。好きな人にはもっと素敵に見られたいんだぁ……やっぱりセシル君は可愛いね……。あっ、また照れてる。ケーキの後ろに顔隠したって意味ないよ。ダメだって、ほら、顔を見せてくれよ。  ……綺麗だよ。君みたいな素敵な人見たことが無い。こうやって手を?いで、笑ってくれて、大好きって言ってくれて、僕ほど幸せな人なんていないよ。んっ……甘いね。ケーキさっきまで食べてたから? いや、君の口はいつも甘い味がするよ。僕はそれが本当に好きなんだ。セシル君を食べてるみたいでさ。君はどこも甘くて、良い匂いがして、同じ人間だって未だに信じられないよ。  ――最も人間的な行為、か。セシル君も中々洒落たことが言えるようになってきたね。じゃあ、一番世俗的な行為で君の全部を見せてもらおうか。同じ人間だっていっぱい確かめ合おう。折角の出会った記念日なのに、一番のプレゼントを僕が貰っちゃって何だか悪いなぁ。なんてね、凄く嬉しいよ。ありがとうセシル君……愛してるよ。  薄汚い四畳半の壁は差し込む日光で色褪せたポスターで埋め尽くされている。リピートで再生されている歌声はまだ鳴り止まない。中古で購入された安物のテレビは唯一人を映し出している。そんな部屋の中心で、一人の男は虚空に向かって熱心に語りかけていた。まるでその先に誰かが存在しているように。二つ置かれたケーキを男は一口ずつかじりながら、眼前の〝誰か〟と話を続ける。そのまま男は手を伸ばしたが、その両手は当てもなく彷徨った。そんなことには気にも留めず、何かを押し倒すように男は横になると無意味な行為に及び続けた。  男は毎年、六月十二日に休みを取る。大切な記念日だと言葉少なに語るのを職場の人間は無邪気に信じている。

直接手を出さないだけまだ無害な人。

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