Happy Summer Vacation!

Prologue 「あんたもセシルもよく頑張ったね。全国ツアー成功おめでとう」 「うん。ありがとう、トモちゃん」  惜しみない労いに、春歌は思わず笑みを浮かべた。    事務所に所属して何年も経つと、学生時代のように同期と顔を合わせるとことはほぼ無くなってしまう。春歌も例に漏れず、未だに交流のある同期はパートナーであるセシルを除くと両手で数えられる程度だ。友千香は交流が続いている数少ない同期の一人だった。  その日、春歌と共に暮らしているセシルは仕事で空けていたので、春歌は友千香を家へと招いた。既に芸能界で一定の地位を築いている関係上、互いの家に招くのは定番の過ごし方だった。 「本当に久しぶり~! 半年ぶりくらい? 会いたかったよ」 「わたしも! わぁ、どうしよう。話したいこといっぱいあるの」  玄関のドアを開けた瞬間、彼女たちは学生時代へと戻る。子供のように手を取り合って、二人は再会を喜んだ。 「入って。美味しい紅茶用意してるの」 「あたしもお土産あるんだ。ほらっ、アイス」 「ありがとう! すごく嬉しい」 「どういたしまして。毎日暑いものね」  矢継ぎ早に近況を話しながら、二人は廊下を歩いて応接間に向かった。窓からは強い日差しが差している。春歌はアイスを冷凍室に入れると、お湯をポットに注いだ。 「あのね、トモちゃんが表紙だった雑誌買ったよ。すごく綺麗だった」 「ありがと~! 結構大変だったから嬉しいっ。ねえ、あたしも春歌が作った新曲聞いたよ」 「本当⁉」 「最高だった! この前のセシルのツアー中も新曲ずっと調整してたんでしょ。お疲れ様」 「そうなの。ツアーのアレンジと新曲、同時に作るの大変だったんだ」 「あんたもセシルもよく頑張ったね。全国ツアー成功おめでとう」 「うんっ。ありがとう、トモちゃん」  惜しみない労いに、春歌は思わず笑みを浮かべた。そこには大きな仕事をやり遂げた充実感に満ちている。 先週幕を閉じた愛島セシル初の全国ライブツアーは世間でも大きな話題になった。 当然、春歌も作曲家として新曲やライブ限定のアレンジに関わっていた。 「それで、セシルはまた今日も仕事なの? 大変だね」 「さすがに最近はちょっと疲れてたみたい。でもね、来週から二人でまとまったお休み取れるんだ」 「よかったぁ、春歌もセシルもちょっと働き過ぎだもんね。何日くらい休めるの?」 「四日間。でもその次の日もわたしたちは午前中に撮影と打ち合わせだけだから、結構のんびりできそうなの」 「いいじゃん! 旅行とか行くの?」 「まだ考え中……。セシルさんの都合を考えると、あんまり遠出するのもなぁって」  そう言いつつも、春歌は喜びを抑えきれない様子で紅茶を啜った。それを見た友千香の目は僅かに煌めく。 「同居始めたって聞いた時は心配してたけど、上手くいってるみたいだね」 「うん! 最初はちょっと大変だったけど、それよりすっごく楽しいの。セシルさん、とても優しいし、話していて楽しいし、一緒に曲もゆっくり作れるようになったし……」  夢見るような眼差しで話していた春歌は、急に頬を赤らめると再び紅茶を口に含む。 「どうしたの? もっと聞かせてよ」 「ちょ、ちょっと喋りすぎたかなって……」 「今更な~に言ってんだか。こういう時じゃないと惚気ることも出来ないでしょ?」 「それは……そうだけど……」  春歌は近くにあったクッションを両手で抱えると顔を埋めた。おそらく顔を隠しているつもりなのだろうが、既に耳まで赤くなっているのが友千香からはよく見える。 「わ~もうお腹いっぱいになりそ」 「えっ、トモちゃんが持ってきたアイスまだ食べてないよ?」 「んーん、こっちの話。そうだ、アイス食べよ」  涼しげなガラスの器にアイスを並べて、二人は更に話を続ける。他の同期達の活躍や友千香がセシルと共演したドラマの話、ツアー中にセシルから春歌へ届けられた各地のお土産などついて話していると時間は瞬く間に過ぎていった。  友千香はふと壁に掛かっている時計を見ると立ち上がる。 「やばっ、もうこんな時間。夜に打ち合わせあるから、そろそろ行かなくっちゃ」 「本当、もう夕方なんだね。間に合う?」 「今から行けば余裕余裕。今日はありがとう、楽しかった」 「わたしも」  友千香は鞄を持つと、春歌と二人で玄関まで向かう。 「そういえば、あたしが載ってた雑誌の他のページって読んだ?」 「えっ、ごめん。トモちゃんのインタビューページしか見てないかも……」 「来週の過ごし方まだ決まってないって言ってたじゃない? 役に立つ特集載ってるよ。読んでみたら?」 「そうなの? じゃあこれから読んでみる」 「じゃ、またね。次も呼んでよ~、美味しいお土産探しとくから」 「うんっ! また絶対遊ぼうね」  春歌が手を振ると、友千香は軽やかに笑って部屋を出た。  西日が差す廊下は静寂に包まれる。だが、春歌の耳にはまだ華やかな笑い声が残っている気がした。  応接間へと戻り、後片付けをすると、春歌は友千香が言っていた雑誌を手に取ってソファに座った。幸い今は春歌の急ぎの仕事は片付いており、セシルは夜まで戻らない。  とりあえず読んでいこうと適当にページを開いた瞬間、春歌は瞬く間に赤くなった。 『情熱的な五日間! 愛が深まるポリネシアンセックス特集!』  女性誌らしく、華やかなフォントで書かれたタイトルを春歌はじっと見つめる。 (トモちゃんが言ってた役に立つ特集ってこれ、なのかな……?)  ポリネシアンセックスとは何か春歌は知らなかったが、タイトルにある五日間という期間は二人が共に過ごせる時間とほぼ一致している。  周りには誰もいないのに、春歌はなんとなく周囲を見渡すと小さく縮こまって先を読み進めた。そこには海外のセックス文化が事細かに説明されており、二人の愛が深く確認できると謳われていた。 一通り目を通すと春歌は真っ赤になったまま、雑誌を閉じて深く息を吐いた。 「……お水飲もう」  コップにミネラルウォーターを注ぐと、春歌は一気に飲み干した。火照った頬に冷たさが心地よい。 「二人の愛、かぁ……」  恋人としての行為はセシルと当然何度も経験している。セシルから常に新しい感覚を刻み込まれて、溺れるように愛し合っていた。それに不満など抱いたことはない。 ただ、海外でこれほどまでに情熱的な行為が行われていると思うと、セシルは春歌との行為をどう思っているのか、なんとなく不安を覚えた。春歌自身、受け身な気質なこともあり、セシルは物足りなさを抱いているのかもしれない。 「……今夜言ってみようかな」  春歌はテーブルに置かれた雑誌に視線を向けると、自分を鼓舞するように両手で小さく拳を握った。 「ただいま帰りました」 「お帰りなさい、セシルさん。ご飯出来てますよ」  リビングから春歌の声がセシルまで届く。 「ありがとうございます」  セシルはそう言うと靴を脱ぎ、変装用の眼鏡を外してリビングへと向かった。テーブルには既に夕食が並べられている。春歌はエプロンを外して、椅子に腰掛けようとしているところだった。 「今日はトモチカが来たそうですね。楽しかったですか?」 「えっ、はい。楽しかったです」 「……? それは良かったですね」  春歌はなにやらぎこちない様子で手を合わせている。友千香との間に何かあったのか聞こうかともセシルは考えたが、友千香と春歌の関係にセシルが自分から首を突っ込むのが良いことだとも思えなかった。 「そういえばセシルさん。次のお休みはなにしますか?」 「そうですね。実はまだワタシは何も考えられていないんです。ハルカは何かしたいことはありますか?」 「……実は提案があります。片付けが終わってからいいですか」  その一言は深い決意が秘められているかのように重かった。春歌の様子にセシルは目を瞬かせた。最早夕食どころではない。 (一体何があったと言うのでしょう……)  春歌が友千香と喧嘩でもしたのかとセシルは予想していたのだが、今の春歌の様子から考えると寧ろ自分の方に何か問題があるように思えた。  だが彼自身には全く心当たりはない。全国ツアーは大成功を収めたし、春歌と作った新曲の出来映えにも満足している。これからの休みに何をするのかこそ決めていなかったが、セシルが春歌と休みを過ごすのを楽しみにしているのは周知の事実だった。  でも先ほどの春歌の決意を秘めた様子は尋常ではない。 (ワタシには思いも寄らない不満がハルカにはあったのかもしれない……)  そう考えると目の前が暗くなるような気がして、セシルは視線を落としつつ夕食を食べ進めた。後片付けを終え、二人は緊張した面持ちでソファに座った。 「あの……っ」 「セシルさん……」 「すみません、アナタからどうぞ」 「は、はい。あのですね。今度のお休みの過ごし方なんですけど」  来る、と思いセシルは顔を強張らせながら春歌の次の言葉を待った。  春歌は顔を赤らめながら、テーブルの上に置かれていた雑誌をセシルへと手渡す。 「これはトモチカが載っていたものですね」 「はい。でも見て欲しいのは別のページで……」 「この付箋が貼られているところですか?」 「……はい」  特集に目を通した瞬間、セシルは僅かに目を見開いた。春歌はもうそれだけで頭が上げられず、顔を覆って俯いている。 「……すみません、セシルさん。せっかくゆっくり出来るから、その……わっ!」  か細い声で呟く春歌を、セシルは強く抱きしめた。 「良かった。あまりに重々しく話し始めるので、何かあったのかと思いましたよ。こんなに愛らしい提案だなんて。ああ、ほっとしました」  セシルはまだ下を向いたままの春歌の額に軽くキスをすると、彼女の髪に手を添えて耳にかけた。 「ほら、ハルカ。顔を上げてください」 「すみません。今更ながら恥ずかしくて……」 「どうして? アナタからこういうことを言ってくれてワタシはとても嬉しい」 「本当ですか?」  ようやく春歌はおずおずと顔を上げる。顔の赤みは僅かに引いており、代わりに安堵が見えていた。きっと彼女にとっては一大決心だったのだろう。労うようにセシルは彼女の背を優しく擦っていた。 「もちろん。来週がこれまで以上に楽しみになりました。……ゆっくり過ごしましょうね」 「ん……はいっ」  耳元で囁かれるだけでも、痺れるような感覚が春歌の全身を巡る。 「アナタがこんなに魅力的なのに……。明日も早いことが残念です。もう休まなくては」 「ふふっ、来週の楽しみが増えたと思って頑張りましょう」  恋人達は潤んだ視線を絡ませると、そのまま深く口付ける。  それから数日間、セシルと春歌は普段通りに仕事に追われながら過ごした。入れ違いが続き、携帯のメッセージだけでやりとりとすることも二人の間では珍しくない。だからこそ、水入らずで過ごす休日が二人にとって大きな意味を持つ。寂しさを埋めて愛情を確かめ合う為の五日間が始まろうとしていた。

ポリネシアンセックス本です。ず~っとイチャイチャしてます。

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